「すごくうまくできましたねー!」
赤髪の青年と黒髪の娘はキッチンの四人掛けの食卓に腰かけていた。
青年の姿勢はとても良く、ぴんと背筋が伸びていてまるで針金を入れたようだ。
そしてその良い姿勢のため、二人の身長差がもっと大きく見えている。
そして向かい合った二人の前には、先ほど作った料理がたんと並べられていた。
ナスの揚げ浸しにきゅうりの梅おかかあえ、そして鳥肉とパプリカの味噌照り焼き。
鶏肉とパプリカの味噌照り焼きは肉じゃがの代用として作られたのだが、その出来栄えは上々だ。
色鮮やかで見栄えもあって、手に持った箸にも力がこもる。
「それじゃあ、手を合わせて」
ぴたりと合掌した目の前の女につられて、青年も手を合わせる。
「いただきます!」
『…いただきます』
「おかわりもあるのでたんと食べてくださいね」
という彼女の言葉よりも早かったか同等か、青年の箸は一直線におかずに向かって伸びていた。
綺麗に持たれた箸に、もう片方の手にはお茶碗。
彼の箸に鳥の照り焼きが掴まれたかと思えば、スローモーションのように口に入れられていく。
数回口の中で咀嚼すると、喉がごくりと鳴らされた。
この人ゆっくりご飯を食べる人なんだなぁなんて美桜が思ったその直後、その考えは根底から覆されることとなる。
そう、次の瞬間には瞬く間といっても過言ではないほどの速さで、おかずとご飯を口内にかき込んでいたのだ。
「え、ちょっ!びょ、秒速!?」
目を丸くしてぽかんとしている女をよそに、男は一心に目の前の料理に箸を進めていた。
瞬く間になくなっていくお手製の料理たち。
信じられなくて目をぱちぱちと瞬いていると、ばっと視界にうつったのは何か黒いもの。
見上げると、それは黒色のお茶碗で。その向こうにはハムスターのように頬いっぱいに膨らませ、もぐもぐと咀嚼している青年の姿があった。
「…えっと、おかわり?」
男は赤色の髪を揺らして一つ頷く。
いつもはどちらかというとゆったりした動作をしている彼なのに今のそれはとても俊敏なもので、くすりと微笑みがもれた。
目をぱちくりとさせる青年。なぜ笑うのだと目がいっていた。
「…いや、普段は静かでゆっくりなのに食べる時は動作が早くなるんだなあって」
思うとおかしくて、と頬を緩める女。笑っちゃだめだと止めようとしているが、その口からは小さな笑い声がもれている。
片手で口を覆い、もう片手で出された茶碗を受け取ると、席を立ち炊飯機に向かった。
『変か』
「んー変というかなんというか。現代人的に言うと、フードファイターレベルの速さですかね」
ぷっと笑ったその頬には、ぷくりとえくぼが浮かぶ。
そしてあっと声をもらすと、フードファイターとはご飯の早食いを競う人間のことだと付け足した。
世界級の早食い男
「それにしても、戦国時代の人ってみんなそんな急いでご飯食べるんですか?」
ふと疑問に思ったらしく不思議そうな顔をした美桜が青年の瞳をその目にうつす。
『いいや』
「じゃあ…あ!分かった!お兄さんの職業柄!でしょ?料理屋さんとか宿とかすっごい忙しいところで働いてるんですよね!」
きらきらと輝く両目をしながら、女はその身を乗り出して問う。
しかし、無表情の彼が返した返答は、彼女が予想したどれとも異なっていた。
『違う。忍びだ』
手に持った茶碗から湯気がふわりと上がる。
女はぽかんとした。
「へ?しのび?」
『大名武将のもとで諜報諜略奇襲暗殺等を行う』
「それってもしかして…忍者!?」
『そうとも呼ばれているな』
肯定してみせた男に、娘は目を見開いて吃驚する。
「うそ!本物の忍者ぁあ!?」
その途端彼女の頭の中を走馬灯のように駆け抜けたのは、彼と出会ってから今までの出来事だった。
カラスからの変化。作務衣のような和服。肩からかかった剣らしきもの。分厚い籠手。
被っていた目まで覆う兜。その下の赤いペイント。体中に残った傷跡。
完全な無表情に、あまりにも手慣れた小刀の扱い方。そして露ほどもない生への執着心。
確かに忍者だと言われてみれば、今までの奇妙だった身なりや行動が一本の線となって繋がっていく。
女は喉につっかえていたものがとれたような気分だった。
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bkm