03
「矢恵、矢恵!」
「ん・・・。」
鉛でも詰まってんじゃないかってくらい重い瞼をこじ開けた。そこには、薄暗くてよく見えないが、雪子と千枝ちゃんがいた。そして次の瞬間、私は二人からぎゅううと抱きしめられたのである。あれっ、何この天国。
二人の頭を撫でたとき、私の拘束が解かれている事に気付いた。そこにクマちゃんも飛び込んできた。そこに月森君と花村が、頭をめちゃくちゃに撫でてくるもんだから、少し驚いた。
「生きて、る・・・?」
「よっ、よがっ、よがっだグマぁぁああ〜!!!」
「矢恵ちゃんなかなか起きないから、しっ、しんじゃったかと・・・うわぁあああん!!!」
「ひっく、うぇ、矢恵っ、矢恵〜・・・。」
私がどうしようか戸惑っていると、私の影と目が合った。怖いくらいの無表情で、私を見ている。ちょっと、と言って三人を私から離すと、覚束ない足取りだったけれど、何とか影の目の前に立った。鏡じゃなくて、実際に私が目の前にいるっていうのは、何とも奇妙な感覚だ。
認めなくちゃ、いけないんだよねぇ。私って、こんなに弱かったのか。あの時、雪子の影に言われたように。情けない気持ちと、こんな根暗な自分を見られたという羞恥心が、私の心を蝕む。それでも、認めるんだ。ぐっ、と拳を握る。知らない自分を認めるのが、こんなにも勇気のいる事だったなんて、知らなかった。
「・・・まぁ、あんたが言ったとおり、心のどこかで、ふと、死にたいなぁ、と思ったことはあったよ。」
『・・・。』
「けど、さ。自分でも、そんなに本気で死にたいなんて、思ってなかった。死ぬならここ利用したら良いんじゃね?みたいなさ。」
『・・・。』
「本当に何も言わないんだね。良いけどさ。あー、うん。命を拾ったから、今死ぬわけにはいかないんだよ。それに、ずっと考えてた。やっぱり、私はまだ生きたいよ。でも、死ぬほど死にたいって思ったこと、忘れない。だから、もう死にたいなんて思わないように、努力する。そうね・・・まず手始めに、両親に文句言う事から始めようかな。」
少し、影が頷いた気がした。
「あんたは私、私はあんた。ごめんね、本気の気持ちを冗談だと思い込んで、ずっと溜め込んでさ。」
影が光って、また別の形になった。黒い狐のお面を被った、黒い袴の巫女さんの服を着た女性の形をしたペルソナ。武器らしいものは持っておらず、背中にお札の貼られた輪を背負っている。
「クシナダヒメ・・・。私の、ペルソナ。」
「良かったな、印。」
「うん、やっと自分のペル・・・そ・・・。」
「ぎゃああ!ヤエチャンが倒れたクマー!」
「はは・・・は・・・。いつ死ぬかっていう緊張から開放されたら・・・何か・・・はは・・・。」
「早く出よっ!大丈夫?立てる?」
「・・・多分、腰が抜けたっていうのは、こういうことじゃないかなって思うんだ。」
「つまり立てないんだな。」
「よし、花村。負ぶってけ。」
「はぁあ!?なっ、何で俺なんだよ!」
「(!)ちょっと花村、か弱い女の子におんぶさせる気?」
「何ならクマの中にぶっ「ほら、月森君は旅館の場所よく分かって無いし。」
「け、けどよ・・・印はどうなんだよ?」
「・・・。」
「寝てる。」
「ほらほら花村、ずーっと矢恵ちゃんの事心配だったんでしょ?実際に感じて、安心したら?」
「感・・っ!」
「リーダー命令だ。そして空気読んだ俺を褒めろ。」
「は?・・・し、仕方ねぇな・・・。」
「(イタタ・・・ユキチャン、急に酷いクマ・・・。)」
「「(月森君、グッジョブ!)」」
「(明日から本気出す。)」
「(ヤバイだろ・・・ムネとか息とかムネとかムネとか・・・!!!)」
「うおっ、まぶしっ!」
「起きたか?」
次に目を覚ましたときは、すごく眩しくてまた目を瞑ってしまった。ジュネスのテーマが聞こえるので、ジュネスへ帰ってきたのだろう。何だかすごく久し振りにジュネスのテーマを聞いた気がする・・・。もうすでに懐かしい。がーっという音がして、少し肌寒くなる。でもお腹の方はあったかい。定期的に揺れるので、また寝てしまいそ・・・。
「ん?」
「どうかしたか?」
ばっちり目を開けて、今の現状を確認する。外はもう暗くて、もう眩しくて目を瞑るということは無かった。ていうか花村近っ!いや、近いってもんじゃない。ちょっ、これ密着、みっちゃくしてね・・・?
「わ、わわわ、私、もう歩けるから!超元気だから!」
「うお!急に暴れんな!バランスとれねぇだろ!」
「じゃっ、じゃあ降ろして・・・!」
「・・・やだ。」
「ええっ・・・!」
「お前、疲れてんだろーが。こういう時は素直に甘えとけ。」
「うぇ!?そそそん・・・!」
「ぷっ、そそそんって何だよ。」
「〜〜〜〜寝る!」
「ああ、オヤスミ。」
あの椅子に拘束されて目隠しされてる間、ずっと、ずっと考えてた。影が動くたび、殺されるんだと思って何度も過去の事が頭をよぎった。両親の事、天城屋の皆の事、雪子の事、千枝ちゃんの事、月森君の事、学校の事・・・先輩の事。
けれど、それ以上に花村の事が沢山蘇ってきたのだ。ほんの些細な事、小西先輩が好きだと打ち明けられた事、諦めた時の事。諦めた諦めたと幾度と無く思い、口にしてきたのに、それは全くの嘘だった。自分は自分に嘘を吐いていた。声しか聞き取れなかったが、『君が好き』と影が言った時、あの時が一番、感情を表に出していた気がする。先輩と言わず『君』と言った事、苦しそうな声を出していた事・・・私の、心の叫びなんだと気付いた。
「・・・。」
ぎゅう、と腕に力を込める。目を瞑った。あったかい。諦めたっていうのは、今、撤回しても間に合うだろうか?私はまだ、花村を好きでいて良いんだろうか?例え、花村がまだ小西先輩の事を好きだったとしても、ただただ、心の中で呟いてもいいだろうか?
「(好き・・・。)」
「(花村、好き。)」
「(君が好き。)」
ねぇ、想わせて。
20090531*20101227修正
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