秘密だらけの青年B





六畳の小さな和室に、男女の姿があった。
縁側からなま温かい風が入り込む。


「今日はあまり暑くないですね」

少し前まではあんなに蒸し暑かったのにと続けると、男の首にかけていた手拭いに手を伸ばした。そして、手桶の水に手拭いを浸すと、ぎゅっと絞る。

男は、縁側を眺めているようだった。
彼女が断言できないのは、男の前髪は長く、鼻の頭まであり彼の両目をすっぽりと覆い隠してしまっているため、その目が本当はどこを見ているのかなど分からないからだ。

さらりと吹いた風が男の赤い髪を揺らす。


「口もと拭きますね」


何を話しかけても男は無言であった。

警戒しているのか、それとも話す気になれないのか。どちらにしても何かされるのを嫌がっていたら行動に出るだろうと思うことにしていた。彼の返事を待っていたら、きっと昇った朝日は沈んでしまう。


美桜は膝を寄せると、男の顎に手拭いを押しあてた。そしてこびり付いた泥や赤黒い血のようなものを拭き取っていく。


そして、それから長い前髪に手をかけた。



秘密だらけの青年B



髪の毛を掻き上げていくと、男の顔が露わになっていく。
美桜の手がぴたりと止まる。



そして、赤面した。



すっと通った鼻筋に固く閉じられた両目。赤茶色のまつ毛は女の子のように長い。面長で綺麗な顔の線に、一文字を描いた唇。

め、め、めちゃくちゃ男前!
何だこの人、顔整いすぎでしょう。
え、モデルか俳優さんか何かですか!?
絶対そうですよね!?

顔を真っ赤にして体の全機能が一時停止している女の手から、男の頬にぽとりと水が落ちた。すると、冷たかったのか男の瞼がゆっくりと開かれていく。


美桜は息を呑んだ。

彼の瞳が娘を映す。その光彩も髪と同じで、透き通るような赤茶色をしていた。本当に同じ空間で息をするのも勿体ないような、あまりに綺麗な男だった。


しかし、その目が美桜を映したのもつかの間で、すぐにその瞼は閉じられた。


「お兄さんって俳優さんなんですか?」


それでも彼が何か答えることはなかった。




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bkm