02


その日の夜、ネットショッピングでCDや本を大人買いし、今度は自室で一人で眠った。そして、懐かしい夢を見た。夢だと分かる夢だった。


『先輩。』


少し幼い、中学校の時の制服を着た私が頬を染めて、ぎゅうとスカートを握って立っている。その視線の先には、私のかつての想い人がそこに居た。私はその二人の間に居た。


『好きです・・・っ!』


私が想いを告げたのは、とても寒い冬の日だったはずだ。しかし、今夢の中では、柔らかな日差しと桜の花が舞い散っている。記憶の美化、かぁ。実感すると、何だか恥ずかしい気持ちになる。


『やっぱり、天城雪子とは違うんだな。』


場所が一変した。教室にしてはコンクリートに囲まれていて、しかし廃屋というには綺麗で、机も並べられている。そう、私は一瞬だったが、先輩と恋人同士になれた。が、一度のデートでそう言われてしまったのだ。あの頃の私は泣いている。実際は泣いていない。泣く暇も無く、先輩は帰ってしまったのだ。
泣きたかった。でも、外で泣くのはみっともないと思って、我慢した。好きだった。今までに無いくらい、とてつもなく大きな何かが胸を占めて、爆発しそうだった。好きなんだ。相手が雪子を想っていても、私は先輩が好き。未だに夢を見てしまうくらい、好き。


『じゃあ。』


先輩が去っていく。見覚えの無い一本道だ。その先輩の隣には、年上の女の人が。腕を組んで楽しそうに笑いながら一緒に歩いている。結局先輩は年上の女性と付き合っていたのだ。これを知った時だ。私が自室に篭城したのは。とうとう私が泣いた。私が蹲った。私も蹲りたかった。しかし、立って欲しかった。前を見て欲しかった。

代わりに私が道の先を見る。先なのか、後なのかは分からない。が、私は先だと思うことにした。そこには、花村が立っていた。私を見ていない。花村はずっと空を見上げている。そして私の後ろには、月森君がいた。少し寂しげな顔をしている。
そしていつの間にか、私は蹲っていた私の位置に立っていた。花村の背中が近いようで遠く見える。月森君は分からない。近いのか遠いのか、感じられない。身体が動かないのだ。顔も、指先さえも。
微動だにせず、花村はひたすら空を見上げている。どこからか、白い手が空から伸びてきた。花村が手を伸ばす。


『いかないで!』


身体が動いた。行かないで、行っちゃ嫌だよ。駆け寄ろうと思ったのに、今度は腕を引っ張られた。引っ張られるようにして振り向く。


『放して、月森君。』


月森君は放さない。


『放して、行かなきゃ。』


月森君は言った。


『何処へ?』


「っ!」


目を覚ました。ちちち、と雀が鳴いている。時計を見れば、もう10時を回っていて私は飛び起きた。
さっき見た夢を思い出そうとするが、もうすでに記憶は曖昧で、月森君が居た事くらいしか・・・。ああ、先輩も出てきたっけ。まだ夢に見るなんて、どんだけ引きずってんだ。いや、あれは母さんが悪い。あんな事言うから。
私の作業着である甚平を着て、朝ごはんを食べるべく部屋を出る。当然、誰も居ない。私は適当にご飯を盛り、ふりかけをかけて食べる。やっぱりのりたま最高。それから顔を洗い髪の毛を整えながら、今日は何をしようか頭を巡らせる。中の掃除でもしようか。


「矢恵ちゃん、おはよう。」

「あ、女将。おはようございます。」

「今日は何をするの?」

「中の掃除でもしようかなって。あ、もしかして他にやって欲しい事とかあったり?」

「ううん、ただね、まだ雪子が起きてきてないの。眠ってるだけだから、起こさないように注意してね。」

「へぇ、雪子が。珍しい。」

「そうね。いつもは矢恵ちゃんが一番最後だから。」

「・・・寝る子は育つ!」

「はいはい。じゃあ、お掃除よろしくね!」

「はーい。」


まずは玄関からやろう。私は箒とちりとり、それから雑巾とバケツも持って玄関へと向かった。雑巾は、勿論窓を拭いたり棚を拭いたりするが、玄関の床も拭く。そうするとピカピカになて気持ちが良いのだ。


「んー、こんなもんかー!腹減ったー!!」


もうすぐお昼か、という時に玄関の掃除を終えた。従業員さんは、お昼の準備に取り掛かっているため見かけない。お客さんもまた然り。という事で、玄関先に座ってちょっと休憩。バケツの中の汚れた水が、よくやったと私を褒めている気がする。ありがとう。
そんな折、玄関の戸がガラガラと開いた。若干俯かせていた頭を上げ急いで立ち上がる。いらっしゃいませ、の『い』の形を口で作った所で止まった。人が・・・いない。確かに戸は開いているのだけど、人が立っていないのだ。何それ怖い。
私は更に戸を開けて外へ出た。左を見て、右を、


「!!!」


感じたのは、薬のような、妙に鼻を突く臭い。


ぱちり。目が素直に開き、すぐさま覚醒された脳みそは何とも言えない空間を映し出した。暗く、かび臭い。唯一の灯りは、幾つか灯されている、恐らく蝋燭だろうと思われる炎だけだった恐らく、というのは、その灯りが黒っぽい霧のようなものでボヤボヤとしているからだ。ここは何処だ?立ち上がり、ぐるりと見渡してみる。蝋燭が不規則に並んで、なんだか気持ち悪い。


『起きた。』

「!?」


突然、後ろから声がしてバッと振り返る。そして少しよろけた。暗がりから、私に声をかけた人物が歩み寄ってくる。どんな原理か分からないが、蝋燭が一斉に火を灯した。オレンジ色の光りが、その姿を明確にさせる。言葉を、失った。


「わ・・・たし・・・?」

『・・・。』


見た目はまさに私。だが、瞳は金色だ。ゴクリと生唾を飲み込む。冷や汗がぶわっと吹き出る。ああそうか、今度は私の番だったのか・・・!


「シャドウ・・・!」


その影の私は、左前の真っ白な着物を着ている。着方はだらしなく、胸元が大きく開き肘辺りまで落ちている。これは見るに耐えない。私の顔をしてなんて格好をしているんだ。ちゃんと着なさい。右前だなんて縁起でもない。
深呼吸をして、少し落ち着く。ここがテレビの向こう側という事なら、クマちゃんが異変を察知してくれているはずだ。大丈夫、皆が来てくれるよ、大丈夫。そう思うことで、少し自分にも余裕が出来てきた。


「『我は影、真なる我』・・・だっけ?シャドウさん。」

『・・・そう。お前はシャドウを知っている。けれど、お前は私を知らない。』

「何の話?私は私を知り尽くしてるよ。」

『嘘。』


蝋燭の火が消える。真っ暗になった、と思ったら後ろから衝撃。痛い、頭が、グラグラする・・・!その中で、シャドウの声だけが届いた。


『お前は、死に場所を求めていた。私は私に殺されるのを望んでいた。』

「な・・・にを・・・!」

『まだ準備が整っていない。眠っていて。』

「・・・っ・・・。」


死にたいなんて、うそ、だ。


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