02


「おろっ?この気配は・・・。あの子クマ!」


クマがそう叫んだのは、一段と大きく豪華な扉の前に来た時だった。私は鎌を力強く握って、深呼吸をする。ドッドッ、と私の心臓も力強く動いていた。雪子、今、助けてあげるから。月森君が目配せをして、扉をゆっくりと開ける。


「雪子!!」

「!、やっぱり、雪子が二人!」


王様が居るような高い台の上に、ピンク色のドレスを着た雪子。そして階段の下には、桃色の着物を着ている雪子が座り込んでいた。私たちが呼んでも、振り向こうとしない。


『あら?あららららら〜ぁ?やっだもう!王子様が、三人も!もしかしてぇ、途中で来たサプライズゲストの三人さん?いや〜ん、ちゃんと見とけば良かったぁ!矢恵の王子様も、この中にいるのかしら?』

「矢恵の、王子様ぁ?」

「俺の事か。」

「最高級のボケをありがとう、月森君。」

「矢恵ちゃん、どういうこと?」

「・・・分かんない。」


影は楽しそうに笑って、ちょっと前へ出てきた。


『つーかぁ、雪子ねぇ、どっか、行っちゃいたいんだぁ。どっか、誰も知らない遠くぅ。王子様なら、連れてってくれるでしょぉ?ねぇ、早くぅ。』

「むっほ?これが噂の“逆ナン”クマ!?」

「三人の王子って・・・まさかあたしも入ってるワケ・・・?」

「三人目は、クマでしょーが!」

「それは無いな・・・。」

「そうね、ちょっと・・・。」

『千枝・・・ふふ、そうよ。アタシの王子様・・・。』

「「「!」」」

『いつだってアタシをリードしてくれる・・・千枝は強い、王子様・・・。・・・王子様“だった”。』

「だった・・・?」

『結局、千枝じゃダメなのよ!千枝じゃアタシを、ここから連れ出せない!救ってくれない!矢恵だって、一緒に逃げてくれない!あの子は私が守ってあげなくちゃ!でも、でもそれじゃあアタシが出て行けない!自由になれない!』

「雪子・・・。」

「・・・。」

「や、やめて・・・。」

「雪子、」


雪子がフラフラと立ち上がった。私は近寄って、その身体を支える。けど、やんわりと払われてしまった。私はズク、と痛んだ胸を無視して、ゴメンと一言謝る。そして、一歩遠ざかった。


『老舗旅館?女将修行!?そんなウザい束縛・・・まっぴらなのよ!たまたまここに生まれただけ!なのに、生き方・・・死ぬまで全部決められてる!あーやだ、イヤだ、嫌ぁーっ!!』

「そんなこと、ない・・・。」

『どっか、遠くへ行きたいの・・・ここじゃない、どこかへ・・・。誰かに、連れ出して欲しいの・・・一人じゃ、出て行けない・・・。一人じゃ、アタシには何も無いから・・・。』

「やめて・・・もう、やめて・・・。」

『希望も無い、出て行く勇気も無い・・・うふふ・・・だからアタシ、待ってるの!ただじーっと、いつか王子様がアタシに気付いてくれるのを待ってるの!どこでもいい!どこでもいいの!ここじゃないなら、どこでも!老舗の伝統?町の誇り?んなもん、クソ食らえだわッ!』

「なんてこと・・・。」

『それがホンネ。そうよね・・・もう一人の“アタシ”!』

「ち、ちが・・・。」

「雪子、言わないで!」

「違う!あなたなんか・・・私じゃない!」


途端、影から黒い靄が出て、ドレスのスカートをフワフワと浮かせる。

ごめん、雪子。気付いてあげられなくて。そうだ、私はいっつも、雪子に気付いてもらうばかりで、雪子の事は何も・・・。ごめんね、ごめん。私は何も、知らなかった。知ろうとしなかった。


『いいわぁ、力がみなぎってくる!そんなにしたら、アタシ・・・。うふ・・・あは、あはははははは!!』

「ああっ!!」

「っわ!」

「雪子!!」


大きな蝋燭のついた、これまた大きなシャンデリアの上に鳥籠が付いていて、その中に大きな赤い鳥が。その鳥籠から勢い良く出てくると、真っ赤な羽が落ちてくる。雪子は、丁度その下で倒れてしまったため、移動させる事が出来ない。


「アレ止めないと、あの子が危ないクマ!」

「分かってる!!」

「雪子、もういいよ・・・待ってて!!今、助けてあげる!!」

『我は影・・・真なる我・・・。さあ王子様・・・楽しくダンスを踊りましょう?ンフフフフ・・・。』

「雪子、今度は私の番だよ。私が、受け止めてあげる番。」

『あら、矢恵が?嬉しい。じゃ私も、ガッツリ本気でぶつかってあげる!!』

「ん、おいで。」


償い、というわけではないけど、私はしっかりダメージを食らった。途中参戦した変な王子っぽいシャドウの攻撃で、シャドウがいつもより怖く思えたけど、逃げる事はしなかった。最終的には『クズ男』とも言われたが、とうとう鳥籠は地面に叩きつけられ、大破したのである。


「う・・・。」

「雪子!」


立ち上がろうとする雪子の手をとろうとして、止めた。そして、一歩遠ざかる。変わりに千枝ちゃんが近付き、雪子に話しかけていた。しかし、雪子はその向こうの影を見ている。


「雪子、ケガは・・・!?」

「私、あんなこと・・・。」

「わかってる。天城、お前だけじゃないんだ。」

「誰にだって、人には見せらんねー、自分でも見たくねーモンはあるんだ・・・。」

「雪子・・・ごめんね。あたし・・・自分の事ばっかで、雪子の悩み、全然、分かってなかったね・・・。あたし、友達なのに・・・ごめんね・・・。」

「千枝・・・。」


そんなの、私だって一緒、というか、私こそ謝罪を声にしなければいけないのに、何で、千枝ちゃんが謝ってるんだろう。泣いているんだろう。何で、私の喉が引き攣ってるんだろう。声が出ない。謝りたいのに、ちゃんと顔を見て、謝りたいのに・・・!
代わりに、私の足はまた一歩、雪子から遠ざかった。唇をかみ締める。


「あたし、ずっと、雪子がうらやましかった・・・。雪子は何でも持ってて・・・あたしは何も無い・・・そう思って、ずっと不安で・・・心細くて・・・!
だから雪子に、頼られていたかったの・・・ホントは、あたしの方が雪子に頼ってたのに。あたし、一人じゃ全然ダメ・・・。花村たちにも、いっぱい迷惑かけちゃったし・・・。雪子いないと・・・あたし、全然、分かんないよ・・・。」

「千枝・・・。私も、千枝の事、見えてなかった・・・。自分が逃げる事ばっかりで。」


雪子が影の方を見る。そして、歩き出した。


「逃げたい・・・誰かに救って欲しい・・・。そうね・・・確かに、私の気持ち。あなたは、私だね・・・。」


影が深く頷いて、眩しい光になった。そして、ピンク色が綺麗なペルソナが、カードとなって雪子へ落ちていく。そして、力が抜けたように、雪子はその場に膝をついた。皆がかけよる。私は、ちょっと離れたところから、まるで劇でも見るかのよう気持ちで目で追いかけた。


「雪子!!」

「大丈夫か?」

「うん、少し、疲れたみたい・・・。みんな・・・助けに来てくれたのね・・・。」

「当たり前じゃん!ね、矢恵ちゃ・・・何でそんな遠くにいるの?」

「え?・・・や、特に意味は・・・。あー、うん、無事で良かった・・・。」

「ありがと・・・。」

「いいよ、そんなの・・・。無事でよかった・・・ホントに・・・。」

「ああ、そうだな。」

「んで、キミをココに放り込んだのは誰クマ?」

「「「!」」」

「え・・・あなた、誰・・・?て言うか・・・何?」

「クマはクマクマ。で、放り込んだのは誰クマか?」

「分からない・・・。・・・誰かに、呼ばれた・・・ような気がする、けど・・・。記憶がぼんやりしてて、誰か分からないの・・・ごめんね、えっと・・・クマさん。」

「分からないクマか・・・。」

「誰かに呼ばれた、って、やっぱり“誰か”が居るのね。」

「ウムゥ・・・ちゅうことは、やっぱヨースケたちの仕業じゃ無さそうクマね・・・。」

「納得したか?」

「ク、クマは最初から信じてたクマ!」

「クマちゃん、ウソはいけないと思うよ。」

「とにかく、早く外に出よ?雪子、ツラそうだし・・・。じゃ、ありがとね、クマくん。」

「え、ちょ、クマを置いてくつもり?」

「置いてく?何言ってんだ。お前、こっちに住んでんだろ。」

「それは・・・そうクマ・・・でも・・・。」

「ごめんね、クマさん。また今度、改めてお礼に来るから・・・。それまで、いい子で待っててね。」

「ク、クマ〜ン!」


優しい声で雪子がそう言うと、クマちゃんはデレデレとしはじめた。可愛い、雪子、もっとやってくれ。


「つーかぁ、クマねぇ、どっか、行っちゃいたいんだぁ。ねぇ、早くぅ。」

「クマちゃん、私、怒ると容赦しないのよ?知らなかったでしょ。」

「く、クマー!」

「ふふ、矢恵、行こう?」


雪子の、少し冷たい手が私の手をとる。私はビクッとしてしまったが、急いでその手を握った。そこでやっと、雪子は無事だった、と実感する事が出来て、じわ、と涙が出てきたのである。それを零さないように、私はもう少し、手に力を込めた。


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