残っているのは傷だけ



夕御飯も済ませ、夜も更けた頃。



二人の姿は彼の寝室と化した和室にあった。


男はくるりと背を向けると己が服に手を伸ばす。
そして惑うことなく甚平の結び目を解き、生肌をその場に晒した。


ガーゼだらけの背が痛々しく女を見返す。
そこにはうっすら血や黄色く膿んだ痕が見受けられて。
ああ、痛そうだと彼女は思う。


「今から傷の手当てしますね」


女は唾をのんでから、手を伸ばした。



紙テープをはがし、そっとガーゼの中を覗いてみて美桜は言葉をなくした。


なぜかつい先日まで痛々しく膿み腫れ上がっていたはずの傷口が完治していたのだ。
あの大きな傷が見事なほど綺麗に。

驚いて他の傷も覗いてみるが、なぜかふさがった跡ばかりで。


なぜなのだ。
確かに獣医は全治四か月と言っていたのに。
人であれば、命に関わるものであっただろうとも。

なのに、なのに、


なぜ二日ばかりで傷口が完全に塞がってしまうのだ。



「……に、忍者って凄い」



そこに普通の忍者では無理であると言う者は不幸にも不在。
彼女の勘違いは数を増やしていくばかりであった。



残っているのは傷だけ



「そういえば、お兄さんって伊賀忍者ですか?」


ガーゼを外しながら、ふと彼女は気になったことを口にした。
男から忍者だとは聞いていたがどこの忍者とまでは聞いていなかったのだ。


歴史に疎い彼女でも伊賀と甲賀ぐらいなら知っている。

実は昔忍者の卵の男の子たちの話に出てくるくのいちに憧れており、
それは家族と忍者村らしきアミューズメントパークに遊びに行くほどだったのだ。


しかし、背を向けた青年は赤い髪を揺らしながら首を横に振った。


「じゃあ何忍者ですか?」


興味津津というように目を輝かせて女は聞く。
男は小さく振り返ると、『ふうま』と口を動かした。


「ふうま?」


美桜はこてんと首をかしげる。


「伊賀とか甲賀とかじゃなくてですか?」


男は頷いた。


「へえ!そんな忍者もいたんですねえ」


知らなかった、と女は微笑む。


その時、はっと何かを思いついたように畳から立ち上がると、ノートと鉛筆を持ってくる。
そして何をするつもりだという表情の男に笑顔でそれらを差し出した。



「書いてくれませんか!ふうまの漢字!」

彼女の煌々とした笑みに男は息を吐くと、首を傾けぽきりと鳴らせた。





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