自覚した人たち
えーっと、えっと。
コンビニ袋を片手に訪れたのは、2年生の教室。キョロキョロと教室を見渡す私に視線が集まるが、気にしない。気にする私ではないのだ!と、目当ての先輩を見つけた。
「あ、いた!小西せんぱーい!」
「あら、矢恵ちゃん。どうしたの?」
「ちょっとお願いがあってですね。」
ガサリ、とコンビニ袋を自分の顔辺りまで持ち上げる。小西先輩は不思議そうにコンビニ袋を見て、それからまた私に視線を戻した。
「ピアスの穴、あけてください。」
「え?」
「ほら、コンビニで買ってきた氷と、ピアッサー!」
「う、うん。それは良いんだけど・・・どうして私に?」
「や、こういうのって先輩に聞いた方が詳しいんじゃないかな、と思いまして。」
「そんな事はないと思うけど・・・。」
「駄目ですか?」
うーん、と小西先輩は困ったように笑うと、それじゃあお昼に屋上へ行こうか、と言ってくれた。
小西先輩は優しくて良い人だ。
ここに入学してまだ真面目に学校へ来ていたとき、何度か迷ってしまう事があった。そこにいつも、偶然居合わせていたのが小西先輩で、何回も優しく道案内をしてくれたのだ。それだけなのだが、私が一方的にじゃれに行って仲良くなった感じなのである。
「本当にあけるの?」
「え?」
「だって、旅館の事とか・・・。」
「まあ・・・その時はその時と言いますか・・・。」
「どうしてあけようと思ったの?」
「何となくです。」
「何となくで怒られても知らないわよ?」
「ぐっ・・・!」
「でも、今更やめるなんて無しだからね。ほら、もう冷えたんじゃない?」
「・・・じゃあ、お願いします。」
ピアッサーが右耳に宛がわれた。ああ、ドキドキす、
「いっ・・・!!」
「こういうものよ。はい、次は左ね。」
「よっしゃあ!バッチコイ!」
じんじんと耳たぶが痛む。恐る恐る触れば、真ん中よりも少し下辺りに付いているようだ。耳にかけていた髪の毛を元に戻し、小西先輩の方を見る。
「ありがとうございました!」
「どういたしまして。あ、そうだ。」
はいこれ、と小西先輩がピンク色のプラスチックケースを私に差し出した。私が疑問符を浮かべながらそれを受け取る。少し振ってみると、カラカラと複数の音がした。
「これは何ですか?」
「開けてみて。」
言われるままにパカリと開けると、そこにはピアスが数個入っていた。キラキラと光る物から、にこちゃんマーク、少し大きめで飾りが揺れるタイプの物まで。
「これは・・・。」
「最近つけてなくて、穴が塞がっちゃったの。またあけるのも面倒だし、あげる。」
「え、良いんですか!?こんなにたくさん!」
「うん。良いの。」
「あっ、ありがとうございます!」
小西先輩は柔らかく笑った。
***
「印、帰るぞー。」
「ふえーい。」
花村に呼ばれ、私は今日出された宿題と弁当箱をカバンに突っ込み、席を立つ。何故か私と花村は、朝だけじゃなく帰りも一緒に帰っている。危ないながらも、二ケツチャリで帰れるのは速くて良い事だ。事故になる寸前に飛び降りるという妙な技も取得してしまった。一緒に電柱にぶつかって学習したのだ。
「あ、そーだ。寄り道してかね?」
「何処にー?」
「鮫川ー。」
「鮫川かよ!」
「話したい事があんだよ。」
「ふーん。」
そして鮫川、河原のコンクリートに座った。水面がオレンジ色で綺麗だ。鼓膜を揺らす水の音が心地よい。入るには少し寒いけど。
「で、話したい事って?」
「あー・・・うん。」
「うん。」
「・・・。」
「言わないの!?」
「言うよ!言う!・・・最近さ、小西早紀先輩って人がうちにバイトに入ってさ。」
「小西先輩が・・・。」
「あれ、知り合いかよ。」
「4月ぐらいからね。で?」
「でさ、小西先輩、すっげー優しいんだ。俺のこと邪険にしないっていうか・・・普通に接してくれて・・・。」
「・・・。」
「それで、俺・・・小西先輩の事、好きになっちまった、かも・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・何か言ってくれよ。」
「かも・・・だと・・・?」
「はあ?」
「『かも』なんかで小西先輩はやらん!もっとズパッとスパッとはっきり言えぃ!」
「なっ・・・!」
「そしてついでに言えば、見よ!このピアス!小西先輩にあけてもらい、小西先輩に貰ったものだ!羨ましかろう?羨ましかろう?うはははは!」
「ピアス!?いつあけたんだよ!」
「今日の昼。屋上にて。」
「昼かよ・・・!」
「バイト以外で会える唯一のチャンスだったのにねぇ。何で今日に限って教室で弁当食べたんだろねぇ?」
「くっ・・・!」
「残念だったね。」
「顔にザマアミロって書いてあんぞ・・・!」
「え?気のせいよ気のせい。プークスクス!」
「・・・。」
「じゃ、私歩いて帰るわ。」
「は?乗ってかねぇの?」
「ん、ちょっとヤボ用思い出した。」
「送ってく。」
「いいよ、時間掛かるし。」
「そうか?」
「うん。じゃ、頑張りたまえよ!極限に困ったら協力してやらんこともない!」
「偉そうだな!」
「あっはは!」
土手まで上がり、花村はチャリに跨り、気をつけろよ、と言って帰っていった。
私は、その背中を見送ることなく少しだけ俯く。
胸焼けとは違う何かが、ぐるぐると回る。穴を開けてしまいたいぐらい、気持ち悪い。
ねぇ、嘘でしょ?だって、そんな、今更?ぎゅうう、と眉間に皺を寄せて早足で土手を去る。ひたすら地面を見る。バスに乗っても、顔は上げられなかった。カバンに顔をうずめて、耐えた。
花村は、小西先輩が、好き。
私は、私は、
「(花村が、好き。)」
好き。
「(・・・今、気付くなんて。)」
好き。
「(つくづく、バカだなぁ。)」
20090113*20101227
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