いつだって前向きに






「あ、起きられたんですね」


和室に足を踏み入れた少女は少し驚いたように男を見た。
そして小さく微笑みを落とす。


やはりあの弥勒だ、と男は思った。



いつだって前向きに



「あの、お兄さん。顔の泥ちょっと拭きましょうか」


対する娘はというと、変な人だなぁとしみじみ感じているところであった。

目や口まで覆うボサボサの長髪。それも色は、日本人離れした赤茶。黒い作務衣のような和服を着て、足には黒のトレンカのようなもの。しかし、その服は仮装大会で着るような安っぽいものではなく、まるで着古したかのように色あせている。

お坊さん?それともどこかの職人だろうか。
しかし、それにしてはおかしい。こんな顔の見えない僧侶や職人がいるのなら、テレビにだって出演できてしまうだろう。

また、男の身体には足の先から髪の毛にまで泥がかかり、至るところに赤黒いものがこびり付いている。傷痕さえ、あの烏と同じ個所にできていて。


家を失った浮浪者の人、なのだろうか。
先ほどはお兄さんと呼びかけてみたものの、顔が見えないせいで年齢の判断もできないでいた。


それよりも、どうやればカラスから人間に変化したようなマジックができるんだろう。


まったく、変な人だった。
それでも情が湧いてしまうのは、きっと昨晩の悪夢に魘された姿を目にしたからに違いない。



「聞いてますか?あとその服も汚れちゃってるから着替えて。あ、髪の毛も整えましょう?」

指で頬を示して、警戒心が解れるようにと微笑む。


泥まみれの衣服を取り替え、髪を洗えば、別人のようになるだろう。
きっと昨日の烏のように。




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bkm