逢いたい時に、あなたはいない





女の名前は、立木美桜と言った。


赤ん坊が生まれると、14日以内に出生届を出さなければならない。
美桜の名は彼女が生まれてから13日に決定され、出生届も期限最終日に提出された。

実は彼女の両親はどちらも頑固な性であったらしいのだが、その端がこの一件であった。
一人娘が一生使う大切な名前であるからこそ、両親は自分の考えた名が一番だとお互い一歩も譲らなかったのだ。何度話し合っても平行線状態で、決定までにそれは長い時間がかかってしまったのだという。

そうして愛情を一心に受けて育った彼女も、今年で二十歳。

そう。時の流れというものは早いもので、赤ん坊だった彼女もいつの間にか大人の仲間入りを果たしていた。




「お父さんお母さん、おはよう」


小さな声が和室に響いた。


「今日はあれから一年だね。ちゃんと元気にしてる?あんまり夫婦喧嘩しちゃだめだよ」


黒髪が揺れる。
少し童顔の、しかし可愛らしい顔立ちの横顔がひとつ。


長い睫毛が伏せられた。


一陣の風が吹き、ふわりと揺れる線香の煙。


「今日は命日だから、お母さんたちの大好きだった夏野菜カレー置いとくね」


仏壇に置かれた男女の写真が、彼女を優しく見つめ返した。



逢いたい時にあなたはいない



「……天国まで届きますように」


眉を下げて笑った彼女は、ひとりだった。




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bkm