02
そうしてあっという間にゴールデンウィークは終了し、目前に迫るのはテストのみとなった。心の中では焦っているものの、実際はいつもと変わらず勉強を放り投げている。教科書すらロッカーの中だ。
「早く夏休み来ないかな〜。」
「それは飛ばしすぎじゃない?」
「なんでもうゴールデンウィーク終わっちゃったんだろ・・・。」
「けど、平和で良かったな。」
「ジュネスでバイトしてると、おばちゃん層の噂話聞けるけど、何も起きて無いみたいだしさ。」
「へぇ、じゃあ誰かが失踪何てことはなかったんだ。もしかして、私で終わりだったりしてね。」
「まだ犯人が捕まって無いからな。油断は出来ないぞ。」
「雨降ったら、また誰かがテレビに映ったりすんのかな?犯人像とか、もう少し何か分かればなあ・・・。」
「こうなると、雨が降って誰かが映るまではジタバタしてもしょーがないじゃん?」
「天気、そろそろ崩れてくるらしいよ。・・・雨はもうちょっと待っててほしいな、来週一杯は。」
「ああ・・・中間テスト・・・。」
「あー、言っちゃった・・・。それ、考えたくねぇー。」
「テレビが映ったら、一夜漬け出来なくなるなぁ。」
「・・・え?」
「・・・は?矢恵、お前今何つった?」
「・・・。(しまった。)」
「矢恵、自分から言ってどうするの。」
雪子の呆れた顔がこっちを向いている。あはん、やっちまった。言わないって言ってたのに!逃げようとするが、それよりも早く千枝が私の肩を掴んだ。陽介が乗り出してくる。二人とも怖い。近い。
「一夜漬け?今まで一夜漬けだったのか!?オイ!」
「そんなに驚く順位なのか?」
「だって月森君!矢恵ってば、大体10位以内キープしてて・・・!い、一夜漬け?ほんとに!?」
「・・・実にすいません。」
「否定しないのかよ!うあー!神様はステータス分け適当すぎんだろ!くっそー!」
「それ何て涼宮さん?」
「・・・ハア、雪子も矢恵もいいよねぇ・・・。あたしも二人みたいに、天から二物を与えられたいよ・・・。」
「まあ、頑張れ。」
「ねー花村、二人に色々教わった方がいいんじゃない?」
「あー、天城はトップクラスだっけ。」
「あたしは雪子に頼むから、矢恵は花村ね。」
「はあ!?」
「なんと!」
「今なら俺も付いて来ます。」
「通販みたいなノリにすんな!つか、孝介は勉強できるでしょうよ。」
「みすみす二人きりになるのを見逃せるか!」
「意味分かんない・・・だって、朝は陽介と二人なんだけど?」
「・・・!」
「今気付いた、みたいな顔しないでよ。」
「・・・陽介君後でツラを貸しやがってくださいお話があります。」
「おっ、俺は無いのでイヤです。」
「じゃあ今貸しやがって下さい。」
「ちょっ!胸倉掴むのやめろ!!」
そこで雪子が、もう時間だ、と呟いた。先に行くね、という雪子を見送る。私が出る程大勢では無いので、私はいつも通りだ。
何というか、最近自分が必要とされているのかされていないのか、そのタイミングが分かってきた気がする。あんまり人が居ても困るだけなのだ。料理運ぶときに人にぶつかりそうになるわ、手持ち無沙汰でどうしようもなくなるとか・・・。
しかしそんな場合でも私が役立つ事がある。それは、雪子や女将、仲居さんが酔っ払いに絡まれたときだ。そっと仲裁に入り、ギロリと睨みながらお客様どうかされましたか、と思っても無い台詞を言う。しかも口だけ笑って。そうすれば大抵の酔っ払いは逃げていくのだ。まれに私に絡んでくるつわものも居るが。
人にはそれぞれ、役立てる場所というものがある。適材適所というヤツだ。私は、この自称特別捜査隊の中でどういう役割につけるだろう。役立たずにならないようにしなければならない。
「矢恵、ちょっと矢恵!」
「ふぁい?」
「この二人止めてよ!むしろ月森君を止めてよ!」
「・・・こうすけー。」
「何だ?」
「止まったよ。」
「・・・。」
「呼んでみただけ、ってヤツか?矢恵ならどんなに呼んでも良いぞ。」
「はいは・・・あ、メモリースティック欲しいんだった。ねぇ陽介、安いのっていくら?」
「あ?確か1500円ぐらいじゃなかったか?」
「やすー。ちょっとジュネスまで連れてってよ。」
「おー。」
「俺も行「菜々子ちゃんが待ってるんじゃない?」・・・。」
「そんな顔しないでよ。」
「・・・改めて思うけど、矢恵ってスゴイね。」
「は?・・・ありがとう?」
千枝が深く溜め息をついた。
「お願いします、印大先生!」
「頼んます、勉強教えてください!」
「ついでに俺も。」
「・・・。」
そして、花の金曜日ではなく鬱の金曜日を迎えた私たちは、放課後の図書室へと向かっていた。本当は日曜日の午後から本気を出す予定だったのに、金曜日に思わぬウォーミングアップ。千枝と陽介と、何故か孝介まで付いてきた。雪子は旅館の仕事が少しだけあるらしい。今日も先に帰宅した。なので、この面倒を割る事が出来ないわけで。
「ちょっと矢恵、これ意味が分かんないんだけど。これ本当に日本語?」
「どう見ても日本語だよ!えーっとこれは、」
「なぁなぁ、次俺宜しく。」
「はいはい。って、よりによって数学・・・。」
「・・・。」
「月森君はケータイを不自然に構えて何をしているのかな。」
「もう少しでパンツが見えそうだったので。」
「携帯電話を没収します。」
孝介よ、勉強してないじゃないかキミは。孝介はただ座って、勉強している様子を見ているだけだ。時々、暇だとでも言うように制服の裾を引っ張ってきたり、脇腹を突付いてきたりとちょっかいを出してくる。帰れとまでは言わないけど、そんなに暇なら本でも読めば良いのに・・・。
「もー!覚えられない!カタカナ多すぎ!」
「何だこの数字・・・割り切れねぇ・・・。」
「矢恵はこう言う暗記系ってどうやって覚えてんの?まさかカンニング?」
「人を何だと思ってんだ。そういうのは、ブツブツ呟きながら2・3回書いて、ちょっと別の勉強をした後に指折り言うの。」
「うえー?それ矢恵だから覚えられるんじゃないのー?」
「以外と出来るもんだって!」
「お、俺もう駄目だ・・・!割り切れない数字は嫌いだ・・・!」
「公式ちゃんと見た?別のに当てはめて、それでも出来なかった時に諦めてよ。」
「・・・。」
「あーちょっと!黙って制服引っ張らない!」
「じゃあスカート引っ張ります。」
「宣言したって駄目だからね!?つか孝介の場合は、引っ張るんじゃなくて捲るんでしょうが!」
「うわーん!矢恵ー!」
「矢恵・・・!」
「矢恵、俺にも構え。」
「・・・。」
その後少しして、図書室を追い出されたのは言うまでも無い。
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