「縛られてるだけじゃ物足りない?頭の悪い子にはおしおきだぞぉ」
「何で、こんなこと…!」
震える声で問う。
しかし、飛んできたきたのは答えではなく、男の膝であった。
加減を知らぬほどの蹴りは美桜の腹部にめり込み、受け身など取れない彼女は飛ばされる。音を立てて仏壇にぶつかり、その衝撃で壇上に置かれた供え物や蝋燭などが彼女の上に落下した。
「口の聞き方に気をつけなよ。あ!僕におしおきしてほしいんだ」
まるで何かのスイッチが入ったように男は目を見開き、咳き込んでいる美桜の髪を掴みあげる。そして強引に視線を合わせると言葉を続けた。
「ね?そうでしょ。天涯孤独の、立木美桜ちゃん」
美桜は目を見開いた。
なぜ、知っているのだ。
わたしの名を。
「ぜーんぶ調べ済み。遺産金の額までね」
大雨にかき消される
「大丈夫。きみは可愛いから、ぼくのペットとして生かしてあげる。ほぉら、プレゼントだよー!嬉しいでしょ」
男がポケットから取り出したのは、ひとつの首輪だった。
犬や猫がつけるような小動物用の真赤な。
男は留め具のベルトを外すと、彼女につけようと腕を回した。
「嫌!嫌!嫌ぁっ!」
美桜は反射的に束縛された体を力一杯よじる。
しかし、手足首を縛られた状態では男の腕から逃げ出すこともままならず、その首にはすぐに首輪が付けられていく。
小動物用のものが人間の首のサイズに合うわけがなく、無理やり絞められたベルトが美桜の首に食い込んだ。
息をするのも上手にできず、何度も咳き込む。
「苦しい?その顔すごく良いすごくすごく良い」
美桜の視界には興奮で鼻息を荒くする覆面男の姿が映っていた。
殺される
誰か、誰か、
私を助けて
宝物はすべて壊された
ガシャァアン!
次に彼女を現実に引き戻したのは激しい破壊音だった。
家が壊れるようなその音に、美桜ははっと目を開く。
すると同時に首の圧迫も襲ってきて、彼女は現在の絶望的状況を思い出した。
そして、男はどこにいるのかと周りを見渡して絶句する。
部屋は破壊し尽くされていた。
倒し壊され無残になった仏壇、落とし割られた額にびりびりに破られた障子。
襖には小テーブルが投げられたのか、ぽっかり穴があいて隣りの部屋であるキッチンが丸見えになっている。
そして、そのキッチンも無残としか言いようがなかった。
倒された食器棚、投げ飛ばされ、粉々になった食器類。中身ごと放り出された冷蔵庫。
棚と言う棚はすべて開け放たれており、中身が散ばり、机は倒され、水は溢れ出して床に広がり続けていた。
もうそこに数時間前の面影はない。
まるで天変地異に襲われたようなその有り様に、彼女は声すら出なかった。
両親から貰ったたった一つの形見が、めちゃくちゃになった。
その無残な家の姿に、家での思い出が浮かんで消える。
ぼろりと涙がこぼれ落ちた。
ガシャァアン!
その時、また破壊音が響き渡る。
壊されていく、思い出の詰まった家が。
大事な大事な家族との思い出も、全部全部消え去っていく。
「やめてっ!やめてぇ!」
涙が後から後から流れ落ちる。
「もう止めてぇっ!」
首が圧迫されて呼吸さえ難しいはずなのに、彼女は叫んだ。
何度も何度も。その声が枯れるほどに。
それでも破壊音は止まない。