売り言葉に買い言葉



時の流れというのは早いもので、時計の針はいつの間にか三時を示していた。



大きなの楠木の影になる縁側には二人の男女の姿。
そしてその膝の上には三匹の猫の姿があった。



黒猫と三毛猫は男の膝の上で、白猫は女の膝の上で幸せそうに寝息を立てている。




美桜が隣りの男にちらりと目をやってみれば、心なしか嬉しそうに猫を見つめていた。

青年は最初のうちは猫に触れるのを戸惑っていたものの、
一度触ってみて抵抗されないことを確認してからは恐る恐る猫に手を伸ばすようになり、
美桜の手助けもありついには猫を膝の上に乗せるところにまで成功したのであった。



娘の視線に気づいたのか、猫を撫でていた手を止めると男は顔を彼女の方へ向ける。
そして彼の綺麗な目が彼女を見つめたと思えば、すっとその目は細められた。


それはとても穏やかなもので、表情の乏しい彼にとってはまるで微笑みのようだった。


どきんと娘の胸が鳴る。



『夢のようだ。初めて獣が俺を受け入れた』


「え、本当にはじめてなの?」


先ほどの胸の高鳴りをかき消すように美桜は問い返した。



『ああ。俺が近づけば逃げていく。人も獣も何もかもだ』


自嘲気味な青年のその言葉に娘は眉に皺を寄せる。
そして一時考えるそぶりを見せると、何か分かったのかぱっと顔を上げた。


「それって、もしかしたらお兄さんの近づき方が悪いのかもしれませんよ?」

『…近づき方?』


こくりと娘はうなづく。
そして言葉を続けた。


「ほら、さっきにゃんちゃんがすごい警戒していたのに、お兄さん分からずに手を出しちゃったでしょう。
そんな感じで動物との関わり方をちょっと間違っていたりして、動物に逃げられちゃったりしてるとか!」


男はよく分からないのか小さく首を傾けた。


「うーんと…例えば鳥がすぐ近くにいます。さぁあなたはどうしますか?」

『掴む』


「ほう、掴みますか!って掴むぅぅう!?」


『駄目か』

「だめに決まってんでしょう!そりゃ逃げられます!」


『じゃあどうすればいい』


眉間に皺をよせ、少し不機嫌そうにも見える男。



「どうすればいいって…えっと」


口ごもった娘に、男は眉をぴくりと上げた。


『分からぬのか』


分からないとでも答えてみようものならどうにかしてしまいそうな険悪な男に、美桜は必死に言い返した。

「分かります!ちょっと待ってください。今から実践してあげますから!」


娘は膝の上の白猫をやんわりと持ちあげ、男の膝にうつす。
そして立ち上がるとしばし待てと残し、部屋の奥に消えた。


一体今から何が始まるのか。



男の膝の上では丸まった猫たちが相変わらず満足げに寝息を漏らしていた。




売り言葉に買い言葉




戻ってきた少女の手には、鳥の餌とかかれた袋。

それを見てぴくりと眉を動かした男に美桜は違うと言い返した。



「餌釣りじゃなくて、私が正しく鳥を呼んで餌をあげるんです!」


正しい鳥の呼び方とは何なのか皆目見当も付かないが娘は自信ありげに微笑む。


そして男を横目に縁側を降りると、庭となっている場所の真ん中あたりに立った。
始めますよー!と声をかけるその女に、男はあごで早くやれと指示を出す。



「では始めます」




美桜はすっと息を吸い込んだかと思えば、それから小さく口笛を吹き始めた。


ピユピユピユ


キュイッキュイッキュイッ


ピピピピー

彼女が吹いているのは鳥を呼ぶ口笛。鳥寄せとよばれるものだった。



いくらかの音を何度か繋げると、不思議なことにどこからともなく鳥の羽根音が聞こえてくる。

娘は瞼を閉じたまま、両腕を大きく広げた。



チュチュチュ


ピーピーピーピー


フィッフィッフィッ



青年は目を丸くした。



どこからか鳥が飛んできたかと思えば、彼女の腕にそっと乗ったのだ。

それも一匹ではなく、次から次へと何匹も。
一種類ではなく、たくさんの種類の鳥がいた。


最後には彼女の腕だけなく、その周りにまで鳥が降りてくる。




その図はまるで鳥の王国の姫君のよう。


娘はそっと瞼を開くと、まっすぐ青年に向かって微笑んだ。



「どうですかー?これが正しい鳥さんとの交流法ですよ!」


『…あぁ。凄いな』

「わー!本当ですか!やった!ほめられた!」



嬉しそうにころころと笑った娘は、男に向かって手招きをする。
そして言葉を続けた。


「お兄さんも一緒に鳥さんに餌やりしましょう!」



青年が膝の上ですやすやと眠る猫に目をやれば、大丈夫その子たちはそう簡単には起きないのだと女は笑った。



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bkm