「…本当にすごい食欲だなあ」
ぽつりと一人ごちる少女の目線の先には、目にもとまらぬ速さで食事をする赤髪の青年の姿があった。
彼女の大きな独り言を気にかける様子もなく、わき目も振らず白飯を口に掻き込んでいく。
そして空になった茶碗を勢いよく娘に差し出した。
青年の赤茶の澄んだ瞳が、彼女をうつす。
彼がこうやって彼女に目を向けるのは言ってしまえばとてもレアで、おかわりをする時だけである。
それを知ってか知らずか美桜は茶碗を受け取るとまっすぐにその目を見返す。
「そんなに急いで食べなくても、ご飯は消えたりしないですよ?」
そして肘をついたまま、ふわりと笑った。
『…そうか』
どこか納得したように頷いた男を見て、美桜はそうですよと鈴を鳴らしたようにころころと笑う。
「それにしても味は口に合いました?」
『あぁ』
「じゃあじゃあ、まずい、普通、おいしいの中だったら?」
『…うまい』
その返答を聞いた娘は両腕を上げ、飛び上がるように喜んだ。
「やったー!」
満面の笑みで半分叫びながら喜んでいる彼女。
その姿は心の底から嬉しがっているようなもので、理解に苦しんだ男は眉をひそめた。
『何がそんなに嬉しい?』
「人に美味しいっていってもらうのがすっごい久しぶりで嬉しくて!」
『俺がうまいと言えば、お前は喜ぶのか』
「はい!すっごく!」
へにゃりと笑った彼女の言葉にうそはなかった。
うまいのしあわせ
「もっといっぱい食べて下さい!なんなら、もう一品おかず作りましょうか!?」
喜色満面で茶碗に白米を入れた少女。
その背中を眺めながら、青年は珍しくぽつりとひとりごちる。
『…変わった女だ』
男の独り言は誰にも聞こえず、空気の中に消えていった。
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bkm