雨が呼ぶのは死神だ





その日は、雨だった。

朝方から降り出したそれは止むことを知らず、勢いは増すばかり。
地面に落ちた雨粒が濁流となり、山の斜面をごうごうと下りていく。



その山の半ばに作られた小さな家の中には人間が一人。
和室の襖の前で、中へ声をかけていた。


「小太郎さん、起きてますか?」



いつもならば7時には起きているはずの彼なのに、11時になってもなぜか部屋からは物音ひとつしない。
不思議に思って遠慮がちに襖を叩いてみるが反応なし。


「小太郎さん?どこか悪いんですか?小太郎さん?…開けますよ!」


そっと声をかけてから、女は襖に手をかけた。



「え」



きれいに畳まれた布団、閉められた障子。




誰もいない。









ゴロゴロゴロ、
どこかで雷が唸る。



そして外が黄色く光ったかと思えば、地を割るような雷鳴が鳴り響いた。




皿洗いをしていた少女はその凄まじい音にびくりと肩を震わせる。
成り続く雷鳴はまるで天変地異の前触れのようでひどく恐ろしい。

その時ふと気付いたのは、小刻みに手が震えていること。
ぶるぶると震える手をぎゅっと握りしめると、落ち付けと何度も何度も呪文のように繰り返した。



彼女は、雨が嫌いだった。

その中でも特に横降りの叩く様な大雨と、地を真っ二つにしてしまいそうな雷が。

何もかも流されてしまいそうで。
すべてを壊されてしまいそうで。


大事なものを奪われるのはそう、いつもこんな天気だったから。



『美桜ちゃん!お父さんと買い物行くけど、美桜ちゃんも行く?』

『えーこんな大雨の日に?危ないからやめときなよー』

『もー心配症ねー!大丈夫大丈夫!』

『そうかなあ?あたしは宿題あるからいいや!気つけてね』

『そう?じゃあ行ってくるね!』

『美桜!帰りに鯛焼き買ってくるからなー!』

『お父さーん、あたしの餡子じゃなくてチョコ味だからね!』

『はいはい!分かってるよー!』


あんなに元気に手を振っていたのに。
あの日まではそんな毎日が、ごく普通のありふれた日常だったのに。


両親が買い物に出かけてから数時間後、突然電話のベルが鳴り響いた。


『立木さんのご家族の方ですか!?ご両親が交通事故に巻き込まれて佐野病院に搬送されています!一刻を争う状態です!どうぞ早く病院にっ!』


『………え、』

それは死刑宣告のようだった。
耳の裏で叩くような雨が鳴り、雷鳴が轟く。


怖い。


「…おかあさん、」


怖い。

「…おとう、さん」



こわいこわいこわい



耳を手でふさいでも、音は止まない。



誰か誰か誰か誰か




その時、玄関のベルが鳴った。




雨が呼ぶのは死神だ




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bkm