お前は弥勒なのか
男の唇は確かにそう動いた。
目を見開く女。
「み、ろく?」
『ああ』
「弥勒菩薩の弥勒?」
『そうだ』
女はまばたきをすると、ゆっくりと聞き返す。
「あなたの目には、私が仏さまに見えるんですか?」
男は一文字に縛った口を重く開いた。
『そうにも見えるし、そうでもないようにも見える』
だから問うたのだ、と男は続ける。
「わたしは人間ですよ」
女は眉を下げて小さく微笑んだ。
「心臓の動いた、生身の人間」
そして男の手を取り、そっと握ってみせる。
「ほら。温かいでしょう?」
確かにその手は生きているものと同じぬくもりを持っていた。しかし、そうだとすれば違う疑問が浮かびあがる。
『ならば、ここは常世ではないのか』
男の大きくて細長い手に、小さな柔らかい手。
「もしかして…自分が死んでしまったと思ってるんですか?」
男の堅く縛った口は何も答えない。
「ここは『あの世』じゃなく『この世』。お兄さんはまだ亡くなっていませんよ」
私が助けましたからね!と娘は誇らしげに微笑んだ。
全く異なる二つの手