Call my name
矢恵様華麗にふっかーつ。
と言っても、もうすでに4限目の半分ほど終わっているという時間に登校。珍しく休もうという気は起きず、のそのそ通学路を歩いてきたのである。もう数日休んだから、という事もあるからだろう。それに、私だけ長いこと休みたくなかった。まずは早く元気な姿を見せて、皆を安心させないと。もたもたしているうちに、世間では緑の眩しい5月になってしまった。
これは余談だが、片思い復活宣言を雪子と千枝ちゃんにすると、二人は大層喜んでくれた。余計な事はしないでくれ、とは言ってあるものの、実際どうなんだろう。面白がるかもしれない。けど、やっぱり二人には伝えておかないと。色々あったんだから。
「あ。」
「ん?」
昇降口に来たところで、後ろから小さな声を聞いた。私は思わず振り向く。そこには、色素の薄い髪、大きな髑髏のマークのタンクトップに制服を羽織る、いかにも素行の悪そうな男子生徒がいた。あれっ、何処かで見たことあるぞこの顔。何か、昔・・・。
「完ちゃん・・・?」
「・・・っす。」
「わ、完ちゃんだ!久しぶりー!ここに入学したんだね!」
「はい、まあ。」
「え、何か他人行儀・・・昔みたいに『矢恵お姉ちゃん』って呼んでよ!」
「なっ!そ、それは流石に無理っす!」
「えー、つまんない。」
「つまんないって・・・。そう言えば先輩、家出してたらしいじゃねーっすか。」
「え?あ、まーねー。」
私は、テレビに入れられこっちに居なかった時、家出扱いになっていたらしい。雪子の時のように大事にならなかったのは、私のいつもの態度と、丁度母が来て何か気に障ったんじゃないか、というはっきりした理由があるからだ。勝手に叔母さんを引き合いに出してしまった、と雪子は気にかけているようだったが、存外嘘でもないのでナイスな理由だと言っておいた。
それにしても、学校全体に知れ渡っているのだろうか。いや、学校だけじゃない。もしかしたらこの町全体に・・・。そしたら、何故か堂島さんと足立さんの刑事コンビを思い出した。次に会ったら何か言われそうだ。
「一体何処に隠れてたんです?」
「え?いやははそれは気にするなよぅ。」
「気になりますよ!!」
「へ?」
完ちゃんが急に大きな声をあげるので、私はとても間抜けな声を返してしまった。完ちゃんは完ちゃんでビックリしたらしく、恥ずかしくなってしまったのか頬を少し赤くして、決まりが悪そうにそっぽを向く。
「その、ホラ、最近こんなド田舎にも危ないヤツがウロチョロしてっから・・・!なっ、何かあってからじゃ遅いんすよ!?」
「っぷふ、ふははっ、心配してくれてありがとう!大丈夫、沖奈のネカフェに居たから。」
「・・・っすか。」
「あはは、完ちゃんは良い子だねぇ。」
「・・・もうその『完ちゃん』って言うの、止めてくれませんか?」
「『矢恵お姉ちゃん』って言ってくれたらねー。」
「ぐっ・・・!」
「ひひひ、じゃ、私もう行くから。」
「うっす。」
私が階段を登って踊り場まで到達しても、完ちゃんはその場にいた。手を振ると、戸惑ったように手を振り返してくれる。最近、完ちゃんの良い噂は聞かなかったのだけど、根本的には変わっていない様子だ。良かった良かった。
しみじみそんな事を思っていると、キンコンカンとチャイムが鳴ってしまった。ちんたらしている間に4限目は終わってしまったらしい。購買に走っていく男子を横目に、私も教室へ足を踏み入れる。
「あっ・・・印!」
「矢恵ちゃん!」
「おはにちは。印矢恵、完全復活をここに宣言致します!」
「もう!来るなら言ってよ!」
「や、だって行こうって決めたのさっきだし。」
「もう大丈夫なんだな?」
「オウイエー。超元気!」
「モロキンは超怒ってたよ・・・。」
「何で!?」
「家出したって聞いた途端、『とうとう非行に走ったか!ワシが担任である以上は許さんぞ!』ってよ。」
「わあ・・・。仕方ない、職員室にちょろっと顔出して逃げるか。」
「印、今日の放課後空いてるか?」
「暇人ですが?」
「あの時の話を聞きたいんだ。」
月森君が言う『あの時』と言うのは、十中八九事件の事についてだろう。オッケー、と二つ返事をして教室を出る。事件の事って行っても、実際はあんまり覚えてないんだよね・・・。身構えておくべきだった。昼休みの賑やかさを肌に感じながら、私は職員室のドアを開けた。すぐに金ちゃんと目が合う。
「失礼しましたー。」
「待て!コラッ、待たんか印!!!」
「ふおおう!待てと言われて待つヤツは居ない!」
「止まれェェェエ!!!」
「止まらないィィィイ!!!」
何処をほっつき歩いていたー!だの何だのを叫びつつ追いかけてくる金ちゃん。ハハハハ、足の速さは負けないぜ!こっちに戻ってこられたんだなぁ、という実感がじわじわと湧いてくるのが分かった。学校に来て良かったと思う。
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