Help Me!!!
とある休日。ふと思い立って、あまり人の立ち寄らない天城屋旅館の敷地内へ行ってみた。
「ぎゃー!」
なんじゃこりゃー!と実際に叫んでしまうほど伸びきった草たち。草と言うか、ちょっとした木みたいなのもある。露天風呂の仕切りから草が進入しているのに昨日気付き、今その裏側へ来ているところだ。いつもは人目の付く所しか手が回らないが、4月の春休みを利用してやれる所は全てやってしまった。だから今日は、いつもはやらない所をやらないか?キャンペーン実施中。そして地獄を見ているのだが。
「・・・やるしかないね。」
腰に装備してある草刈鎌を手に取る。ジャクッジャクッと草を刈っていくが、どうにも切れ味が良くない。一度気にしてしまうと中々忘れられないというのが人間というものでございまして。私はすぐに立ち上がり、鎌を新聞紙で包みビニール袋に入れる。女将に一言、商店街へ行ってくると旅館を出た。
目指すは『だいだら.』武将の鎧のような物や、刀っぽい物がおいてあり殆ど客の出入りは無い。が、中にある物は興味深いし、強面のおっちゃんは実はなかなか良い人で、シャイな一面もある。おっちゃんに刃を研いでもらえば、それはそれは切れ味が良くなり、感動せずにはいられない。
「おっちゃーん、居るー?」
「お、天城屋んトコのじゃじゃ馬じゃねぇか。」
「鎌の刃、研いでくれる?」
「ん?こいつぁ、相当使い込んだな。待ってな、柄も替えてやらぁ。」
「え、いいよそんな!お金殆ど持ってないし!」
「いつも贔屓にしてくれる御礼だ、受け取っときな。」
「でも・・・。」
「遠慮なんて、らしくねぇな。変なもんでも食ったか?」
「おっちゃんこのやろう!」
一通り笑ってから、お願いします、と一言。おっちゃんは、おう!と笑って奥へ引っ込んだ。私は店の中にある展示品を見て回る。変わった形のアクセサリーもあるので侮れない。どれくらい経っただろうか。作業する音が途絶えて、おっちゃんが奥から出てきた。
私は見ていた指輪を元の位置に戻し、カウンターへと足を運ぶ。
「どうだい?」
「ん〜・・・ん!しっくりくる・・・!刃もよく切れそうだし、いいね。」
「そりゃあ良かった。また不具合があったらいつでも来てくれ。」
「ありがとう!」
お金を払い、店を後にする。これであのカオスな空間をどうにかできると思うと、今から腕が鳴る。とりあえず、草が仕切りの隙間から出ないように・・・。
「おい。」
「はい?」
声をかけられると同時に肩を掴まれる。肩まで掴まれるので知り合いかと思いきや、全く面識の無い男性二人だった。一人は、無精ひげにジャケットを片手に引っ提げて、眉間に皺を寄せて怖い顔をしている。もう一人は、怖い人と比べると若く、よれたネクタイに寝癖付の頭の頼りなさそうな優男。はて、一体誰だったか。前に旅館に来た事がある、とか?
「お前、そのビニール袋の中身は何だ?」
「は?」
「その中身は何だ、と聞いている。」
何って、草刈鎌ですが。そう口に出せばいいものの、何故そんな事を聞かれなくてはいけないのかという疑問が邪魔をする。訝しげな顔をするだけで何も言わない私。無精ひげの人の眉間の皺が、一層深くなった。
「足立。」
「はっ、はい!」
「調べろ。」
「はい!・・・えーっと、ちょっと良いかな〜?」
「ちょっ、何なんですか。何者ですかいやホント何するんですか!?ちょっ、おまっ!」
足立と呼ばれた若い男が、私の命とも言える草刈鎌を奪おうとするので、私はひょいとビニール袋を移動させる。と、その先で待ち構えていたのは無精ひげの人だった。その人に簡単に袋を取られ、私は若い男に軽く両腕を押さえられる。
「ちょっとだけだから、大人しくしててね〜。」
「その宥め方、一々イラッとくるんですけど!?一体私をいくつだと・・・!」
「これは、何だ?」
「草刈鎌です!私の命、相棒、それがないと・・・!」
「何で鎌なんか持ってフラフラしてんだ?」
「刃を研いで、柄を替えてもらってたんです!返して下さいよ、この時間でどれだけ刈れると!」
「かる・・・?」
「かる、だと?」
「?、何か可笑しな事でも言いました?」
「どっ、堂島さん!この子、危ないですよ!」
足立さんが、私の腕を後ろでガッチリ拘束する。堂島さんというらしい無精ひげの人は、眼光を鋭くさせた。あれっ、ちょっと待って?これもしかして、予想外な方向へ勘違いが起こってる?かる、というのは人や動物ではなく草木です!と弁解しようと口を開くが、その直後に何かが突きつけられた。
「警察だ。ちょっと来てもらう。」
「な、なんと・・・!マジもんの警察手帳ぅぅううう!!」
「て、手錠・・・!」
「手錠!?い、イヤだ!逃げないからそれだけは勘弁して下さい!逃げないから、いや悪い事もしてないけどね!?」
「未遂で良かったですね、堂島さん!」
「そうだな・・・詳しい話は署で聞かせてもらう。大人しく車に乗れ。それで手錠は勘弁してやる。」
「これは・・・酷い・・・。」
ここでまた逃げたり暴れたりしたらダメだ、負けだと思い、私はタバコの臭いがする車に乗り込んだ。運転席に堂島さんが乗り、私の隣に足立さんが。人生で初めて、警察に連行されます。不本意です。でも逃げられません。だいだらのおっちゃん助けて、葛西さん助けて、女将助けて、雪子助けて。
そんな願いは遠く及ばず、車は警察署へ向けて発進するのであった。
事情を説明しても、堂島さんは中々納得してくれず、結局旅館の人を呼ぶことになった。若干肌寒い取調室?には、私が逃げ出さないようにと足立さんがドアの前に立ちはだかっている。そんな事しなくたって逃げないのに・・・多分。
恨めしげに足立さんを睨めば、足立さんは基から情けない顔を更に情けなくさせて、どうしたの?とドモり気味に言った。特に用は無いので、いえ、と私は目の前の机に視線を落とした。
そういえば、私の目はツリ目なのでちょっと目力を入れれば、意図していなくても人をビビらせてしまう事を忘れていた。もっと可愛げのあるツリ目になりたかった。こんな怖いイメージのツリ目なんて、ツリ目なんて・・・!
「ねえ。」
「!?」
カタン、といつの間にか向かいに来ていた足立さんは、同じく向かいにあった椅子に座った。音もなく近付くとは・・・いや、私が考えに耽りすぎていただけだろうか?
「世界征服できるとしたら、どうする?」
「・・・は?」
「や!君、暇そうだったから・・・。」
「ああ・・・。」
いきなり、いい大人が何を言い出すのかと思ったら。足立さんは気を使ってそんな話題を振ってきた。この人、良い人だ。
それにしてもその話題が『世界征服について』だ。まさかの中二である。しかし、折角気を使って振ってくれた話題なので無碍には出来ない。私は少し考えてみた。
「んー。世界征服、ねぇ・・・。」
「世界が意のままになるんだよ?自分のしたい事をして、気に入らない人間は消して、理想の世界が出来上がる。」
「はは、そりゃあこれ以上無い桃源郷ですね。」
「やってみたいと、思う?」
「それは・・・いいえ、ですね。」
「・・・どうして?」
「大昔のゲームも、今最先端を行くゲームも、世界を征服した人は魔王呼ばわりで、悪役なんです。まあ、今の時代にそんなゲームがあるか分かりませんが。」
「・・・。」
「それで、絶対その魔王は勇者に倒されるんですよねぇ。プレイヤーが匙を投げたとしても、そのシナリオはあるんですよ。私は、見ず知らずの誰かに『お前は悪だから』と殺されるのは御免被ります。それなら桃源郷が出来上がって幸せ絶好調の時に、自分で死にますよ。」
「つまらないね。勇者は出てこないかもしれないのに、まだ幸せが続くかもしれないのに、自ら命を絶つのかい?」
「ええ、つまらないですね。勇者が出てこないとしても、魔法使いが出てくるかもしれません。はたまた、全世界の人類が総出で掛かってくるかもしれません。結局幸せの次にあるのは、嫌な事ばかりですよ。」
「ふーん。」
「足立さんは?足立さんだったら、どうするんです?」
「僕?うーん、そうだなぁ・・・。君みたいな美人さんを傍において、向かってくる勇者も何もかも消しちゃうかも。」
「わっはー、刑事さんの言う台詞じゃなーい!」
と、そこで取調室のドアが開いた。堂島さんは変わらず眉間に皺を寄せていたが、どこか居心地が悪そうというか、罰が悪そうな顔をしていた。続いて入ってきたのは、従業員が着ているものよりも少し豪華な着物を着た女将だった。あー、女将か。
「えー!おおおおお女将ー!?」
「矢恵ちゃん!」
「コラ足立!テメェ何だらけた顔して話し込んでやがる!?」
「なっ!ち、違いますよ、僕はこの子が暇そうだったから話し相手を・・・!」
がたーん!と椅子を後ろへ倒さんばかりの勢いで立ち上がり、女将を目に入れながら固まる。足立さんは怒られているようだ。・・・何だか申し訳ない。
というか、そんな、あわよくば女将に知られる事なく釈放、みたいに考えてたのに!来るとしたら葛西さんだと思ってたのに!雪子そっくりな目が私を捉えたまま、こちらに向かってくる。ひえー!
「刑事さんにはちゃんと言っておいたからね!」
「ごめんなさいごめんな、あ?え、何を?」
「うちの子が誰かを傷つけるなんて真似、するもんですかーってね。」
女将は誇らしげにニッコリ笑って、私の頭を細い指で撫でた。ああ、だから堂島さんが微妙な顔してたんだ。今度罰が悪そうな顔をするのは私の番だった。申し訳ない。色んな人に申し訳ない。と、肩を叩かれた。その方を向けば、堂島さんが私の草刈鎌の入ったビニール袋を差し出していた。
「今日は厳重注意で許してやる。だが、もうこんなもの持ってフラフラするんじゃないぞ。」
「はい、ご迷惑お掛けしました・・・。」
「さ、帰りましょう。雪子が矢恵ちゃんを探していたわ。」
「え、なんだろう?」
何も心当たりが無いことをここに宣言しておく。たいした事じゃないと良いな。取調室から出る時に、私はもう一度頭を下げる。悪い事はして無いつもりだけど、迷惑をかけたことには変わりないのだ。
「どうも、すみませんでした。」
「いや、こっちもやり方が荒かった。怖い思いをさせてすまなかったな。」
「いえいえそんな・・・。あ、足立さん。面白い話、ありがとうございました。」
「ははは、そんなお礼を言われるような事は・・・。」
「足立ィ・・・高校生相手に変な気、起こすんじゃねぇぞ?」
「お、起こしませんよ!これでも刑事なんですから!」
帰り道。私はやっぱり女将に申し訳ない気持ちで一杯になって、隣を歩くのが躊躇われた。少しだけ後ろを歩く。
その後姿は、髪の長さとか細かい所は違えど、どこか母を思い浮かべさせる雰囲気を醸し出していた。母と父は元気にしているだろうか?前に会ったのは・・・高校の入学式・・・いや、中学の卒業式?もしかしたら、父に至ってはもっと前かも。
「矢恵ちゃん?」
「え、あ、」
「どうしたの?どこか具合でも悪い?」
「あー・・・あの、ごめんなさい。忙しいときに、こんな騒ぎ起こして・・・。」
「ああ、そんな事・・・。良いのよ、こういうと時ぐらい、娘のために仕事放ったって!」
「娘って、私は、」
「矢恵ちゃん。」
ニッコリと綺麗に笑う女将。私は広がった距離を縮めるべく、足を進めた。
20090304*20101227修正
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