02


ケータイの天気予報を見たら、明日から3日間は雨が続くらしい。それを見て、俺は言いようの無い恐怖に襲われた。タイムリミットが見えてしまった。今日を入れて後、4日。もう4日しかない。それなのに、未だに印の姿を一度も見ていない。影すらも、俺たちの前に現れない。
何のヒントも無いまま、俺たちは壁にぶつかってしまった。最上階に行ったのにボスが居ないとは、どういうことだ。マヨナカテレビを思い出す。何処もかしこも黒かったからって、あんなに暗い場所は無かったはずだ。あんな、地下みたいな・・・。


「!」


地下・・・今まで考えもしなかった。そうだ、あんなデカイ城なんだ。地下があったって可笑しくない。ジュネスのフードコートに集まったとき、俺は提案してみる事にした。


「地下?」

「ああ。ゲームでもよくあんだろ?城の地下。」

「けど、そんな入り口あった?」

「隠し扉があるんじゃない?ほら、忍者みたいに壁がくるって回って!」

「それ超和風じゃん・・・。」

「でも、あるかもしれないな。クマに探してもらおう。」

「そうだね。見つけたら元気になるかも!ほら、昨日結構落ち込んでたからさ。」


テレビの中へ入ると、いつもより元気の無いクマ吉がいた。里中が言うように、昨日の事を引きずっているのかもしれない。地下への道を探すのを手伝って欲しい、と月森が言うと、クマは困ったような顔をしていた。


「けど・・・また分かんなくなっちゃうかもしれないクマ・・・。」

「クマ一人でやれ、って言ってるわけじゃない。俺たちも探すから、クマも手伝ってくれって事だ。」

「でも、センセイ・・・。」

「お前に拒否権は無い。来い。」

「ああん、センセイは強引クマ!」


こうして城の探索は始まった。地下、というからにはやっぱり1階にあるに違いない。ドアを片っ端から開け、部屋があれば部屋を隅々まで見て、敵が居れば倒す。その繰り返し。しかし、廊下の突き当りまで調べたが、それっぽい窪みも、ましてや回転する壁も見つからなかった。クマ吉の鼻も何も捕らえることなく、元気付けるどころか一段と落ち込ませる結果となってしまった。


「クマは・・・クマは、全く使えんクマだクマ・・・。」

「クマさん、元気出して・・・。」

「ユキチャンこそ、元気出すクマ・・・。うっ、ごめんクマ!クマが、クマの鼻が全く使えないから・・・!!おーいおいおい!」

「そんな・・・クマさ、・・・うぅっ・・・。」

「あぁ、ちょっと、二人して泣かないでよ〜!あ、何かあたしも泣きたくなってきた・・・!」

「やっぱり、地下なんつーもんはねぇのかな・・・。月森、どう思う?」

「・・・地下があるなら、天井裏もあると思わないか?」

「・・・天井裏?」

「クラリスもそんなような所に閉じ込められてただろ。」

「ちょっと違うと思うぞ。けど、天井裏か・・・。」

「でも、もし天井裏だとしても、あんな高い天井にどうやって登るの?梯子なんて無かったしさ。」

「その時はその時だ。兎に角、最上階へ行ってみよう。」


最上階のドアを恐る恐る開ける。が、もうそこにはデカイシャドウは居なくて、シンと静まり返っていた。天井を見上げるが、やっぱり高い。王様の椅子のところへ行って、その椅子に乗ったとしても、到底届く事は無い。一通り部屋を探ってみても、梯子が出てくるわけでもロープが降りてくるわけでもなかった。


「何かあったか?」

「いや、天城の新しい武器を見つけただけだった。これ装備しておけ。」

「うん、ありがとう月森君。」

「これでまた、1に戻ったって感じ・・・?」

「認めたくないけどな・・・。」


俺らの間に、重い空気が流れる。後残りの部屋を調べれば、新しい道があるのか?見つからなかったら、他に何処を探せばいいんだ?昨日見た、空と同じ色をした海のような所を思い出す。なぁ、お前は一体何処に行っちまったんだよ・・・!


「!!、クマ!?」

「!、どうしたクマ!?」

「あ、あれ・・・?」

「クマさん、何かあったの?」

「今、ちょっとだけ、クマの鼻が反応したクマ!」

「どこからだ?」

「あの椅子からだクマ!」


クマ吉が、段の上にあるあの王様の椅子を指差す。俺が駆け出す前に、ぶわっと風を感じた。


「オロバス!」

「コノハナサクヤ!」

「「アギ!!」」


その瞬間、鎮座していた椅子が吹き飛ぶ。いや、消し飛ぶと言った方が合ってる気がする。その言葉どおり、椅子は跡形も無く燃えてなくなってしまったのだ。俺は、何処からツッコミを入れようか迷って、全く別のことを口走ってしまった。


「月森・・・お前、沢山ペルソナ持ってるんだな・・・。」

「ああ。何か俺は特別らしい。」

「見て、後ろに空洞が・・・!」


里中が言うとおり、椅子の後ろからぽっかりと暗い入り口が現れた。ドアは元から無かったようだ。・・・多分。中に一歩踏み込んでみると、ボボボッという音と共に壁の蝋燭が勝手に火を灯した。・・・螺旋階段のようだ。


「クマ、よく分かったな。」

「ああ、すっげーよ!普通分かんねーよ、なあ?」

「うん!すごいすごい!」

「やったね、クマさん。」

「え?えへへへへ、照れるクマ〜。」

「どうして分かったの?」

「さあ・・・。何か、近付いて遠ざかってくって感じがしたクマよ?」

「じゃあ・・・。」

「この先にいるって事か?」


薄明るく、狭い螺旋階段を照らしている蝋燭が揺れた。
短いのか長いのかも分からない階段をひたすら駆け下りていく。規則的に並べられた蝋燭は、早く来いと言わんばかりに炎を階段の先ヘと向けている。途中、何度も滑って転びそうになったけど、それでも何とか体勢を直して駆け下りる。かび臭く淀んだ空気が気持ち悪い。


「うおっ、と、うわ!?」


とうとう俺は転んだ。というのも、急に段差が無くなって平坦な道になったからだ。花村らしい・・・と月森が手を貸してくれる。一言余計だ。と、その途端、ボウッと音がして一面が明るくなった。無数の蝋燭が地面に突き立てられている。全部の蝋燭に火が灯っているわけじゃなくて、幾つか消えているのもある。


『・・・来たのね。』

「!!」

「あれは・・・!」

『失敗だった。見に行くんじゃなかった。』

「あの時のは、ヤエチャンのシャドウだったんクマね!?」


蝋燭の中、マヨナカテレビで見た印が立っていた。白い着物を右前に着て、大きく着崩している。正直、何処に目をやって良いのか分からない。以外と・・・って今はそんな場合じゃないだろ!感情が抜け落ちたかのように、金色の目が無感情に俺達を見据える。
そして、ゆっくりと何処かへ歩き出した。俺たちから見て、左側へ。真横へ来たとき、また蝋燭が一斉に火をつけた。そこには、目隠しをされて手も足も拘束された印が、あのゴツい椅子に座っていた。恐る恐る上のほうを見れば、テレビで見たときよりもでかく見えるギロチン・・・。ぬらぬらと光る刃が不気味だ。


「矢恵っ!」

「印!」

「・・・。」

「何で反応しないクマ・・・?」

「矢恵ちゃんに何かしたの!?」

『・・・してない。もう、起きている。話さないのは、意思。』

「印、何か言え!」

「・・・何か。」


こんな時なのに、いつもの印の返事が返ってきた。すごく、懐かしく思える。声はか細くてやっと聞こえるくらいだったが、生きてるんだ。良かった、間に合ったんだ。
印の影が、じっと俺達を見据える。そしてゆっくり、口を開いた。


『・・・どうして、来たの。』

「印を助ける為だ!」

『どうして?』

「どうして、ってそんなの、友達で、家族だからに決まってるじゃない!」

『家族・・・ねぇ。』

「矢恵・・・?」

『じゃあ、何で忙しい時に除け者にしたの。私だって、皆の役に立ちたかった。後ろに隠れるだけなんて、嫌だった。』

「それは・・・。」

『本当の家族だって、家族なんかじゃない。父さんなんて、声も忘れた。母さんもお金だけ握らせて、それっきり。私の事なんて聞いてくれない。私の好きなものなんて知らないだろうし、それなのに、恋愛ごとだけ首突っ込んで。』

「やめて、それ以上、言わないで・・・!」


印が震えた小さな声で言う。印の影は、くしゃりと、初めて顔を歪ませて白い両手で顔を覆った。肩を縮ませて小さく震える。


『好きで、好きで、好きで仕方ないのに、誰も私を見てくれない。私なんかを好きになった人だって、雪子を見てる。私は、私は雪子の代わりなんかじゃない!それでも、先輩が好き、好きなのに、どうして、どうして!!好き、先輩が好き。』


影は覆っていた顔を上げて、悲痛な表情を浮かべた。


『君が好き。』

「!?」


真っ直ぐ俺を見て言うもんだから、少し驚いてしまった。その『先輩』の話だろ、何ビックリしてんだ。影はまたスゥと感情を消して、ダランと両手を下げた。少し上を、ぼうっとした目で見ている。


『私は、もうどうして良いのか分からない。家族は、家族だけれど家族ではない。好きなのに、報われない。父さんも母さんも、伯母さんも雪子も、あの人も好きなのに。だから、私が居なくなったって、良い。きっと、悲しいのはすぐに忘れてしまう。でも、忘れて欲しくない。』

「言うな、もうそれ以上言うなぁ・・・!」

『どうして。もう、私の心の中を知ってもらうチャンスは、無い。』

「うるさい!」

『・・・。』


影は印に近付いて、左手を伸ばして頬に指を滑らせる。それから顔を近づけて、一気に目隠しを取り外した。・・・何か、見てはいけないものを見ている気がする。


『ずっと死にたかった。でも、誰かに迷惑はかけたくなかった。その時に知ったのが“ここ”。ただ自殺で死ぬより、迷宮入りの事件の被害者として、深く心に残る。悲しみが長く続く。』

「・・・。」

『“お前は私じゃない”と言ってしまわないようにしてる。そうね、言ってしまったら、お友達が傷つくものね。』

「・・・。」

『でも、目は口ほどにモノを言う、って言葉が、今の貴女にピッタリ。私を拒絶するその目・・・ふふ、イイわ・・・!』


影が振り向く。印が、逃げて、と口だけで言ったのが見えた。バーカ、逃げるわけねぇだろ。俺たちは武器を構える。影は口だけでニィと笑う。


『我は影・・・真なる我!あんたら寝かせて、私は私と死ぬ!』


影が形を変えた。顔を黒い包帯で覆い隠し、背中にはコウモリのような羽を生やしたシャドウ。印は気を失って、ぐったり椅子にもたれかかっていた。


「来るぞ!」

『ふふっ・・・。』

「えっ、何で蝋燭消したの・・・!?」

『言わなかった?蝋燭が全て消えたとき・・・。』

「・・・ギロチンが、落ちる・・・?」

「っアギ!」


天城がアギで、再度蝋燭に火をつけた。シャドウは面倒くさそうにため息を吐く。そうか、俺達を全員気絶させなくても、火を全部消して自分も飛び込めば、思惑通りになるのか・・・!


『まあ良いわ。どうせ、後で死ぬんだもの・・・。』

「させるかっつの!ジライヤ!」

「ロウソクの様子はクマに任せるクマ!皆は戦いに集中するクマー!」

「クマさん、危なくなったら言ってね!」


もう誰も、死なせない。


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