日常を壊す第三者




ベルの音にはっと美桜は顔を上げる。

その時思い浮かんだのはただ一人の顔。
ああ、小太郎さんが帰ってきたのだ。


美桜は玄関へ続く廊下を駆け抜けた。



「小太郎さん?どこ行ってたんですか!すごい雨でしょう?すぐに鍵開けますね!」

元気なふりを装って声を出したら、妙に明るいものになった。
いまだ震える手で、玄関の扉にかかった頑丈なドアチェーンを解いていく。



今思えば、この時に一度でも覗き穴から外を確認すれば良かったのだ。
そうすれば、この後に起きる悲惨な事態を防げたに違いないのに。

その時の私は「不用心」だとか「無防備」だとか、そういう言葉を甘く見ていた。
世間を賑わす恐ろしい事件などは遠い話で、自分の身に危険など起きるはずがないと。

絶対の安全などこの世のどこにも存在しないのに。



「お帰りなさい、小太郎さん!」


ドアチェーンを外した玄関の扉を、私は躊躇もみせず開け放った。
そして目を見開く。


目の前に立っていたのは、覆面を被った男だった。

黒い覆面に、穴の開いた目の部分からは血走った三白眼が覗いている。
分厚い唇はかさかさ荒れていて、寒さからか紫がかった色をしていた。


脳裏に響くのは、男の後ろでざあざあと振り続く雨。


「だ、だ、」


誰という言葉は続かなかった。

次の瞬間、男に強く突き飛ばされていたのだ。

予想外のことに受け身が取れず、勢いよく玄関口の角に頭を打つ。
そしてその鋭い痛みに唸り声を上げ、床に倒れたまま頭を抱え体を丸めた。


男は少女のその無残な姿ににやりと口角と上げると、意識の薄くなった彼女の上に馬乗りになり、持ってきた紐でその細い腕を縛り上げていく。また、逃げられぬようにとその足にも入念に紐を巻き付けた。そして男は彼女の顔に絡み付いた髪の毛を除けていくと、痛みに朦朧とした表情を熱く見つめる。そして、ねっとりと娘の顔を舐め上げた。

そして、うわごとのように呟く。


「可愛い女の子、みーっけ」



覆面男の荒い鼻息が、美桜の頬を撫でた。




日常を壊す第三者




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