その日は、雨だった。
朝方から降り出したそれは止むことを知らず、勢いは増すばかり。
地面に落ちた雨粒が濁流となり、山の斜面をごうごうと下りていく。
その山の半ばに作られた小さな家の中には人間が一人。
和室の襖の前で、中へ声をかけていた。
「小太郎さん、起きてますか?」
いつもならば7時には起きているはずの彼なのに、11時になってもなぜか部屋からは物音ひとつしない。
不思議に思って遠慮がちに襖を叩いてみるが反応なし。
「小太郎さん?どこか悪いんですか?小太郎さん?…開けますよ!」
そっと声をかけてから、女は襖に手をかけた。
「え」
きれいに畳まれた布団、閉められた障子。
誰もいない。
*
ゴロゴロゴロ、
どこかで雷が唸る。
そして外が黄色く光ったかと思えば、地を割るような雷鳴が鳴り響いた。
皿洗いをしていた少女はその凄まじい音にびくりと肩を震わせる。
成り続く雷鳴はまるで天変地異の前触れのようでひどく恐ろしい。
その時ふと気付いたのは、小刻みに手が震えていること。
ぶるぶると震える手をぎゅっと握りしめると、落ち付けと何度も何度も呪文のように繰り返した。
彼女は、雨が嫌いだった。
その中でも特に横降りの叩く様な大雨と、地を真っ二つにしてしまいそうな雷が。
何もかも流されてしまいそうで。
すべてを壊されてしまいそうで。
大事なものを奪われるのはそう、いつもこんな天気だったから。
『美桜ちゃん!お父さんと買い物行くけど、美桜ちゃんも行く?』
『えーこんな大雨の日に?危ないからやめときなよー』
『もー心配症ねー!大丈夫大丈夫!』
『そうかなあ?あたしは宿題あるからいいや!気つけてね』
『そう?じゃあ行ってくるね!』
『美桜!帰りに鯛焼き買ってくるからなー!』
『お父さーん、あたしの餡子じゃなくてチョコ味だからね!』
『はいはい!分かってるよー!』
あんなに元気に手を振っていたのに。
あの日まではそんな毎日が、ごく普通のありふれた日常だったのに。
両親が買い物に出かけてから数時間後、突然電話のベルが鳴り響いた。
『立木さんのご家族の方ですか!?ご両親が交通事故に巻き込まれて佐野病院に搬送されています!一刻を争う状態です!どうぞ早く病院にっ!』
『………え、』
それは死刑宣告のようだった。
耳の裏で叩くような雨が鳴り、雷鳴が轟く。
怖い。
「…おかあさん、」
怖い。
「…おとう、さん」
こわいこわいこわい
耳を手でふさいでも、音は止まない。
誰か誰か誰か誰か
その時、玄関のベルが鳴った。
雨が呼ぶのは死神だ