03
矢恵が居なくなってしまった。
起きたときはもうお昼近くになっていて、私は急いで準備を整えて仕事に取り掛かった。と言っても、簡単な仕事だけ。お昼休みになっても矢恵は来なくて、流石に晩御飯は食べるだろうと旅館内を探した。しかし、中庭にも倉庫にも自室にも、どこにも居ない。ケータイにも電話を入れたけれど、繋がらない。胸の奥がざわついて、千枝や花村君、月森君にも連絡した。私は待ちきれなくなって旅館を飛び出した。
「あっ、雪子!」
「千枝!」
「矢恵ちゃん、いた?」
「・・・ううん。」
「今、花村とか月森君も探してくれてるみたい・・・。」
「どうしよう、もし、私の時みたいに・・・!」
「雪子・・・。」
「里中ー!天城ー!」
少し遠くのほうから花村君の声がした。自転車の後ろには月森君も乗っているようだ。
「花村!どう?いた?」
「それが・・・。」
「さっき、うちの学校の人に話を聞いたんだ。そしたら、この前の『マヨナカテレビ』に、印のような人影が・・・。」
「・・・!」
「そんな・・・!月森君、それ、本当なの・・・?」
「・・・ただ、ハッキリ印だ、とは言えないらしい。小雨だったから、映りが悪かったんじゃないかって。」
「くっそ・・・!」
花村君が自転車のハンドルを叩く。私は思わずよろけてしまったが、千枝が支えてくれた。その手は震えていた。私と違って、矢恵向こうの世界の知識がある。けど、武器も何も持っていない。ましてや、一人だなんて!
「ほ、ほら!矢恵ちゃんじゃないのかもしれないんでしょ!?もしかしたら、沖奈の方へ行ってるのかも・・・。」
「印が一人でわざわざ遠出なんかするか!?欲しいもんがあったら、ネット使ってんだろ・・・。」
「・・・雨が降りそうだ。一旦家に戻ろう。・・・可能性が0じゃないから、マヨナカテレビのチェックだ。」
「矢恵・・・!」
「映らないならそれでいい。でも、もしも映ったときは、また助ければ良い。」
「月森・・・。そうだな、いつも通り、やればいいんだ。」
「天城、大丈夫だ。まだそうと決まった訳じゃないけど、俺達なら出来る。」
「本当に・・・?」
「ああ。それに、好きな子の危機をみすみす見逃す男じゃないよ、俺は。」
ニコリと笑った彼を見ると、とても心強くなるから不思議だ。本気なのか分からない言葉も混ざっていたけれど、私は少しだけ安心する事ができた。うん、大丈夫。私だって助けてくれたんだから。それに今は、コノハナサクヤだっている。
「ありがとう。私も、頑張る。」
「・・・・・・。」
家に帰ってからずっと、0時になるまで俺はテレビの前に居た。カーテンが閉められた窓ガラスに、雨の打ち付ける音がする。その音をぼーっと耳に入れながら、俺は考え事をしていた。
『好きな子の危機をみすみす見逃す男じゃないよ、俺は。』
月森のあの言葉が、ずっと頭を巡っている。学校でも多々こういう台詞を聞いたけど、何か、さっきのは妙に頭に残っている。いつもは、からかい半分なんだろうと思って聞いていた。印の反応もあんなのだし。けど、印が居ないのにあんな台詞を、マジな顔をして言うという事は・・・。
「(月森は、本気で、印の事が好きなのか。)」
相棒として応援してやるべきなんだろうけど、そう思う度に胸の奥がモヤモヤする子供が玩具を取られた時のような、母親が下の子ばかりを構っているのを見た時のような。
「・・・ガキか、俺は。」
呟いたところで、分針が動く音を聞いた。それと同時に、テレビから不協和音が響いてくる。ドクンドクンと不安に打ち付ける心臓。なぁ、映ってないよな?一人で向こうへ入ってないよな?
『・・・・・・。』
「!!」
俺の願いは一蹴され、テレビには鮮明に印が映った。いつか見た無表情と、向こうに移る暗い部屋とは真反対の真っ白な着物と肌。胸元が開きすぎて分からないが、多分、死んだ人の着方だ。何も言わない印は、暗い部屋で無数の蝋燭の火に照らされ、虚ろにこっちを見ている。やがて、ゆっくりと口が開いた。
『・・・これから、人が死ぬ瞬間を、御見せします。』
「・・・は、」
『見えますか。拷問椅子です。針はありませんが・・・上には、ギロチンがあります。』
「何、言って・・・冗談、だろ?」
印がテレビの中心から身体を動かすと、確かに後ろには椅子があった。ただの椅子じゃない。妙にゴツくて、腕や脚、胴体の辺りには太い皮ベルトのようなものがついている。そして、その椅子の真上には、デカすぎるギロチンが蝋燭の灯りを不気味に反射していた。
『目隠しをし、手足を縛りつけ、そして蝋燭の火が全て消えた頃・・・ギロチンは落ちるでしょう。』
「・・・・・・。」
『理不尽な世の中に、さよならを。』
ザザッ、と画面が揺れて、何も見えなくなった。その場に座り込む。俺がこんなにショックを受けているんだ。天城は大丈夫だろうか。今頃、里中が電話をしているだろう。俺も、月森に電話・・・。
不意に、アホみたいに笑っている印を思い出した。それと一緒に、小西先輩も。早く、助けてやらないと。そうだ、これは俺たちにしか出来ない。二の舞だけは勘弁だ。
しっかりしろ、と震える手を無理やり動かし、ケータイを耳に当てた。
20090524*20101227修正
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