04


お城の中は、市松模様の床に赤い絨毯が敷かれ、天井はとても高い。まさにお城、といったような雰囲気だ。


「まだそんなに遠くには行ってないクマ。」

「あいつ、一人で先走りやがって・・・。」

「行こ!防具があるとはいえ、やっぱ攻撃されたら痛いし。」

「あ、ちょい待った!センセイたちが来てからシャドウが凶暴になってきてるクマ。きっと、センセイたちを見つけると近付いて襲ってくるクマ。」

「うげぇ、マジかよ・・・!怖い!」

「シャドウから攻撃を受ける前にこちらから仕掛けるクマ!」

「印は後ろから着いてきてくれ。無理はしなくて良いから。」

「了解。」


千枝ちゃーん!と呼びながら先を行くも、一向に千枝ちゃんの姿は見えてこない。流石、運動神経に自身があると言っただけの事はある。向かってくるシャドウを倒し、時には不意打ちされながら扉を開けていく。なんでこんなにも扉が多いんだ。たまに行き止まりだってある。


「あ、みっけ!」


ある扉の前まで来ると、クマちゃんがそう言った。この扉の向こうにいるらしい。もう二階まで来ちゃってたなんて・・・早いなぁ。扉を開けると、クマちゃんの言うとおり千枝ちゃんがそこに居た。


「無事か、里中!」

「良かった、無事みたいで・・・。」

「里中・・・?」


話しかけても、私たちに背を向けたままピクリとも動こうとしない。不思議に思った私たちは、顔を見合わせる。と、その時、頭に直接響くような、この部屋全体から聞こえてくるような。そんな感じで雪子の声が聞こえてきた。


『赤が似合うねって・・・。』

「雪子!?どこにいるの!?」

『私、雪子って名前が嫌いだった・・・。雪なんて、冷たくて、すぐ溶けちゃう・・・はかなくて、意味の無いもの・・・。でも私にはピッタリよね・・・旅館の跡継ぎって以外に価値の無い私には。・・・だけど、千枝だけが言ってくれた。雪子には赤が似合うねって。』

「これ・・・天城の、心の声か?確か、小西先輩の時も聞こえた・・・。」

「そして多分、この場所は、ユキコって人の影響で、こんな風になったクマ。」

「雪子・・・。」


千枝ちゃんの呟いた声が、微かに耳に届く。
ある日を境に、雪子は赤色の服を着る事が多くなった。赤いカチューシャを付けるようになった。ああ、千枝ちゃんの言葉だったんだ。雪子には、凄く嬉しい言葉だったんだ。


『千枝だけが・・・私に意味をくれた・・・。千枝には、明るくて強くて、何でも出来て・・・。私に無いものを全部持ってる・・・。矢恵だって、少し生まれた所が違うだけで、あんなにも自由・・・。友達も多くて、毎日楽しそう。私なんて・・・私なんて、千枝と矢恵に比べたら・・・。』

「・・・。」

『千枝は・・・私を守ってくれる・・・何の価値も無い私を・・・。私・・・そんな資格なんて無いのに・・・。優しい千枝・・・。矢恵は・・・だめ。あの子、内面が弱いから、頼っちゃいけない・・・。』

「雪子、あ、あたし・・・。」


その時だ。雪子じゃない、また別の声が聞こえてきた。


『優しい千枝・・・だってさ。笑える。』

「あ・・・ああっ!」

「!、あれは・・・!」


千枝ちゃんの前から、黒い影が出てきて、そして千枝ちゃんと同じ姿になる。姿は千枝ちゃんそのものだけれど、やっぱり一箇所違うところがあった。瞳の色が、金色だ・・・!


「あれってまさか・・・!?」

「ヨースケと同じクマ!抑圧された内面・・・それが制御を失って、シャドウが出たクマ!」

『雪子が、あの雪子が!?矢恵ちゃんじゃなくて、あたしに守られてるって!?自分には何の価値も無いってさ!ふ、ふふ、うふふ・・・そうでなくっちゃねぇ?』

「アンタ、な、何言ってんの?」

『雪子ってば美人で、色白で、女らしくて・・・。男子なんかいっつもチヤホヤしてる。その雪子が、時々あたしを卑屈な目で見てくる・・・それが、たまんなく嬉しかった。そうよ、雪子なんて、本当はあたしが居なきゃ何にも出来ない・・・。
あたしの方が・・・あたしの方が・・・あたしの方が!ずっと上じゃない!!』

「違う!あ、あたし、そんなこと!」


千枝ちゃんと、千枝ちゃんの影が言い合っている。どうすれば良い。変身する前に片を付けたほうが良いのだろうか。変なことして、千枝ちゃん自身に何かあっても困る。


「ち、千枝ちゃんを守らなきゃ!」

「そうだな。」


私たちは武器を握りなおして千枝ちゃんに近付く。と、千枝ちゃんが振り向いた。焦った顔をしている。


「や・・・やだ、来ないで!見ないでぇ!!」

「里中、落ち着け!」

「千枝ちゃん、こっち来て、早く!」

「違う・・・違う、こんなのあたしじゃない!」

「千枝ちゃん!」

「バ、バカ!それ以上、言うな!」


影が笑い出す。


『ふふ・・・そうだよねぇ。一人じゃ何にも出来ないのは、本当はあたし・・・。人としても、女としても、本当は勝ててない、どうしようもない、あたし・・・。でもあたしは、あの雪子に頼られてるの・・・。ふふ、だから雪子はトモダチ・・・手放せない・・・雪子が大事・・・。』

「そんなっ・・・あたしは、ちゃんと、雪子を・・・。」

『うふふ・・・今までどおり、見ないフリであたしを抑えつけるんだ?けど、ここでは違うよ。いずれ“その時”が来たら、残るのは・・・あたし。いいよね?あたしも、アンタなんだから!』

「黙れ!!アンタなんか・・・。」

「だめだ、里中!!」

「アンタなんか、あたしじゃない!!」


ズウ、と影の周りに赤黒い靄が広がる。そしてそれは、一瞬のうちにして別の形になった。人の上に人が重なり、その一番上には黄色の覆面をし鞭を持った女性。その長すぎる髪の毛は、先を尖らせてうねうねと動いている。その衝撃で、千枝ちゃんがその場に尻餅を着いた。


「千枝ちゃん!!」

「く、来るクマ!三人の力で、チエチャンを救うクマよ!」

「おうともよ!」

『我は影・・・真なる我・・・。なにアンタら?ホンモノさんを庇い立てする気?だったら、痛い目見てもらっちゃうよ!』

「うるせえ!大人しくしやがれ!」

「印、里中を移動させておいてくれ。」

「あいよっ。」


気を失った千枝ちゃんを、少し離れたところに移動させる。あの髪の毛が伸びた時に、すぐに対応出来るようにするためだ。私が戦闘に参加すると、まず月森君がペルソナを出して、何やら私に魔法?を使った。防御力が上がったらしい。
攻撃だけじゃないんだー、と思いながら鎌で攻撃を仕掛ける。やっぱり、ちょっとしかダメージが与えられない。花村がガルという技をやると影は地面に膝をつける。といっても、持ち上げる三人のうちの一番下の子の膝だが。その時の一斉攻撃は、跳ね返されたりもしたが、快感だった。フルボッコ・・・!


『跪きなさい!』

「いだっ!」

「印!大丈夫か!?」

「ヘーキ!誰が跪くかっつの!」

「ラクカジャ!」


元に戻っていた防御力が、また少し強くなる。別にまだまだ平気なんだけどな。花村がガルを出す。この総攻撃で終わったら良い、な・・・!渾身の一発をお見舞いすると、影はとうとうバランスを崩し、地面に倒れた。鞭のミミズ腫れがひりひりする。


「ん・・・。」

「千枝ちゃん、気付いた?」

「さっきのは・・・。」

「!」

『・・・。』

「何よ・・・急に黙っちゃって・・・勝手な事ばっかり・・・。」

「里中・・・。」

「だ、だって・・・。」

「千枝ちゃん。あれは、千枝ちゃんでもあるんだよ。自分を否定しないで。」

「みんな、色んな顔があるんだ。」

「みんな・・・?」

「コイツの言うとおりだ。・・・俺もあったんだ、同じような事。だから分かるし・・・その・・・誰だってさ、あるって、こういう一面・・・。」


千枝ちゃんは少し下を向く。そして意を決したように顔を上げ、振り向いた。真っ直ぐに見つめる千枝ちゃんは、とってもカッコイイと思う。・・・口にしたら怒られそうなので、言わないけど。


「アンタは・・・あたしの中に居たもう一人のあたし・・・って事ね・・・。ずっと見ない振りしてきた、どーしようもない、あたし・・・。でも、あたしはアンタで、アンタはあたし、なんだよね・・・。」


それに影は頷く。影は光り、ペルソナとなって千枝ちゃんの元に戻ってきた。無事でよかった。良かったよ、本当に。ていうか、千枝ちゃんにも抜かされてしまった。悪い気はしないけど。私はちょっと笑いながら千枝ちゃんの肩を叩く。千枝ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに顔を俯かせた。


「あ・・・あたし・・・その、あんなだけど・・・。でも、雪子の事、好きなのはウソじゃないから・・・。」

「うん、分かってるよ。雪子ね、千枝ちゃんに会う前から、千枝ちゃんの事一杯話してくれるの。だから、ああ、千枝ちゃんは雪子の事が大好きなんだなって、知り合う前から、知ってたよ。」

「矢恵ちゃ・・・。」

「え、わっ!」


千枝ちゃんが膝から崩れるようにして座り込む。私は急いで支えようとしたが、少し遅かった。千枝ちゃんは少し、辛そうな顔をしている。まだ慣れてないから、とても疲れたのだろう。


「ヘーキ・・・ちょっと、疲れただけ・・・。」

「ヘーキ、じゃねーだろどう見ても・・・。それに多分、お前・・・俺たちと同じ“力”、使えるようになってるはずだ。」

「え・・・?」

「『俺たち』って言っても、私はまだ使えないんだけどね。」

「なあ、どうする?」

「一旦戻って立て直そう。これ以上ここにいるのは辛いだろうし。」

「そうだな。里中を休ませないと。」

「か、勝手に決めないでよ!あたし、まだ・・・行けるんだから・・・。」

「だーめ。過労でぶっ倒れられても、私たちも困るし、雪子だって嬉しくないと思うよ。」

「でも・・・!」

「無理しちゃイヤクマ!」

「別に、信じてない訳じゃない。ただ、俺たちは絶対に天城を助けなきゃならないんだ。」

「俺たちと同じ力があって、一緒に戦えるなら、回復しといてもらった方が心強いって事。その為にも、一旦戻って、態勢を立て直すべきって言ってんだ。」

「でも雪子はまだ、この中にいるんでしょ!?矢恵ちゃんは心配じゃないの!?それに、あ、あたし・・・さっきのが雪子の本心なら、あたし・・・伝えなきゃいけない事がある。あたし、雪子が思ってるほど強くない!雪子が居てくれたから・・・二人一緒だったから大丈夫だっただけで、ホントは・・・。」

「心配じゃないわけ無いでしょうが。死ぬ程心配で、今すぐさっきの千枝ちゃんみたいに一人で突破して行きたいよ。行きたいけど、抑えなきゃ。人の命は、一人でなんか救えない。ましてや、このわけ分からん世界なんて尚更・・・。それ、伝えたいならさ、まず千枝ちゃんが元気にならなくちゃ。ねえ?」

「っ・・・。」


ニッコリ笑って千枝ちゃんの頭を撫でてあげれば、千枝ちゃんの顔は泣きそうに歪んだ。安心してくれたのかな、それとも、引き攣ってたかな。前者だったら良いなあと思う。


「ユキチャンは普通の人クマ。ココに居る影は、普通の人間は襲わない。襲うのは、ココの霧が晴れる日クマ。」

「・・・それまでは、天城は無事だって事だな?」

「まず、間違いないクマ。」

「・・・どういう事?」

「どうやら俺らの世界と、霧の晴れる日は逆さらしい。ここが晴れる日・・・俺らにとったら霧が出る日に、被害者は影に殺される。」

「つまり、一旦外に戻っても、町に霧が出るまでは、天城は安全だ。山野アナや小西先輩の時も、状況は同じ・・・。だから、クマが言うように、間違いない。知ってるだろう?死体が発見されたのは、霧の日だ。」

「ここで・・・もう一人の自分に、殺されて・・・?」

「霧は大体、雨の後ね。天気予報じゃ、すぐに雨は降りそうに無いし。ま、変わってるかもしれないから、帰ったらチェックしよ。」

「でも・・・だからって・・・やっぱり、ここまで来て引き返せないよ!雪子が居るのに!一人で・・・怖い思いしてるのに!」

「じゃあ、この先どんくらい進めば天城のところに着くんだよ!」

「それは・・・。」

「敵だって、この先もっと強いヤツが出てくるかもしれない。なのに、無理してやられたら、他に誰が天城を助けてやれんだよ!」

「私たちは、絶対に失敗できない。・・・違う?」

「・・・。・・・分かった。」

「ん。立てる?」


千枝ちゃんの手をとって、ぐっと引っ張る。以外とすんなり立てたので、そう大したことは無さそうだ。そのまま千枝ちゃんと手を繋いで、来た道を戻ろうと歩き出す。が、千枝ちゃんが立ち止まった。


「さっきは、ごめんね・・・。」

「え?」

「一人で、勝手に突っ走っちゃって・・・。」

「良いよ良いよ、今度は一緒に行こうねー。」

「気にしてねえよ。」

「天城は必ず、俺たちで助けよう。・・・な?」

「・・・うん!」


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