04
「な、何だよコレ・・・。」
『そういえば小西さんちの早紀ちゃん、ジュネスでバイトしてるんですってよ。』
「!!」
『まあ・・・お家が大変だって時に・・・ねえ。』
『ジュネスのせいでこのところ、売上も良くないっていうし。』
「や、やめろよ・・・。」
「花村、しっかり。」
『娘さんがジュネスで働いてるなんて、ご主人も苦労するわねえ。』
『困った子よねえ・・・。』
「困った子、って・・・コノヤロウ・・・。近所の主婦風情が小西先輩の何が分かるんだと小一時間・・・。」
「おい・・・おい、クマ!ここは、ここにいる者にとっての現実だとか言ってたな!それ・・・ここに迷い込んだ先輩にとっても現実って意味なのか・・・?」
「クマは・・・こっち側の事しか分からない。」
「・・・上等だよ。一体何がどうなってるのか・・・俺たちで確かめてやる!」
花村を先頭に、コニシ酒店の入り口をくぐる。中は薄暗く、光はどこからか漏れてくる僅かなもののみ。酒樽は高く積み上げられたり、床に無造作に転がっていたりもした。中に入っても、喧騒はやまない。ざわざわ、ざわざわ。花村が苦い顔をする。
『何度言えば分かるんだ、早紀!』
今度は主婦の甲高い声ではなく、男の野太い怒鳴り声だ。早紀、と言っているあたり、先輩のお父さんなのだろう。
『お前が近所からどう言われてるか、知らない訳じゃないだろ!代々続いたこの店の長女として、恥ずかしくないのか!』
その言葉に、私の居心地も悪くなる。長女、長女かぁ。かく言う私も印家の長女なのだが、私は何をしているんだろう。医者と看護士の娘なのに、何一つその素質を受け継いでいない。殆ど両親に育てられた覚えはないから、というのを理由にするのは、あまりにも下らないだろうか。
『金か?それとも男か!?よりによってあんな店でバイトなんかしやがって・・・。』
「何だよ、これ・・・。バイト・・・楽しそうだったし、俺にはこんな事、一言も・・・。
こんなのがホントに先輩の現実だってのかよ!」
「!、花村、月森君。あれ、カウンターの上・・・。」
私たちはカウンターに駆け寄る。その上には、色々な物が散らばっていた。その中で、写真を見つける。その写真には、ジュネスのエプロンをつけた・・・恐らくバイトであろう人たちが写っている。その中には勿論、花村と小西先輩が写っている。隣同士で、二人とも笑顔だ。
「何の写真だ?」
「これ・・・前にバイト仲間と、ジュネスで撮った写真じゃんか・・・。な、なんで、こんなこと・・・。」
『ずっと・・・言えなかった・・・。』
「!!、小西先輩!?」
喧騒はいつの間にか止み、今度は小西先輩の声が聞こえてくる。キョロキョロとあたりを見回してみるが、やっぱり何処にも小西先輩の姿は見つからなかった。
『私、ずっと花ちゃんの事・・・。』
「え・・・?俺の事・・・?」
「、・・・。」
『・・・ウザいと思ってた。あぁ、それと矢恵ちゃんも。』
「・・・。・・・え?」
付け加えられた。私も。ドンッと胸を強く突かれたようなそんな感覚が走る。何か胃から出してしまいそうだった。だって・・・そんな、そんな・・・!
『仲良くしてたの、店長の息子と旅館の、義理の娘みたいなのだから、都合良いってだけだったのに・・・勘違いして、盛り上がって・・・ほんと、ウザい・・・。』
「ウ、ウザい・・・?」
「そんな・・・。」
『ジュネスなんてどうだっていい・・・あんなのの所為で潰れそうなウチの店も、怒鳴る親も、好き勝手言う近所の人も・・・。全部、無くなればいい・・・。』
「ウ、ウソだよ・・・こんなのさ・・・。先輩は・・・そんな人じゃないだろ!!」
花村が叫ぶ。私は呆然と、暗い床を眺める。しかし、先輩からの声は返ってこない。代わりに返ってきたのは、別の声だった。花村の声に似ている。私は顔を上げた。
『悲しいなぁ・・・可哀想だなぁ、俺・・・。』
「・・・は?」
「おい、あれ・・・。」
『てか、何もかもウザいと思ってんのは、自分の方だっつーの、あはは・・・。』
似ているのは、声だけじゃなくて外見もだった。似ているというか、そっくりそのままコピーしたような・・・。しかし、目は金色で、表情も歪んでいる。花村のようで、花村じゃない。
「あ、あれ?ヨ・・・ヨースケが二人・・・クマ?」
「お前、誰だ!?お、俺はそんな事、思ってない・・・。」
花村が問いかける。私は二人の花村から目を離さないようにして、カバンから鎌を出す。カバンは足元に静かに置いた。月森君は、手にしていたゴルフクラブを握りなおす。
『・・・アハハ、よく言うぜ。いつまでそうやってカッコつけてる気だよ。
商店街もジュネスも、全部ウゼーんだろ!そもそも、田舎暮らしがウゼーんだよな!?』
「!、な、何言ってる・・・?違う、俺は・・・。」
『お前は孤立すんのが怖いから、印に媚売って、上手く取り繕ってヘラヘラしてんだよ。一人は寂しいもんなあ。みんなに囲まれてたいもんなあ。印に嫌われたら最後だもんなあ!』
「や、やめろ!違うんだ、違うんだよ印・・・!」
「分かってるわよ。」
ホントは分かって無い。花村・・・ここは借りにハナムラとしよう。さっきも言ったが、ここがこっちに来た花村の現実とするならば、ハナムラの言う事は正しいという事になる。それがどうにも気にかかって、違う、という花村の言葉を受け入れようとしても、グサリと胸を突くものがある。表情が顔に出ないように、頬の内側を強くかんだ。血の味がする。けれど不思議と全く痛くない。
『ははは!何、焦ってんだ!俺には全部、お見通しなんだよ。だって俺は・・・お前なんだからな!お前は単に、この場所にワクワクしてたんだ!ド田舎暮らしには、うんざりしてるもんな!何か面白いモンがあんじゃないか・・・ここへ来たワケなんて、要はそれだけだろ!?』
「違う・・・やめろ、やめてくれ・・・。」
『カッコつけやがってよ・・・あわよくば、ヒーローになれるって思ったんだよなぁ?大好きな先輩が死んだっていう、らしい口実にあるしさ・・・。』
「!?、違う!!お前、何なんだ!誰なんだよ!?」
『くくく・・・言ったろ?俺は、お前・・・。お前の“影”・・・。全部、お見通しだってな!』
「ふ・・・ざけんなっ!お前なんか知らない!お前なんか・・・俺じゃない!!」
花村が力の限り叫ぶ。すると、ハナムラは・・・ええいややこしい、影は再び笑い出した。一体何がそんなに面白いんだ。こっちは全く笑えないというのに。
もう一度花村は『俺じゃない』と言う。すると、影はあっさり、そうだ俺はお前じゃないと言った。俺は俺、影がそう言った瞬間に嫌な空気が漂い始める。赤と黒の煙のようなものが立ち込める。影は姿かたちを変え始めた。それが全て終わる前に、花村はその場に倒れる。
「っ花村!ちょっと、しっかりしなさいよ!」
「印、来るぞ!!」
「っもう!!」
花村を背に庇い、私は鎌を両手に構える。目の前には自分よりも遥かに大きい蛙のようなもの。上には、黄色い大きな手を上にブラブラさせた人型。赤いマフラーを靡かせる。何コイツ、かっこよくも無ければ可愛くも無い!蛙なら蛙らしく小さくなればいいのに!
『我は影・・・真なる我・・・。退屈なモノは全部ブッ壊す・・・まずはお前らからだ!!』
蛙が高くジャンプする。と、勢い良く落ちてきた。その風圧をモロに食らって尻餅をつく。
「ったいわね・・・!月森君、大丈夫!?」
「何とか・・・。」
「無理しないで!」
ちょっと怖いが、私は影に近付いて鎌で攻撃をする。草木を切りつける以外に初めて使用したけど、切れ味は変わらない。が、その感触が妙に手に残る。影とはいえ、花村を傷つけているんじゃ・・・?しかし、そんなことは言ってられない。影は何だか気合?を溜めている。その間に月森君が立ち上がり、あの例のカードを砕いた。
「イザナギッ!」
『ぐあっ!』
イザナギの雷が落ちて、デカイ身体がひっくり返る。
「おっ、これって弱点だったり?じゃあもう一丁!」
「ナイス一撃だクマ!」
弱点を突き、たまに防御して・・・。影の攻撃パターンが読めてくる。月森君は弱点があるため防御する回数が多いが、私がそれを微弱ながらもカバーする。倒れる事は無い。これを何度か繰り返していると、影はヘタりはじめた。ぽけもんで言う、ピコンピコン状態だな!
「よし!月森君、最後のシメと参りましょうや!」
「頼もしいな、印は。」
攻撃を仕掛ける。影は捨て台詞を吐いて、その場に倒れた。でかい図体はさっきのハナムラの姿になる。私は、もう向かってこない事を確認して花村のもとへ駆け寄る。案外すぐに瞼は開いた。
「花村・・・良かった。」
「お、俺は・・・。」
「ヨースケ、だいじょうぶ!?」
「大丈夫か?」
「あ、ああ・・・一体・・・何が起きたんだ・・・?」
「・・・あれ、良く見なさい。」
「・・・・・・。」
さっきいらん事までペチャクチャ喋っていた花村は、黙ってこっちを見ている。もう、こちらに危害を加える事は無さそうだ。例えその姿で攻撃してきても、バカヤロウと平手の一発はかませられる。
「お前・・・お前は・・・俺じゃ・・・ない・・・。」
「あれはもともと、ヨースケの中に居たものクマ・・・。ヨースケが認めなかったら・・・さっきみたいに“暴走”するしかないクマよ・・・。」
「っ・・・。」
「花村陽介。ちょっとツラを貸しなさい。」
「えっ、」
パァンと小気味良い音を立てて、私の平手は影ではない花村にヒットした。弱っていたのか私の力が強かったのか、花村はよろけて月森君に支えられる。手のひらがヒリヒリする。手を握ったり開いたりして、その痛みを発散させようと試みた。が、あまり意味は無かった。
「これで許してあげるわ。」
「印・・・?」
「さっさと自分と向き合いなさい。もう、あんな馬鹿でかい蛙と戦いたくないわ。」
「・・・でも、俺は・・・。」
「私は怒ってないし、今まで私と接してきた花村も本当の花村だって思ってる。だから、ほら。」
とん、と花村の背中を押す。躊躇いがちに私を振り返るが、とうとう前を向いた。
「分かってた・・・けど、みっともねーし、どーしょもなくて、認めたくなかった・・・。お前は、俺で・・・俺は、お前か。全部ひっくるめて、俺だって事だな。」
影が頷く。すると、影は光を放ってまた姿かたちを変えた。白いツナギのような服に、手には手裏剣のようなもの。そして赤いマフラーを靡かせている。・・・うん、こっちの方がカッコイイんじゃない?
「これが俺の“ペルソナ”・・・。」
「名前は?」
「ジライヤ、だってさ。」
そう言うと、花村は座り込む。
「あの時、聞こえた先輩の声・・・あれも、先輩が心のどっかで押さえ込んでたモンなのかな・・・。はは・・・“ずっとウザいと思ってた”か・・・。これ以上ねーってくらい、盛大にフラれたぜ・・・ったく・・・みっともねー・・・。」
「私も言われちゃったなー。うーん、今思えば、確かにあの絡み方はウザかったかも。あはは、は・・・。」
「でも、さっき印が言ったみたいに、小西先輩の今までの接し方も、本当の小西先輩だったんじゃないか?」
「あー、うん。そうだと、良いなぁ。」
「お前が居てくれて、助かったよ・・・ありがとな、月森。」
座り込んでいた花村が、月森君の手を借りて立ち上がる。私は耳を触る。もうこの行動は癖になってしまった。変わらず、ピアスがそこにある。
「なあ、クマ・・・。もしかして先輩はここで、もう一人の自分に殺されたって事か?さっき、俺に起きたみたいに・・・。」
「多分そうだと思うクマ。ココに居るシャドウも、元は人間から生まれたものクマ。でも、霧が晴れると、みんな暴走する。さっきみたいに“意志のある強いシャドウ”を核に大きくなって、宿主を殺してしまうクマ。」
「それが・・・町で霧が出た日にこっちで人が死ぬ原因なのか・・・。」
「・・・はい、これについて考えるのは明日からにしよう。疲れてるでしょ、花村は特に。私なんて今、足がプルップルしてんのよ。バンビよ、足だけバンビよ。」
「もともとこっちの世界は、人間にはちっとも快適じゃないクマ。もう何の声も聞こえなくなったし、これ以上、ココには何も無さそうクマ。一旦、戻るクマね。」
何も聞こえなくなった。もう、小西先輩の声を聞くことも無いのだろう。少し名残惜しく感じて、立ち止まって耳を澄ましてみる。やっぱり、何も聞こえなかった。
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