心さえ掴んでしまう手

「こうやってね、手を伸ばすんです」



彼女の言葉の通り男は腕を曲げ、手を丸めると人指し指をすっと伸ばした。実は美桜が鳥の乗りやすい手の出し方というのを手本で見せてみたのだ。

本当にこんなことで鳥が飛んでくるのだろうかなどと男が疑問符を飛ばしたちょうどその時。女が腰を上げたかと思えば、男の後ろに寄り、その肩に手を置いた。そして、迷いなど一切見せずに男の手に己のそれを重ねてみせる。


並べてみればその二つはあまりにも異なっていた。

日に焼けがっしりと筋肉のついた逞しい腕と、白く力を入れれば折れてしまいそうな細い腕。女の小さな手が青年のそれにかぶせられると、手の形を変えようと優しく力が込められる。男のすらりと伸びた指先を小さな柔らかい手が包み込んだ。


「手は卵を持つみたいに優しく丸めて、人差し指だけ伸ばすんです」



力は入れなくていいですよ、と指を見詰めたまま言葉を続ける女。ちらりと目をやれば、男のぎこちない手を夢中で直す彼女の姿があった。


二人の手が同じような形をとったちょうどその時。少し上を泳いでいたはずの夕日が、並んだ手にそっと掛かって。橙色が二人の手にうまく遮られているその光景は、見方を変えればまるで掌から光が溢れだしているようで。


男は何かをぼんやりと呟いた。


「え?」
『…温かい』
「あたたかい?日が?」


こくりと頷いた男は寄り添った手を眺めたまま続けた。


『落陽とはこれほど眩しく温かかったのか』



男は遠くを見つめるように、すっと目を細める。


「ぽかぽかしますよね、夕日って」


私朝日よりも暁よりも夕焼けがすきです、と美桜は小さく微笑んだ。
小さく男も同意する。


そして、一時置いてぼそりと呟いた。


『お前みたいだ』


その言葉に女は心底ぽかんとし、目を数回ぱちぱちとさせた。


「…え?」



『目を瞑りたくなるほど、眩しい』




心さえ掴んでしまう手





落陽もお前も、と続けた男は顔を上げるとその目に美桜の顔を映した。
目と鼻の先にあるお互いの顔。


美桜の黒い髪の毛が、風に靡いて男の頬をそっと撫でた。




青年の透き通った赤茶色の瞳が彼女を見つめると、柔らかく揺れる。



雷に打たれたように、ばくんと胸が鳴った。


「なっなっなっ!何をっ!」


『なぜ赤くなる』

「だだだだまってくだしゃい!」

『噛んだ』

「うるさいですっ!」



眩しいという言葉に込められた意味を、彼女はまだ知らない。







それから十数分後、男は生まれて初めて鳥を呼びよせることに成功したのであった。






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