03


「雪子・・・大丈夫?ホントにケガとか無い?」

「うん・・・ちょっと、疲れただけ・・・。」


フードコートに戻ってきた。空は曇っている。何だか、凄く長かった気がする。神経をすり減らしたというか、ああ、安心したら眠たくなってきた。


「何か思い出したことはあるか?」

「うん・・・何も思い出せなくて・・・。・・・ごめんね。」

「いいって、いいって!雪子無事だったんだから、十分だって。」

「そうだよ。」

「けど、天城が今までの二人と同じ手口で、その・・・殺されかけたってのは、間違いないよな。それと、マヨナカテレビに映ってたのは、本当の天城じゃなく“もう一人”の方だった気がする。」

「雪子が現実で押え付けてたことが、アッチの世界で現実になった・・・ってこと?」

「!、そういえば、クマくんもそんな事言ってたけど・・・。」

「あーダメだ。ますます分っかんね。犯人って、一体どんなヤツなんだ?」

「・・・今日はもう、この辺にしよう。天城がキツそうだ。」

「うん、難しい話はまた今度にしよ?雪子、早く休ませた方がいいし・・・。」

「あ、そうだよな・・・悪い。天城の疲れ、ハンパじゃないもんな。」

「じゃ、先に行って布団でも敷いて来ようかな。あ、皆になんて言おう・・・。」

「家出、で良いんじゃない?詳しいことはまた考えるとして・・・。」


私は一足先にジュネスを出て、旅館へ戻る。とりあえず誰にも言わずに、雪子の部屋へ入った。布団を敷く。少しすると、千枝ちゃんと雪子が来たようだ。玄関に従業員さんが集まって、良かった良かったと次々に口を開く。お客さんも混ざっていた。
輪の中心へ入れば、最近伏せがちになっていた女将さんがしっかりと雪子を抱きしめていた。雪子はくしゃりと顔を歪ませて、ぽろぽろと涙を零す。千枝ちゃんもつられて頬を濡らしていた。


「女将さん、雪子を休ませないと。良いよね?今日ぐらい休んだって。」

「ええ、そうね。元気になるまで、お手伝いはお休みね。」

「千枝ちゃんはどうする?泊まってく?」

「ううん、あたしは帰るよ。あんまり邪魔してもアレだし。」

「そう?今日はお疲れ、また明日ね。」

「千枝・・・ありがとう。」

「・・・うん!早く元気になってね!無理しないでね!」


千枝ちゃんが帰った後、雪子たっての希望で私も一緒にお風呂に入ることになった。そして、小学校振りに一緒の布団で寝ることになったのである。二人とも身体が大きくなったので、少々狭い。


「小学校の時は、二人でも余裕だったのにね。」

「うん、そうだねぇ。」

「でも、矢恵はいっつも布団から出ちゃってた。」

「あの頃は寝相の酷さがピークだったよ。」

「時々危ないとき、あるよ?」

「え、マジで?」

「そうだ、明日、刑事さんに聞かれたら、何て言おう・・・。」

「うーん・・・。」

「・・・。」

「正直に言えば?」

「えっ。」

「テレビでの出来事は抜きにして、どうやって、どの道を行ったのか、とかさ。」

「でも、覚えてない。」

「覚えてない事を言えば良いのよ。あんな出来事言いようが無いし、それに『覚えてない』っていうのは嘘じゃないし。」

「・・・そうだね、ヘタに嘘を吐くより、良いかも。」

「でしょう?」

「・・・ふふっ。」

「何。」

「ううん、あったかいなって・・・。」

「・・・うん、あったかいねぇ。」

「ねぇ、矢恵。」

「ん?」

「その・・・、軽蔑、した?逃げたい、なんて・・・。」

「・・・雪子は、何で私の事、分かっちゃうんだろうねぇ・・・。」

「え?」

「私、雪子が『逃げたい』なんて言ったら、本気で計画立ててたかも。」

「・・・それって、どういう・・・?」

「軽蔑なんてしてないよ。誰がするもんか!私が何年、雪子と一緒にいると思ってるの。」

「・・・矢恵、」

「あったかいねぇ。」

「・・・うん、あったかい。」


二人で向かい合って、にっこりと笑う。そうしているうちに雪子は、穏やかな寝息をたてはじめた。私はこっそり、雪子の手を握って、再度実感する。雪子が帰ってきたそして、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、ごめん、と呟く。私は臆病だ。こんな時しか、謝れない。


「ごめん。」


それでも私はもう一度、今度は少し声を大きくした。一方的に握った手を握り返されて、ちょっと驚いた。
ゆるゆると私の意識はまどろんで、とうとう眠りに落ちる。
雨・・・小雨には気付かなかった。この日、テレビにはぼんやり、本当にぼんやり、誰かが映った事を、私たちは知らなかった。
20090513*20101227

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