02
走った。兎に角走った。傘なんて差さずに、まるでバトンのように握り締めて、走る。ぐるぐる頭が回る。息が辛い。酸素がほしい。待ち構えていたマスコミを、堂々正面から突っ切り、足は自然と倉庫へ向かう。
私が管理しているといっても過言ではない倉庫。いつもの場所に引っかかっている鎌を、二本手に取った。研いで貰ったばかりのそれは、雨の暗い明るさでも鈍く光る。私はそれを、何も考えずカバンに突っ込んだ。教科書やノートがちょっとばかし切れたって構わない。
そしてまた、唖然としていたマスコミを振り切って、足が向かうのはジュネス。待つ時間すら惜しい私は、エレベーターではなくエスカレーターを疾走した。びしょびしょのまま駆け上ってごめんなさい。
そして最終コーナー。月森君と花村がテレビに入っていくのが見えた。千枝ちゃんもいる。
行かなくちゃ。今、行かなきゃ。
「まぁぁあちやがれぇぇぇえええ!!!」
三人はぎょっとして後ろを振り向く。月森君と花村の間が空いた。千枝ちゃんのいる辺りからジャンプし、ドロップキックをかますかのような体勢でするりとテレビの中へ行く。妙な浮遊感の後、やっぱり私は地面に落ちた。べしゃぁあっ、と無様に着地する。
「ここって・・・。前と一緒のトコだ!」
「っててて・・・印は!?」
「っ、と、無事だったか。」
「いよう、花村。キミも無様な落ち方だね。ケツは四分割になってないかい?」
「てっめ・・・!馬鹿にしてたくせに、何で・・・!!」
「勘違いしないでよね!私はただ、クマちゃんにつられて来ちゃっただけなんだからね!!」
「で、何で印はそんなにびしょびしょなんだ。傘は?タオルは?風邪ひきたいのか?」
「傘持ちながら走ったら、間に合わなかったでしょ!」
「お前、いっつもタオル持ってきてたろ?カバン漁るぞーって、ええ!?鎌!?」
「何がいるか分かんないんだから、要るかなって思って。もし犯人が居たとしても・・・。」
「あー、ほら、俺の上着貸してやるから。」
「え、いいよ悪いよ。大丈夫だってこのくらい。」
「だーめーだ。」
「おぶっ。」
「キ、キミたち・・・なんでまた来たクマ・・・。」
「く、クマちゃん・・・!」
ピコピコと可愛らしい足音を立てて、クマちゃんがこっちに近寄ってくる。ああっ、いつ見ても可愛い!抱きしめたい・・・!しかし、こんな濡れ鼠で抱きしめるのは可哀想だ。
「わーかったっ!犯人は、チミタチだクマ!!」
「お前、この間の・・・!てか、今なんつった!?犯人!?」
「最近、誰かがこの中に人を放り込んでる気配がするクマ。そのせいで、こっちの世界はどんどんおかしくなって来てるクマ・・・。キミたちはココに来れる・・・他人に無理やり入れられた感じじゃないクマ。よって、一番怪しいのはキミたちクマ!キミたちこそ、ココへ人を入れてるヤツに違いないクマァァ!!」
「え、えええ〜・・・。」
「ふざけるな、誰が犯人だ。」
「なんだそりゃ!人を入れる!?こんなトコ放り込まれたら、出れずに死んじまうかも知れねーだろ!?」
「そうだよクマちゃん!そんな危ない事するわけ・・・。」
「って、おい、待てよ。・・・なぁ、今、思ったんだけど、誰かがここに、人を入れてるって話・・・。まさか、先輩や山野アナの事か・・・?」
「!」
「その“誰か”ってのが、二人をここに放り込んだって事か?な、なあ・・・月森、どう思う?」
「ああ・・・そんな気がしてきた。」
「良いねキミたち。頭の回転速くて。」
「印は追いつこうとしてないだけだろ?」
「あ、ばれた?犯人ぶちのめせればそれでいいのよ。」
そう。ぶちのめせれば、それで良い。殺すまでは行かなくても、生きて、生きて、ずっと苦しい思いをすればいい。そこで頭を軽くはたかれた。何かと思えば花村だった。顔、怖くなってんぞ。
「(いかんいかん。)」
「もしも、こいつの話がホントだとしたら・・・誰かが、ハナから殺す気で、人をここに放り込んでる・・・って事もあり得ないか?だとしたら・・・。」
「ゴチャゴチャうるさいクマねー。キミらは何しに来たクマ!?ココは一方通行!入ったら出られないの!クマが出してあげないと出らんないの、味わったでしょーが!」
「うるせー、関係ねーだろ!お前の力なんて借りなくてもな、見ろ、今日はちゃんと命綱を・・・。」
花村は、腰についているロープを持ち上げる。さっきから思っていたんだけど、それは何だ。命綱と言っていたが、可笑しくないか?だって繋がってないんだもの。途中で切れているんだもの。
「おああっ!」
「花村、出られなかったらお前の責任だからな!」
「ぶっ・・・今頃・・・!何ですかそれ、新しいベルトか、何か、です、ぷっはーっ!」
「テ、テメー、調べが済んだら、こっから俺達を出してもらうからな!」
「あはははは!!こ、これは酷い・・・!あはははは!」
「ムッキー!調べたいのは、こっちクマよ!クマ、ずっとココに住んでるけど、こんな騒がしい事、今まで無かったクマ。証拠あるクマか!?放り込んでるのキミらじゃないって証拠!」
「証拠だって。」
「証拠っつったって・・・。」
「うるさい。黙れ。」
「ちょっ、月森君んんんん!!」
「ホラ、やっぱりキミらクマ!」
ふふん、とクマちゃんは微妙に身体をそらせて、どや顔を見せている。ああ、そんな身体そらしたら後ろに倒れてしまうよ。ころん、て転んじゃうんだろうなぁ、可愛いなぁ。
「違うって言ってんだろっ!てか、お前に証明してやる義理はねえっての!それより、こっちの質問に答えてもらうぞ。偶然来たこの前と違って、今日はマジなんだ!」
「俺たちの世界じゃ、人が・・・。霧が出るたびに死体が上がってる。」
「クマちゃん。知ってる事話して?ここと関係あるはずなのよ!」
「霧が出る度に死体・・・?そっちで霧が出る日は、こっちだと、霧が晴れるクマよ。
霧が晴れると、シャドウが暴れるから、すごく危ないクマ。」
「しゃ、シャドウ・・・?」
「はっはーん・・・そういうことクマか・・・。」
「はぁ・・・?一人で納得してんな、コラ!俺らんとこが霧だと、こっちは晴れ・・・?シャドウが暴れる・・・?」
「そうなると危ないから、早く帰れって言ったんだクマ!さあ、質問は終わりクマ。
・・・キミらが犯人なのは分かってるクマ!今すぐ止めてもらうクマ!」
「だから、違うって言ってんだろ!!いいかげんキレそうだぜ・・・なんで人の話聞かねえんだ、テメーはッ!」
「は・・・犯人かも・・・って言ってるだけクマよ。た、ただ、確認してるだけ・・・。」
「はぁ・・・?強気か弱気か、どっちなんだよ・・・どうも調子狂うな、このクマ・・・。」
「ふふ・・・可愛い・・・。」
「・・・大体、ここって何なんだ?テレビのスタジオみてーな・・・。」
「ここで何か撮ってるのか?」
「もしかして、マヨナカテレビってここで撮影されてるんじゃ・・・!」
「おかしなバングミ?サツエイ?何の事クマ?」
「何って・・・だから、放り込まれた人間を、誰かがここで撮ってるのかって訊いてんだ。」
「・・・?分かんない事言うクマね・・・。」
クマちゃんは耳をピクピクさせて、困ったような顔をする。・・・どうやら、本当に分かっていないようだ。次に困った顔をするのは私たちだった。顔を見合わせて、首をかしげる。
「ココは元々、こういう世界クマ。誰かが何かをトルとか、そんなの無いクマよ。」
「元々、こういう世界・・・?理解できた?お二人さん。理解してたら私に簡単に説明して。」
「・・・花村、任せた。」
「俺かよ!?俺も、まだよく分かってないっつの・・・。」
「ココにはクマとシャドウしかいないクマ!前にも言ったクマよ!」
「あのな・・・こっちは、お前も、シャドウも、どっちも何者か分かんねーんだよ!」
「というか、俺たちに証拠だ何だ言う前に、お前が一番怪しい。お前が犯人だったりして、な?」
「え・・・クマちゃんが・・・?可愛いけれど、そういうことなら私、手加減はしないよ?」
「だいたい何だよ、そのフザケたカッコ!!いい加減、正体見せやがれっ!!」
花村がクマちゃんの頭を引っ掴む。そして力任せに引っ張った!あああそんな殺生な!もつれ合いをあわあわ見ていると、ポンッとくまちゃんの頭は取れてしまった。
「うおぁっ!」
「っきゃー!クマちゃーん!」
「うわっ、花村頭こっち持って来るな!」
花村が地面にクマちゃんの頭部を置く。というか、投げ捨てる。結論から言えば、クマちゃんの中身は何も無かった。空洞が広がっている。にも関わらず、手も足も動いているもんだからビックリだ。
「クマちゃん・・・。」
「な、中身がねえ・・・。」
メガネメガネ、みたいなアクションをした後、器用にもクマちゃんは自分の頭部を上に投げ、剣玉の様に上手く元の位置に被せた。そして、何事も無かったかのようにしょんぼりと、自分は犯人じゃない、と呟く。
「クマはただ、ココに住んでるだけ・・・。ただココで、静かに暮らしたいだけ・・・クマ。」
「・・・。」
「な、なんか、ごめんね、クマちゃん・・・。」
「キミたちが犯人じゃないって、信じてもいいクマよ。でもその代わり、本物の犯人を探し出して、こんな事を止めさせて欲しいクマ。約束してくれないなら・・・こっちにも考えがあるクマ。」
「え、何?」
「ココから出してあげない。」
「テ、テメー・・・!」
「言い方可愛いけど、内容はえげつない・・・!」
「そうなったら、三人仲良く過ごしていくしかないな・・・。」
「・・・えーっと、月森さん?」
「良かったな印。アダムが二人もいるぞ。」
「月森お前!」
「月森君は、鎌で去勢をご所望のようですね。矢恵、上手く出来るか分かんないけど、頑張ってみるね!」
「こっちもえげつねぇ!」
← →
back