曖昧 私


あ、やっべ。


「いってきマース。」


弁当と財布ぐらいしか入っていないリュックを背負い、学校へ向かう。
後5分でHR始まるなぁという頃に、私は鮫川の看板の所まで来た。
あ、何かすごい面倒くさくなってきた。ジュネス行きたい。でもなー、花村と昨日約束したもんなー。
急に襲い掛かってきた倦怠感のせいで、私の足取りはとてもゆっくりになる。ゆっくりしていきたいね!


「印!」

「え?」


空き地にまで差し掛かった時、ふいに休憩所?の方から声が聞こえた。
顔を向ければ、チャリをひいてこっちに来る花村が居た。わお、噂をすれば何とやら。
花村は心なしか怒ったような、不機嫌な顔をしている。なにゆえ。


「おせぇ!」

「おせぇ!って言われても・・・。」

「サボる気だったろ。」

「そうだったら今頃私はジュネスに向かってるね!私服で!」

「まっ、そういう事にしておいてやるよ!ほら後ろ乗れ!」

「え、そのチャリ変な音してるけど・・・。」

「んな事言ってたら遅刻するっての!」


チャリに跨った花村に引っ張られ、私は不思議な音を立てるチャリに立ち乗る。
はじめこそはフラフラしていたが、スピードに乗れば中々快適なものだった。
お陰さまでギリギリだったが遅刻を免れることが出来た。

途中で、何故あんな所に居たのか聞いてみたら、どうやら私を待っていたらしい。
どうやら、というのも花村がごにょごにょ誤魔化して、はっきり言わなかったからだ。
(そりゃお前、ほら、アレだ、サボったらアレだし、・・・うん。)
(お前はアレリーマンか。)


「・・・。」

「(そりゃあ、あたしが来るまでこの視線に耐えろっつーのもねぇ・・・。)花村、飴食べる?」

「お、おう。」


授業中は流石に皆は黒板を見ているが、放課になると誰かしらがこっちをチラチラ見ている。
イラッとするぜぇ・・・言いたい事があるならドンと来やがれってんだ!
ガリガリと飴を噛み砕く。勿体無い食べ方しちゃったな・・・。

と、花村が今立っている位置からちょっとずれた。
すると、遠慮がちに田中という男子生徒が近付いてきた。私と花村を交互に何度も見ている。


「印・・・。」

「やぁ、挑戦者第一号。」

「挑戦者!?」

「で、何よ。」

「印と花村ってさ、付き合ってんの?」

「「はあ?」」

「どっちが先に手ぇ出したんだ!?」

「手を出すも出さないも、付き合ってないよ。ねー、花村。」

「流石の俺も、そんなに手ぇ出すの早くねーよ・・・。」

「他の都会男は早いのか!」

「こわっ!都会こわっ!」

「え、ちょっと待て、さっきの花村の言い分だと、印を落としに掛かるのはこれからって事に・・・。」

「なっ!?」

「いやん!私、花村に食べられちゃう!」

「バッ、んな事しねぇよ!」

「印、残念だったな・・・。
印には都会男を誘うようなフェロモンは無いらしい・・・。」

「凹むわぁ。藁で編んだハートが凹むわぁ。」

「お前らは俺にどうして欲しいんだ!?」

「あははは、あ、そういえば俺聞いてみたかったんだけどさ。都会って―――。」


よし、チャンスだ花村!私はちょっと席を外すとしよう。
ガタリ、と席を立つと花村が『どこ行くんだよ!』という目で私を見てきた。
私はそれに頑張れ!という意味を込めて笑顔を返した。
田中は良いヤツだ。周りをも巻き込んでくれるとありがたい。

昼休み。授業を真面目に受ける事は、とても体力が必要なのだと感じた。屋上はとても気持ち良い。あの後教室へ帰れば、花村には男女共に友達がちゃんと出来たようなので、私のお役目は1日目にしてもう用なしとなった。まぁ、友達には変わりないから別にいいんだけどね。
しかし、花村はその男友達の方へ行かずに私のところまで、休み時間毎にわざわざやってくる。表情は幾分か明るくなった。よく笑うようになった。まるで昨日とは別人のよう。せっかく他に友達が出来たのだから、無理に私にくっ付いてこなくても良いのになぁ。
そう思いながら弁当箱を広げたところで、屋上のドアが軋む音が聞こえた。振り向いてみると、そこには赤いカーディガンを着た女の子。


「雪子!」

「あ、矢恵!」


その女の子、雪子は小走りで私のところへ来る。
雪子は少し怒ったような、不機嫌な・・・あれ、これなんてデジャヴ?


「やっと真面目に授業出る気になったのね?」

「いやー、まぁね。」

「これからは一緒に学校、行こう!」

「え、雪子出るの早いじゃん・・・!」

「大丈夫、ちゃんと起こしてあげるから。」

「うえー、朝くらい自分のペースで行かせてよぅ。」

「矢恵はいつもマイペースだと思うけど。」

「ぐっ・・・!あ、ほらあの子いんじゃん!えーっと、ちえちゃん、だっけ。」

「千枝、矢恵と話したがってたから丁度いいと思うよ。」

「ぬぅう・・・!」

「そうだ!一緒に寝れば、きっと一緒の時間に起きれるよ!」

「寝るときから一緒!?」

「昔は一緒だったじゃない。」

「んー・・・まぁ、検討はしておくよ。」

「前向きにね。午後の授業もしっかり頑張ろうね!」

「しっかりかどうかは分かんないけど、団体さんを迎える体力は残す程度に頑張る。」

「思い出した!矢恵、草むしりしてそのまんまにしたでしょ。」

「・・・草刈鎌は片付け・・・あ、草盛ったまんまだった。」

「気をつけてね。片付けておいたから。」

「あ、ありがとう〜・・・!女将に怒られないですむ・・・!」


その後に一言二言言葉を交わすと、雪子はもう戻るね、と言って立ち上がった。ご飯の入った弁当箱を持ちながら、その背中を見送る。雪子がドアを開けると、ドアの向こうに人が立っていた。・・・花村じゃん。
花村は焦りながら通路を開き、雪子は多分謝りながらそこを通っていく。花村もその背中を見送ると、今度は花村がこっちに向かってきた。今気付いたが、その手には弁当と思われる包みとお茶のペットボトルを持っている。


「よ。一緒に食っていいか?」

「良いけど・・・男子と食べなくて良いの?友達になれたのに。」

「や、何となく印と居る方が落ち着くっていうか・・・。」

「ふーん、まぁ花村が良いなら良いんだけどね。」


玉子焼きを一口食べる。うむ、美味なり。
花村が弁当箱を開けたところで、なぁ、と声をかけられた。


「何?」

「あの子と印って、どんな関係なんだ?」

「あの子・・・ああ、雪子、天城雪子っていうの。私のいとこ。一緒に住んでるんだー。
ってか、盗み聞き?やーらしー。」

「入るタイミングが分かんなかったんだよ!・・・団体さんってのは?」

「天城屋旅館って、この街の名物旅館の娘が雪子でね。雪子も私も忙しい時は手伝いしてんの。」

「ふーん・・・。」

「あー、何か私のこと全然話してないから、今のうちに言っておくわ。」


私が母の実家、つまり天城屋旅館にお世話になり始めたのは小学校に入学した頃だった。
旅館に関わるのはもう沢山だと家を出た母は看護師になり、医者と結婚。そこに生まれたのが私。なかなか早く家に帰ることの出来ない両親は、心配だからと私をそこへ預けたのだ。
今の女将は母の姉。伯母さんはこの事を、笑って私に話していたのを覚えている。ただ誤解をしないように言っておきたいのは、家族仲は悪くないと言う事だ。


「じゃあ、俺はタダで泊まりにいけるってことか!」

「プリンス割引してくれたらね!」

「だからそんなサービスはねぇっての!」


私は最後のプチトマトを口に放り込む。花村ももう食べ終えようとしていた。速いな!
ケータイで時間を見れば、まだ余裕はある。今のうちに寝ておくべきか・・・。


「そういえばさ、印と天城さん?って似てるよな。流石いとこ同士ってやつ?」

「、似てないよ。」

「そうか?」

「向こうの方が性格も良いし、可愛いよ。何てったって、次期女将だからねぇ。あ、今度ナンパでもしてきたら?都会男らしく。」

「・・・やっぱり何か誤解してるだろ、都会について。」

「そ?」

「天城さんってさ、遊びに誘ったら乗るタイプ?」

「面白いくらいに鈍感。天城越えはレベル高いよ?」

「『天城越え』?『印越え』は?」

「うーん。」

「あるんだな?」

「・・・雪子が駄目だったから、私に流れてくるパターンが、多いね。」

「は?」

「はい!この話はもうお終い!私は寝ます!」

「えっ、ちょ、おい!」

「おやすみー。」


花村に背を向けて寝転がる。
自分でも分かるくらい眉間に皺を寄せてコンクリートを睨んでから、瞼を閉じた。
20081206*20101227修正

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