伝える


「三成様。」

「駄目だ。」

「私はもう元気ですから。」

「許さない。」

「しかし、城の警護だけなんて・・・。」

「許可しない。」


むぐぐ、と私は次の言葉を出し兼ねる。もうすっかり傷は癒えて、新たな武器もこさえて、鈍った身体を準備万端にさせているというのに、外への任務の許可が降りない。私の他にも忍は居るし、よくやってくれている。
以前あったように、誰かが文句を言っているのかといえば、そうでもない。三成様のあの取り乱しっぷりを見て、誰も何も言えなく・・・むしろ三成様の言うとおりにしてくれと言いたげだ。


「・・・お姫様じゃないのに。」

「なになに?何の話?」

「左近様。」


私に対して過保護になる人が、最近また増えた。それがこの、島左近様。三成様は私を外へ出すことを嫌がって、左近様は私を一人にする事を嫌がる。刑部様は何も言わないけれど、あまり顔を見せないとちょっとした嫌がらせが続く。秀吉様と半兵衛様からも、私に文を寄越すようにと命令された。私が欲しいのはそんな命令じゃない。書くけど。

話を戻す。左近様は前にも増して、私を見つけるのが上手になったように思う。そして、いつでもどこでも、二人で居ることが多くなった。一人で城内に居れば『今日は一人?』なんて訊かれてしまうほど。別に悪いことではない。ただ、ちょっと前まで一人で居ることが普通であったのに、今ではその一人の時間が少ないくらいなのが、ただ単に不思議に思う。ふわふわとしたような、何処か浮ついた気持ちだ。
それに、私の存在が段々と『伝説の』ものでなくなりつつある。それには少し、その肩書きを失うのが惜しいなという気持ちがあるけれど、女中さんと会話できるようになったので良しとする。同性と世間話が出来るというのは、ちょっと楽しい。
こうして私が、今更になって城に馴染み始める事が出来たのは、ひとえに左近様のお陰。手の届きにくいところにいるらしい私と、兵や女中の架け橋になってくれた。


「お喋りや、女中の手伝いや、兵の稽古に付き合うだけじゃなくて、ちゃんと忍の仕事がしたいなって話です。」

「いや、お姫様は手伝いや兵の稽古の付き合いなんてやらねーって・・・。」

「私に勝てる者は居なかったので、もっと稽古は必要です。」

「そりゃ勝てねーっしょ!」


今日も稽古場に出て、兵を叩き直してやろうかと思ったところで、左近様が言う。


「任務、行きたいの?」

「そりゃあ、行きたいですよ。私は忍として此処にいるのですから。」

「もうお姫様になっちゃえば良いのに。」

「嫌ですよ。柄にもない。」

「まあ、俺にとって羅刹ちゃんは、俺のお姫様同然ですけどー?」

「・・・。」

「あれっ、シカト!?」


だから、その『お姫様』というものになりたくないと言うのに!ムッとした顔を隠しもせずに歩きだすと、当然の様に左近様も隣に並ぶ。


「あーあー、そんなふくれっ面して。ちゅーしちゃうぞ!」

「いやです!」

「はっきり言われると傷つく。」

「むしゃくしゃするので、もう一回直談判に行ってきます!」

「はーい行ってらっしゃい。」

「穏便に済むかわかりません!かくなる上は家出です!」

「過去の色んな事が繰り返されるから待って!」


左近様が後ろから抱きつくようにして私を止めようとする。が、私は歩みを止めようとしない。足腰を鍛えるには丁度良い足枷だ。前に進もうとする私と、ずるずると少しずつ私に引き摺られて行く左近様。通り過ぎざまに『まあまあ相変わらず仲良しね』と微笑みを交わす女中たち。平和そのもの。


「分かった、俺が言うから!ね!」

「お姫様にするようにですか。」

「違うって!任務の件。羅刹ちゃん、一気に行動範囲広げようとしてない?」

「む。」

「そりゃあダメだって。ちょっとずつちょっとずつ攻めてかないと。」


まあ任せてよ、と左近様は私の肩を叩いて、颯爽と三成様の元へ向かった。その背中は至極嬉しそうなのだけれど、私のことなのにどうしてそこまで嬉しそうなのか・・・よく分からない。左近様も、どっちかと言えば私を外へはやりたくない派だと思っていたのに。


「ヒッヒッ、羅刹が姫様か・・・。」

「!、い、いつから聞いて・・・!」

「さて、どこからだったか。」

「刑部様は、そう言うと大体初めから聞いてらっしゃる。」

「よく分かったナァ。褒美にこれをやろう。」

「・・・おまんじゅう。」


女中が言っていた。甘いものは女を落ち着かせる秘薬なのだと。私は素直に受け取り、その言葉に倣うとする。


「羅刹よ。」

「はい?あ、お茶どうぞ。」

「アア。・・・家出すればさぞ、三成は悲しむであろうなぁ・・・。」

「・・・。」

「日の目を見やる事は・・・出来ぬであろうなぁ・・・。」

「い、言わないで下さいね。三成様には言わないで下さいね。」

「・・・。」

「言わないで下さいね!?」


それきり黙ったままの刑部様とは暫くして別れ、気を紛らわそうと兵に稽古をつけていると、左近様が戻ってきた。それはもう嬉しそうな顔をして、もしかして何かしらの任務が与えられたのではないかと心が躍る。


「羅刹ちゃん、着替えて!」

「え?このままで良いのでは?」

「だーめ!可愛い小紋で来てね!暗い色のじゃなくて、可愛いのね!」

「・・・。」


先に門の前で待ってるからね!と左近様はあっという間に稽古場から居なくなってしまった。突然現れて、そして去っていた左近様に、皆唖然としている。
仕事なのに、どうして休日と同じ格好をしなければならないのだろう。町娘に紛れての偵察か?先に任務の内容を聞いておくべきだったと思ったが、どれも後の祭りだ。


「羅刹様、どうか精一杯お洒落をして行くのですぞ!」

「化粧もお忘れなく!」

「こんな汗臭い稽古場に居てはなりませぬ!」

「汗を拭き、香を纏わせるのが宜しいかと!」

「え?は、はあ・・・。」


何故か稽古よりも興奮している兵らに背中を押されて、私は稽古場をあとにする事となった。
部屋に戻り、言われたとおり明るい色の小紋を奥から引っ張り出して着る。姿見の前に立ってみるが、やっぱり私には似合わないような気がして、みぞおちの辺りがこそばゆい。そして化粧。町娘になりきるならば、同じ年頃の町娘がやっているような事をするべきだろう。ほぼ使われていない化粧道具に手を伸ばす。人形に人間らしく化粧を施すのとは違うので、少しやりづらい。

改めて、姿見の前に立つ。少しの傷も、上手く隠せていると思うけれど・・・少しは、町娘らしく見えるだろうか?後は振る舞いさえ気にしていれば良い。
しっかりと、至るところに様々な武器道具を仕込み、頭に蝶を止まらせて、私は影に溶けた。


「遅くなりました。」

「おっ、羅刹ちゃ・・・羅刹ちゃん・・・?」

「お、可笑しなところがありました?」

「う、ううん!違う!え、何どうしちゃったの?化粧してくるなんて、俺思わなかっ・・・ふおお!なんか良い匂いまでする・・・!」

「稽古場に居た兵が、そのようにすると良いと・・・今時の町娘のように見えていたら良いのですが。」

「ぜんっぜんオッケー!バッチリ!もうサイッコー!」

「本当ですか?それなら良かったです。」


やけに元気な左近様と、城下まで行く。そこは相変わらずの賑わいを見せていて、活気にあふれている。直接民たちを守っている訳ではないけれど、私が三成様を守ることによって、間接的に彼らを守っているのだと、何処か誇らしくなる。こうして、民のことまで考えられるようになったのは、つい最近の事だが。そう、左近様が石田軍に来て、顔を合わせた日から、私は随分変わった。


「ところで、今日の任務の内容はなんですか?」

「今日は城下の警備!」

「それならば、やっぱり着替えなくても良かったではありませんか。」

「いやいや。いつもと違う場所からも見てみないと、見えないことってあると思うな!」

「例えば?」

「例え?あ〜そうだな〜・・・羅刹ちゃんが、もっと町に馴染めるように、今の流行りの着物を押さえとくとか!」

「それは城下の警備でもなんでもないですよ。」

「あそっか。でもなあ、丁度良く悪漢が出るなんてことは・・・。」


ないだろう、と左近様が言いかけたところに、それはもう丁度良く目の前を通り過ぎていったのは、嫌がる女性を無理やり裏路地へ引っ張っていく男たち。多くの人びとで賑わっているここは、そのせいで女性のことには気付いていないようだった。


「羅刹ちゃんは此処で待ってて。」

「嫌です、久しぶりの任務ですよ!」

「わあ嬉しそうな顔。でも、折角綺麗にしてあるからさ、崩したら勿体無いって。」

「大丈夫です、今日は張り切って色々な道具を持ってきたんです!見ててくださいね!」

「あっ、ちょ!」


小さめの苦無に細い細い影の糸を括って、一人の男の首に巻きつける。ギッと力を入れて引っ張れば、薄い皮はあっけなく切れる。痛みに驚く男と、突然現れた私に驚く仲間と女性。


「えへへ、石田三成様の君臨する城下で女性に乱暴をするなんて、この私が許しませんよ!」

「なっ、なんだあ!?」

「一体何処から?」

「ひいい、いてええ!」

「黙らないと、この人の首が空高く飛びますよ!」

「あーあー!嬉しいのは分かったから!あんまり血は出さないで!穏便に行こ!ね!」

「・・・分かりました。」


男たちの影から分身を呼び出して、大きく開けられた口へ痺れ薬を放り込む。私が今相手をしている男には、首の傷口に、それはもう尋常じゃないくらい痒みを引き起こす塗り薬をぐるりとひと塗り。


「え、えげつねえ・・・。」

「適度に痺れさせる薬を作るのは、案外難しいんですよ。量間違えると心臓まで止まってしまいますし。」


男たちの悲鳴を聞きながら怯えていた女性の手を取って、明るいところへ出してやる。彼女は未だ呆然としていたけれど、多分大丈夫だろう。私はまた歩き出した。また悪漢が出てきて欲しい気持ちでいっぱいだが、三成様の城下で沢山のさばらせている事になってしまう。それは嫌だ。ああ、やっぱり私はもっと難しい任務がしたい。
ありがとうございました、と少し後ろから聞こえて来た。女性は真っ直ぐ私を見ていて、ちょっとばかり照れくさい。なんと言って良いのか分からなくて、私ははにかんで手を振るだけにした。


「悪くないっしょ?城下警備。」

「・・・でも、もっと難しい任務がしたいです。」

「まあまあ、焦らない焦らない!」

「そういえば、どうやって三成様を説得したんですか?」

「まずは城下の警備からっていうのと、必ず俺がついてくって条件つけて、土下座。」

「どっ、土下座!?」

「『貴様の土下座は一銭にもならん』って言われちゃったけどね!」

「・・・ありがとうございます、私が我が儘言ってしまったから。」

「いーっていーって!それに、俺にも下心あったしねー。」

「下心?」

「鬼面つけてない羅刹ちゃんと、城下町デート。」

「でーと。」

「俺、羅刹ちゃんが好きだよ。」


でーと、という聞きなれない言葉の意味はよく分からなかったけれど、その意味なら分かる。


「私も、左近様が好きですよ。」


これは多分、いやきっと、友愛ではなくて。
20150302


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