縋る、縋られる


目覚ましが鳴る前に、ケータイの着信音に起こされた。


「・・・・・・。」


誰だコノヤロウ。重い瞼を擦りつつケータイをパカリと開くと、メールが一件。送ってきたのは花村だった。そこには、チャリがパンクしてたから迎えに行けない、という用件。
・・・ファッキン。送信。時間を見れば、再度寝るには遅く起きるには早い微妙な時間。
私は少し考えた末、もそもそと起きる事にした。


「おーはよーう。」

「矢恵!今日は早いのね。」

「んー。花村のチャリがパンクしたらしいから、今日歩きー。」

「そうなの?じゃ、私と一緒に行く?」

「良いの?」

「勿論!千枝も喜ぶよ。」


はい、と渡された茶碗を持ちつつ頂きますと言い、朝ご飯に手をつける。んん、今日も元気だご飯が美味い!鮭の塩加減が丁度良い。

千枝ちゃん、千枝ちゃんかー。まだ彼女とは接点が無いな。相当前から名前だけは知ってるのに。何て言うの?雪子からよく話を聞くから、知らないけど知ってるぜ!みたいな奇妙な感覚。よくよく考えれば苗字すらも知らないのだ。慣れって、怖い。


「矢恵!お味噌汁零れそう!」

「んおっ!味噌汁がご飯へトリップする所だった・・・。」


急に朝が早くなるのはいけない。多分、今日の授業中に何回か寝てしまうだろう。ボーっとしながら朝ご飯を済ませ、若干急かされながら支度をして家を出た。


「千枝、おはよう。」

「あっ雪・・・あれ?もしかして・・・。」

「あー、えと、おはようございます?」


天城屋旅館からちょっと行ったところで、いつも通り黄緑色のジャージを来た千枝ちゃんが立っていた。
いつもはすれ違い様の一瞬しか見れなかったけど、千枝ちゃんって可愛い子だ。その千枝ちゃんが、クリクリとした目で私を見てくるので、いささか恥ずかしい。挨拶が疑問系になってしまった。


「今日は特別。良いよね?千枝。」

「そりゃあ、あたしは大歓迎だけど・・・もしかして、花村と喧嘩でもした!?」

「ええ!?や、チャリがパンクしたって言うから・・・。」


花村と知り合いらしい。
良かった、女の子のお友達も出来てたんだね。おかーちゃん嬉しいわぁ・・・。


「ホントに?もし花村が矢恵ちゃ、じゃない、印さんイジメるような事があれば遠慮なく言ってね!」

「おお・・・頼もしい・・・。」

「プッ、千枝・・・今更『印さん』って・・・!」

「なっ!だ、だって実質初めましてなんだから、いきなり名前呼びはダメっしょ!?」

「え?別に構わんよ?」

「軽っ!っていうか、マジで?良いの?」

「断る理由が無いっつーか、私は申し訳無いけど千枝ちゃんの苗字を知らないというか・・・。」

「あっ!里中!里中千枝です!でも名前で呼んでね!」

「あははははは!千枝ってばおっかしー!あれほど矢恵に会って話したいって言ってたのに、凄く緊張してるー!あはははははははっ!!」

「うおっ、スイッチ入った!」

「爆笑女王、さっさと行きますわよー。」

「矢恵に言われたくないーぃぃいあはははは!!」

「え!?矢恵ちゃんにも爆笑スイッチあんの!?」

「あー、雪子とよくツボが被ったり・・・雪子につられたり?ってあだだだだ!こら人の背中を叩くな!肋骨が後ろから折れる!」

「ぶふっ、肋骨の前に肩甲骨でしょー!も、矢恵ってば面白っ・・・ぷはははは!」

「ブホッ、そういや、そうだ・・・ククッ、」

「「あーっはっはっは!!」」

「(あれ・・・矢恵ちゃんってもっと、・・・あれ?)」


朝から腹が捻じ切れるかと思いました。腹筋崩壊フラグ。

***

「印!」

「おっ、花村!今朝はよくもアラームが鳴る前に起こしてくれやがったなチクショウ!」

「うおっ!おまっ、鳩尾は・・・!」

「チッ、上手く避けたな・・・。」


朝。俺は教室で印を見つけると、すぐに駆け寄った。
教室で初めて顔を合わせるっていうのは何だか新鮮だ。むしろ、何か微妙に調子狂うっつーか・・・。じゃなくて、俺がまずコイツに注意したいのは・・・!


「それにしても、この返信はねーだろ!一言って!つーかその一言も酷すぎんだろ!?女の子がこんな言葉使うんじゃありません!」

「君は実にバカだな。ファックにはベリーグッドの粗雑な言い方でもあってだな・・・。」

「パンクした事が良い事か!?どっちにしろ酷ぇ!」

「はいはい、ドーモスミマセンデシター。」

「・・・。」

「陽ちゃん、ごめんね?矢恵の事、許してくれる?」

「ぐっ・・・!」

「いやそこはキモイなり何なりして盛大にツッコめよ!私が痛い子みたいじゃないか!
え、何?そんなに根に持ってるの?そんなに私を羞恥プレイに片足突っ込ませたかったの?」


ガッデム!と机に肘を突いて頭を抱える印を見ながら、さっきの印を思い出す。
いやだって、急に『陽ちゃん』なんて言われたらビックリすんだろ・・・。だって、印座ってて俺立ってるから、必然的に上目遣いになるわけだし・・・。それに、天城さんのいとこだからその辺の血も入ってて、かなり美人の部類に入るし・・・。


「花村、花村!」

「ん、なんだ?」

「今日さ、雪子と千枝ちゃんと一緒に学校に来たんだけどさ、千枝ちゃんって可愛いね!」

「はあ?里中がぁ?」

「何だよその反応!失礼だ!」

「でも・・・アイツ意外と暴力女だぜ・・・?成龍伝説がどうのって言ってるし。」

「ああ、だからあんなに美脚なのか・・・。」

「ビキャク・・・?」

「程よく付いた筋肉!だからこそ洗練され、スラリとしていて美しい!まあ、りせちーみたいに細くて白いのもアリだけど・・・。」

「おっ、印ってりせちー好きなのか?」

「好きも何も、大ファンですが何か?部屋にサイン入りポスターも貼ってあります。マジりせちー可愛い。抱きしめたい。」

「うおお!すげー!何で持ってんだよ!?」

「懸賞で当てた。ケロリーマジックに費やしたお金・・・プライスレス。」

「ああ・・・やっぱり代償はいるよな・・・。」

「全て自分で処理したために増えた体重も・・・プライス・・・レス・・・。」

「ああ・・・やっぱり、飲みすぎるとしっかり太るんだな・・・。」


すぐに鳩尾に一発頂いたのは、言うまでも無い。

***

キンコンカン。お昼休みが始まった!
私は早速、屋上へ行くべくカバンの中から弁当を出そうとする。


「お?お?」

「どうした?早く行って食おうぜ。俺腹減って死にそー・・・。」

「大変です花村隊員・・・。」

「どうしたでありますか・・・。」

「弁当が、無い。」

「は?」

「俺は・・・もうここまでのようだ・・・ぐうっ。」

「い、生きろ!ほらまだ購買という手が!」

「財布も・・・ことごとく忘れたのだよ・・・。」

「・・・それは助けようが無いな・・・。」

「よし、雪子にお金を借りよう。」

「立ち直り早っ!・・・俺が貸してやろうか?」

「んにゃ、雪子なら家ですぐ返せるし。一緒に来る?」

「え?あ、おう!」

「ついでに雪子に挑戦しとく?無理だと思うけど、さ。」

「無理とか言うなよ!」


と言いつつ、満更でもないみたいな顔をしているので、一度惨敗というものを味わわせておこう。
テコテコと雪子がいるであろう教室を目指し、ドアからぐるりと見渡す。あ、赤いカーディガン発見伝!


「うおーい!雪子ー!弁当忘れた恵まれない子に愛の手をー!」

「ええ!?」


めちゃめちゃ注目を浴びたが、そんな事は気にしない。雪子は戸惑いつつもカバンから財布を取り出し、小走りでこっちへ来てくれた。
私のすぐ後ろでは花村が緊張している。ウププ、これは面白い事になりそうだ。


「もう!何でお弁当忘れてくるの!?」

「いやだって、いつもと違う生活リズムだったから・・・!」

「財布も忘れるなんて・・・。」

「中身の無い財布なんか、荷物でしかないよ。」

「はあ。お釣りはいいから、またそれで返してね。」

「ありがとう雪子大好き!」

「ふふ、私も好きよ。」


がばちょ、と抱きつけば雪子はしっかりと受け止めてくれた。羨ましそうに私を見る男子が沢山だ。これぞ、いとこの権限なり!


「じゃっ、私は早速購買へ行って参ります!」

「食べ過ぎないようにね。」

「へいほー。あ、コイツが雪子に用事あるらしいから、聞いてやってくんない?」

「え?あ・・・うん。」


千円片手にスキップで購買へ行く振りをして、廊下の角から様子を見守る。雪子は教室の中にいるから様子は伺えないが、花村はバッチリ観察可能だ。
うむ、何とか話し始めたようだ。身振り手振りがでかい。必死だ。必死なのが丸分かりだぞ花村陽介!それから3秒もせずに花村の無駄な動きは止まる。肩がガクッと落ちた。
あ、花村と目が合った。追いかけてくるので逃げようと思います!


「あーっはっはっはっは!!いーひひひひひ!!!」

「笑いすぎだろうが!いい加減凹むぜ!?」

「も、もう凹んでる癖に、何いっ・・・ゲホッブホッ!」

「くっそー、お前何であんなに逃げ足速ぇんだよ・・・。」

「まあまあ、このフレッシュ☆イチゴコロネは花村にやろう・・・ククッ。」

「・・・。」


苦い表情で花村はイチゴコロネを受け取る。その優しい甘さで心の傷を癒すが良いよ。
話によれば、私はもう廊下で見ていた時点でニヤニヤしていたようで、だから追いかけたらしい。購買部で結局捕まってしまったけれど、そこまでは逃げ切りました!


「で、どうでした?うち自慢のお嬢さんは。」

「いや、どうっつーか・・・うーん・・・。」

「ああやって、罪深きかなバッサリと何人もの殿方を、知らず知らずのうちに切ってゆくのですよ。」

「厳しい・・・厳しすぎる・・・っ!」

「んーふーふー。雪子なら、明日には忘れてるね。良いトコ矢恵の友達、ってトコかな。」

「あ。」

「ん?」

「じゃあついでに『印越え』も試してみっかな!」

「・・・。」


その時、私がどんな顔をしていたかは分からないけれど、花村の笑顔はどんどんぎこちなくなっていった。
そこでやっと、自分は多分一ミリたりとも笑っていないんだ、と言う事に気付いた。けれど、表情括約筋は全く指令を聞かないで、ただただ私は花村を見ていた。

ついで、ついで。私は、雪子のついででしか、ない。


「じょ・・・。」


花村が、焦った表情で口を開く。


「冗談だって!俺だってこれ以上凹みたくねぇよ!」

「あ・・・はは、だよね!どんだけMなんだよって話だよね!はは、このドM風情が!」

「ちょっ、違うからね?俺は決してドMなんかじゃないからね?」


そこでやっと、私は笑うことが出来た。その証拠に、花村が安心した顔をしている。花村、お願いだよ。もう君しか居ないんだ、居ない筈なんだ。私を雪子の『ついで』って見ないでくれるのは。だから、冗談でも言わないで。

***

背筋が凍るくらいに無表情になった印の顔は、とても綺麗だった。長い黒い髪の毛、それに縁取られる白い肌、睫毛の長いツリ気味の目、その中の黒い瞳。
一瞬、時が止まったような気さえした。俺はきっと言ってはいけない事を言ってしまったと分かっていても、なかなか声が出ない。その綺麗で少し不気味な表情を壊したくなくて、でも、そんな顔をして欲しくない。


「じょ・・・。」


冗談だって!俺がそう言えば、印はやっと口元だけを緩めた。瞳が何かを伝えようとしているが、俺には分からない。分かろうと、していなかったのかもしれない。


(出会ってからまだ、日が浅すぎる)
20090106*20101227修正

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