何処へ行くの?


ね・・・む・・・。


「ばいばーい。」

「じゃーねー!」


今日も学校が無事に終わった。雪子の体調はまだ完全ではないらしく、今日は休んでいる。私も休みたかった・・・が、それをすでに見越していた花村により、私は学校へ強制連行されたのである。


「印、帰るぞー。」

「んー、分かったー。」

「あっ、印さん!」


席を立ったその時、さっき教室を出て行ったクラスメイトが戻ってきて私を呼んだ。わざわざ走ってきたらしく、息を切らせている。あの子は走るのが得意ではなかったはずだ。


「どったの?」

「あのね、正門に、お母さん、がっ!」

「は?」

「『矢恵ちゃんのお母さんなんですけど』って、皆に聞いて、回ってて・・・。」

「・・・わあ。ありがとう、ごめんね、走らせちゃって。」

「ううん、大丈夫!良いダイエットになったよ。」

「ありゃ、お礼に飴あげようと思ったのに・・・残念。」

「ください!」

「ぶはっ、はい、苺味・・・ぷふーっ!」


手に二つ飴を乗せてあげると、その子はとても良い笑顔で去っていった。ダイエットはどうした!


「何なに?矢恵ちゃんのお母さん、来てるの?」

「あ、千枝ちゃん。」

「こんな時間に会いに来るのか。」

「うーん、まあ会いに来る時間はバラバラだよ。」

「私も会いに行って良い?どんな人か気になる!」

「俺も行って良いか?」

「月森君があらわれた!つーか後ろから急に来ないでよ!」

「あ、じゃあ俺も行く!確か看護師なんだよな。親父さんは会いにこねーの?」

「あー、うん。父さん、一応凄腕の医師らしいから、もっと忙しいんだよ。」

「医者と看護師の娘だったの!?すっげー!」

「印のナース服・・・。」

「え、ごめん月森君。何て言ったか聞こえなかった。」

「俺とお医者さんごっ「さー!行こう!母さん待ってるし!!」


カバンを持って少し早足で校舎を出る。
前に会ったのは、中学校卒業か高校の入学式か、もう覚えてないくらい前だ。だから今、ちょっとドキドキしているこのドキドキは久しぶりに会えるのが楽しみなのか、それとも久しぶりだから緊張しているのか、はたまたどっちもなのか私には分からない。親に会うのに緊張するというのもヘンな話だなぁ、なんてちょっと笑いながら、私は玄関を出ると小走りになる。

キョロキョロ辺りを見回すと、大きな紙袋を提げ私服を着た女の人の背中が見える。物珍しそうに、帰る人たちは振り返る。母さん!思いのほか大きな声が出てしまって、すぐに手で口を押さえる。母さんが振り向く。前見たときよりも髪の毛が短くなっているのに気付いた。そしてちょっと痩せたかもしれない。


「矢恵!」

「わっ、ちょ、母さん・・・。」

「元気そうで良かった・・・!あら、またおっぱいおっきくなったんじゃない?」

「母さん!」


ふふふ、と笑って私に抱きついていた母さんが離れる。話したい事は沢山あるのに、言葉がせめぎあって口から出てこない。ただただニヤニヤと口角があがるばかりだ。


「後ろの子たちは、お友達?」

「初めましてお義母さん。矢恵さんと仲良くさせて頂いてる月森孝介と申します。」

「あらまあ・・・。」

「おい『おかあさん』の意味合いがちょっと違う気がしたんだけど?そんで、ややこしい言い方止めてくれる?」

「矢恵、あなたやっと片思い体質から脱出したのね・・・!」

「ちがっ!だからそんなんじゃないって!とーもーだーちー!」

「あのっ!えっと、初めまして!私、里中千枝です!わ、何か緊張する・・・!何、そっちの家系って美人ばっかりなの!?」

「やーねぇ、こんなおばちゃんにー。で、そちらの男の子は?」

「えっ、俺!?」

「花村以外誰がいるのよ。」

「え、と、花村陽介、です。印の送り迎え役です。」

「ちょっ、パシってるみたいな言い方!」

「矢恵、あなたの目つきは良くないから、あれ程気をつけなさいって言ったのに・・・。」

「脅したわけじゃないよ!花村もまた誤解するような言い方・・・!」

「俺は、俺はイヤだって言ったんです・・・!」

「花村ぁああ!!」

「私も止めたんですけど・・・。」

「千枝ちゃんまでノってきた!」

「俺はいつでも矢恵の味方だ。」

「そしてちゃっかり名前呼び・・・だと!?」


私たちのやり取りを見て、クスクス笑う様子は、どこか女将を思い出させた。やっぱり姉妹なんだなぁ。


「母さんは、仕事はどう?順調?」

「ええ、母さんこれでも上の方で頑張ってるんだから!お父さんもね、ここ最近忙しいけど、頑張ってるわ。」

「そっか。元気そうで良かった。」

「でも最近、お父さんとにゃんにゃん出来ないから、寂しくて寂しくて・・・!」

「それは娘の前で言う事かな?」

「ふふっ、ごめんなさい。矢恵も、早く彼氏作ってめいっぱいにゃんにゃんしなさいね!」

「はい!」

「月森君が返事する所じゃないよ!?」

「あなたまだ、引きずってるんでしょう?」

「それは、・・・。」

「あなたぐらいの歳なら、恋してなんぼよ?近くに素敵な男の子が二人もいるんだから、頑張りなさい!」

「頑張るも何も・・・!」

「えっ、俺も入ってんの!?」

「頑張ろうな、印。」

「そろそろ暴走を止めようか。」

「ああ、お母さんもう行かなくちゃ。はい、これ。沖奈で矢恵に似合いそうな服とか靴、買ってきたから。」

「え、あ、こんなに!?」

「お小遣いも入れてあるから、じゃあまたね!」

「ちょっ・・・!」


母さんは、やってきたタクシーに乗って行ってしまった。残されたのは、さっきまで母さんが持っていた大きな紙袋だけ。なんだか、あっけない再会だった。紙袋を開けて、中を見てみる。私の好きな感じの服が沢山入っていた。ミュールやヘアアクセまである。


「うっわ、すご!これ全部、駅の近くにあるブランドもんじゃん!」

「うん、そーだね。」

「ん?何か封筒入ってんぞ?」

「お義父さんからの手紙か?」

「もうあえてスルーでいくからね、月森君。」


手紙だなんて、そんなロマンチックなものではない事は分かっている。が、私は少しの期待を持って封筒を開ける。中には、紙幣が入っていた。全部ピン札、一万円札。余裕で扇の形が出来てしまうほど入っていた。


「・・・・・・。」

「えーっと、お小遣い・・・?」

「いや、小遣いの規模にしてはデカすぎないか・・・?」

「・・・印?」

「・・・帰ろうか。」


私は黙って、そして乱暴にその封筒を紙袋に投げ入れる。そうだ、会うたび会うたび大金を握らせて帰っていく。それがうちの母親、両親だった。物とお金さえ渡しておけば、親子の絆が繋げるとでも思っているのだろうか。そう思っていないとしても、私は寂しく思う。腹いせ、という訳ではないが、今夜辺りネットショッピングで大枚はたいてやろう。ちょっとした嫌がらせ。反抗。しかし、両親が知りえる事は無い。

私は少し、自嘲気味に笑って俯いた。


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