女の子の秘密


文化祭の季節ですね。


「印ー!!」

「そんなに大声じゃなくても聞こえてるー。」


4限目が終わった時、いきなり花村が私を呼んだ。花村がかけよって、ケータイの画面をデコにぐいぐい押し付けてくる。イヤガラセ?もしかしなくてもイヤガラセ?殴っていいかな。


「何、見えない!」

「見ろ!」

「無茶言うな!」


押し付けてくる花村の腕を掴み、椅子を斜めに傾けて自分が遠ざかる。『花ちゃんが良いなら。』という文章。送り主の名前を見れば、小西先輩とあった。それにしても話が見えない。花村を見れば、キラキラうずうずとしていた。


「告白でオッケーでも貰ったの?はいはいオメデトー槍か何か落ちてきたら良いのに。」

「バッ!ちげーよまだそこまでは・・・!」

「くねくねすんなキモイうぜー。略してキモウゼー。」

「ほら、今度文化祭あんだろ!?」

「うん、あるね。この浮かれぽんち。」

「一緒に行きませんかって誘ったら、誘ったらこう来てさ・・・!」

「授業中にメールすんなよガッカリ王子。」

「うおー!俺もう今なら死ねる!」

「色々ボロクソ言ってるの気付いてる?ねぇ、スルーなの?何なの?死ぬの?」


それから花村は、私の問いかけは一切無視し、聞いてもいないメールを送るときの緊張等について語り始めた。
駄目だコイツ早く何とかしないと、と言う時にまた花村ではない声に名前を呼ばれた。声のした方、教室のドアを見ればうちのクラスの女の子と、確か隣のクラスの男子。名前は知らない。男子は私と視線が合うと、バッと勢い良くそらす。溜め息を気付かれないように吐き、花村に席を外すと言おうとしたら、ニヤニヤとこっちを見ていた。その表情がとてもとても癇に障ったので、むんずと花村の頬を抓る。


「じゃあ、ちょっと行って来ますよ。」

「ふぁい、いっふぇらっふぁい。」

「(正直、行きたくない。)」

「あ、メシどーすんの?」

「すぐ行くよ。」

「そ。じゃ、先行ってっから。・・・ま、一足先に春も満喫するのも、いってー!」

「さっさと行け!こんのガッカリ王子!」

「んだよソレ!」


花村を先に行かせ、私はゆっくりと教室の外で待っている男子の元へ行く。それからその男子に連れられ実習棟の人気の無い所へ。内容は今度の文化祭の事だった。俺と一緒に回りませんか?
私はただ一言、ごめんなさい、と呟く。じわりと広がる罪悪感は、いつまでも慣れる事が出来ない。雪子のように鈍感だったら、と今まで何度思っただろう。


「あーあ、天城より誘いやすいって聞いたんだけどなぁ。」

「そら残念だったね。つーかそれ本人の前で言う?」

「花村とデキてんの?」

「それはない。花村には好きな人がいるからね。それにガッカリ王子だし。」

「じゃあ何で断んの?」

「うーん、じゃあ逆に聞くけど、何で私を誘うの?」

「え、そりゃあ、え、言っていいの?」

「・・・本気にならないで。」

「え?」

「私は、君の思っているような女じゃないってこと。」

「・・・。」


ふうん、と男子は小さく呟いて、そっとその場を立ち去った。それでいいのさ、それで。
じんわりと、中学校の頃の苦い思い出が蘇る。・・・先輩、元気かな。とうの昔にフられたのに、胸の奥で何かが燻る。少し前まで花村が好きだったのに、何だこのザマは。最悪じゃないか。


「・・・行こう。」


息を、その燻りと一緒に吐き出す。少しだけ気分が晴れた。

***

そして文化祭2日目。花村は文化祭がスタートすると同時に教室を出て行った。せーぜー頑張りたまえ、少年よ。私は人気の無い教室でアイボッドに耳を傾ける。お金を溜めて最近ジュネスで買った。私の部屋にはパソコンだってあるんだぜ。ちょっとハイテク。


「矢恵!」

「一人で何やってんのー?」

「雪子、千枝ちゃん・・・。」


だーれも居ない教室にやってきたのは、雪子と千枝ちゃん。よくぞこのつまらなさそうな教室を覗いてくれた!見るものは何もないぞ!


「矢恵のクラスは展示だけなんだね。」

「うん、超手抜きー。私はあれよ、自主警備員的な?」

「花村君は?」

「小西先輩とおデートでございますわよー。今の私はお邪魔虫以外の何者でもないのです。」

「・・・矢恵ちゃんってさ。」

「ん?」

「や、花村と付き合ってない事は知ってるんだけど・・・もしかして、花村の事、好きだったり・・・?」

「うん、好きだったね。」

「やっぱ・・・え、過去形?」

「矢恵・・・あっさりしすぎじゃない?」

「や、だって事実だし。」

「も・・・もしかしなくても、あたしってやっちゃった感じ?」

「・・・。・・・えぐられた・・・!最近塞がった傷から色々出てくるよ雪子・・・!」

「え、あ、ご、ごめん!あたし余計な事言って・・・!」

「大変!どうしたら良い?」

「クレープ・・・クレープ的な甘いものを奢ってくれたら、もしやすると・・・!」

「千枝、チョコクレープだって。」

「あれ、あたしからかわれてる?」


あはは、と一通り笑ってから、嘘じゃないよと言っておく。千枝ちゃんって鋭い子だ。いやはや侮れませんなぁ。


「あ、今日一緒に帰っても良い?」

「良いけど、どうして?」

「花村、一瞬だけヘタレを乗り越えたら、このまま小西先輩と沖奈にデート行くから。」

「ええっ!?な、何で!?」

「私がそうするように説得したから。」

「いやいや、好きなら何で協力しちゃうの!」

「千枝ちゃん、だからさっき言ったでしょ。好き『だった』って。」

「あぅ・・・で、でもさ。」

「良いんだよ。協力してくれって言われて、私はそれにノったんだから。」

「う・・・。」

「良いんだよ。」

「・・・矢恵ちゃんが言うなら・・・。」

「あ、でもこの事は内密に。ヘンな気も使わないでね。」


雪子は困ったように笑って、千枝ちゃんは納得が行かないといった顔をしている。優しいな、雪子も千枝ちゃんも。


「よーっし!矢恵ちゃん、雪子、クレープ買いに行こう!」

「え、あれは冗談・・・。」

「いいのいいの!さ、行くよー!」

「ええっ、でも、」

「矢恵、千枝が奢るなんてそうそう無い事よ。甘えておきなさい。」

「ちょっ!人をケチみたいに!」

「っはは、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな!雪子にも一口あげる!一口なら太らないさ。」

「うん、ありがとう。」


警備員の仕事はキリにしよう。誰も悪戯なんかしやしないって!私は右手に雪子の手、左手に千枝ちゃんの手をとって、ブンブン振り回しながらクレープ屋を目指した。


バカ長いと思っていた文化祭も、疲れたと思う頃にはもう終わりを迎えていた。クレープを堪能した後は警備員に戻ることなく、雪子と千枝ちゃんとで色々なクラスを回りまくった。文化祭後の独特な寂しさを感じつつ、玄関で靴に履き替える。まだ雪子と千枝ちゃんは来ていないようだ。


「矢恵ちゃん!」

「うおう!小西先輩!」

「ピアスの調子、どう?」

「あ、絶好調です。ほら!」

「早速付けてくれてるんだ。」

「そりゃあモチ!」

「ふふ、怒られないようにね。」

「へーい。・・・小西先輩、これからどっか行くんですか?花村と。」

「え、どうして分かったの?」

「むふーっ!学校イチの情報通、ナメたらいかんぜよ!」

「もう、矢恵ちゃんったら。」

「ま、先輩は分かってると思うけど、花村は悪いやつじゃないから。仲良くしてやってくださいね、かーちゃんからのお願い。」

「ええ、そうね・・・あ、そろそろ花ちゃん、自転車持ってこれたかな。」

「気をつけて。」

「矢恵ちゃんもね。」


小走りで小西先輩は玄関をくぐっていく。私はその後姿を笑顔で見送った。
大人の階段のーぼるー、と私も玄関をくぐるとドンッと背中を押された。何事!?と振り返れば、そこには千枝ちゃんと雪子が。千枝ちゃんに至っては、眉を吊り上げて私をギッと見ている。あれっ、私何かしました?なんか最近、睨まれちゃうことが多いなー。


「本当にコレでいいの!?」

「はへ?」

「はへ?じゃないっ!」

「千枝、納得いかないみたい。」

「納得も何も・・・。」

「だって!可笑しいよ!修羅場的なモノが始まるのかと思ったら、和んだ雰囲気で見送っちゃうし!」

「一部始終見てたの!?」

「あーもーっ、何か、何か、もーっっ!!」


ガックンガックン、物凄い勢いで肩を揺らされる。そっ、そろそろ止めてくれないと首が飛んでいきそう。危ない。


「ちっ、えちゃ、おちつ、おちついーてーぇえ!!」

「うー・・・。」

「私の片思い体質は今に始まったことじゃないから。」

「だからって、そんなに簡単に諦めるのは違うと思う。雪子もそう思わない?」

「矢恵は、矢恵は一度だけ、すごく痛い思いをしたから・・・。」


え、という顔をした千枝ちゃんが私を見る。私はそれに笑顔を見せた。私は千枝ちゃんにそんな顔をして欲しくないので、話を切り上げる声をあげる。


「よーっし!これから文化祭の打ち上げとかしちゃう?」

「矢恵、私矢恵のおいなりさん食べたい。」

「私の手料理かよ!!」

「・・・むー。」

「千枝ちゃんもうちくる?私、いなり寿司作るけど。」

「矢恵の料理、美味しいよ。」

「・・・行く。」

「・・・気になる?」

「教えてくれるの?」

「さー、どうしよっかなー?」

「あたしだけ仲間外れっていうのはイヤだけど・・・事が事だから、ねぇ。」

「千枝ちゃんはトクベツに教えてあげよう。私と雪子しか知らない私の失恋話を!」

「良いの?」

「過ぎ去った事をいつまでも引きずっていく訳にもいかないって!笑い話に変えなくちゃ!」
20090213*20101227修正

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