ホンネ


最近、女将の体調が良くないらしい。


「おっは、」

「矢恵、今日私遅刻するから。」

「遅刻?」

「うん、午後から行くね。」

「・・・そんなに忙しいなら、手伝おうか?」

「ううん、大丈夫。気にしないで。」

「・・・。ソーデスカ。」

「はい、ご飯。ごめん、行ってくるね。」


パタパタと雪子は部屋を出て行ってしまった。遠くで人が動いている音がする。それは、足音だったり、板長の声だったり。胸の奥がむずむずする。しん、と静まり返った私一人しか居ない部屋は、一層孤独感を感じさせた。無理やりご飯を口の中へ押し込み、茶碗もそのままに私は裏口からこっそり旅館をあとにする。


「お、今日は印の方が早いんだな。」

「うん・・・。」

「・・・なぁ。」

「・・・何。」

「昨日は、悪かった。」

「・・・別に。」


山野さんの事だろう。私は某エリカ様のような生返事をして、昨日と同じように傘を差しつつ後ろに乗る。憂鬱だ。何が、とは形容しがたいが、何かが憂鬱だ。そんな時に限って、花村も黙って自転車をこいでいる。土手にさしかかったところで、やっと花村が口を開く。


「・・・なぁ。」

「・・・何。」

「お前、昨日・・・マヨナカテレビ見たか?」

「・・・ううん。」

「そっ、か。」


長続きする話ではなかった。花村は見た、という事だろうか?何か違うものが見えたとか・・・。聞きたい事は思い浮かんできたのに、私はどうにも口を開くのが億劫で、結局会話の無いまま学校に到着したのである。


「(サボりたい・・・。)」


午後。またサボり癖が復活してきたのか、どうにも屋上が恋しくなってきた。しかし、外は雨。保健室は保健の先生に目を付けられている。ううう、と唸りながら冷たい机に頬をつけた。胸のむずむずは、治まるどころか段々強くなってきている気がする。そんな折、ぴんぽんぱんとスピーカーが鳴いた。緊急集会をするそうだ。面倒くさい。
その面倒くさい気持ちを体で表すように机にへばりついていると、視界の隅にスカートとズボンが入ってきた。のろのろと顔を上げる前に、元気な声が降ってくる。


「ほら、矢恵ちゃん!立って立って!」

「千枝ちゃん・・・私、教室に居るよ・・・。」

「集会だっつってんでしょ!花村はもう行っちゃったよー?」

「ふーん。」

「印、選択肢をやろう。1.おんぶ、2.だっこ、3.お姫様抱っこ。さあ選べ。」

「4.自分で歩く。」

「仕方ないな、お姫様抱っこが良いだなんて・・・。」

「言ってねーし!アンタの耳どうなってんの!?千枝ちゃん、行こう。月森君は本気でやりかねん!」

「あ、うん。」


妙に近付いてきた月森君を避け、千枝ちゃんの手を引っ張って体育館へ向かう。あー、湿気が鬱陶しい。ぞろぞろと体育館へ生徒が集まってくる。先生たちは神妙な顔つきをしていた。事件についてかなぁ。山野さんの顔がちらついて、胸のむずむずが更に酷くなる。


「雪子、午後から来るって言ってたのに・・・。」

「もう今日は来れないんじゃない?」

「矢恵ちゃんは行かなくていいの?」

「・・・。」


行きたいけど、あんな扱いされたら手伝えないっていうか、そんな足手まといかな私って。確かに従業員じゃないけど、数年間手伝ってきた私にもやれることってあるんじゃないの?皆で私をのけ者にして、あああああ!言いたいことは滝のように出てくるけれど、私は必死に頬の内側を噛んで、言葉が出ないようにした。
千枝ちゃんにあたるわけにはいかない。黙り込んだ私を、千枝ちゃんは不思議そうな顔をして見ている。何も言うまい、という顔をしている私を気にしながら、後ろに居る花村と月森君に話しかけた。


「何だろ、急に全校集会なんて。・・・って、あれ、花村どしたの?」

「ん?いや、別に・・・。」

「二人とも、今日も可笑しいぞ?」

「喧嘩でもしたの?」

「してないよ。」


ただちょっと元気が無いだけ、と言おうとしたのに、それを先生がさえぎった。私は前を向いているが、視線は先生には向けずにやや下の方に向けている。


「ではまず、校長先生の方からお話があります。」

「今日は皆さんに・・・悲しいお知らせがあります。3年3組の小西早紀さんが・・・亡くなりました。」


その瞬間、私の周りからは音が消えた。なくなった・・・亡くなった・・・?どっどっどっどっ、と心臓は嫌に低い音を立てて、胸のむずむずを増幅させていく。そうしていつか、そのむずむずは何処かへ行ってしまった。すとん、と中心落ち着いたように、何も感じなくなった。


「っ。」


次に気付いたとき、私は千枝ちゃんと月森君に手を引かれて廊下を歩いていた。あれ・・・集会は・・・?階段を上る前、掲示板の前で話していた先輩の声が耳に届く。


「超ビビったよねー。死体、山野アナんときと同じだったんでしょ?」

「前はアンテナだったのが、今回は電柱らしいじゃん。連続殺人って事だよね、これって・・・。」

「死因は正体不明の毒物とか、誰か言ってた。」

「正体不明って・・・そりゃちょっとドラマの見過ぎだって。そう言えばさ、例の“夜中でテレビ”で、早紀に似てる子が映ったらしーよ。超苦しがってたとかってー、怖くない?」

「ハハ、そっちこそ絶対ユメだって。」


うるさいな。何でそんな、半笑いで話できんの。先輩の事、名前呼びしてるんだから仲良かったんでしょう。何でそんな、平然としていられるの。しんだんだよ?もう、戻って来れないんだよ?


「印。」

「・・・。」

「ちょっ、矢恵ちゃん!」


先輩が、向かってきた私に気付く。が、すぐに顔を青くさせて逃げていってしまった。何よ、まだ私何も言ってないじゃない。先輩たちを追いかけようとする私を、誰かが引き止める。


「印・・・今、凄い顔してるぞ。」

「・・・。」

「人が殺せそうな顔してる。その顔はやめておいた方が良い。」


つい、と月森君が私から顔をそらす。その視線の先には、逃げはしないものの先輩と同じように青い顔をした千枝ちゃんがいた。ああ、千枝ちゃんの前でこんなに怒るのは初めてだっけ。深呼吸をして、ごめん、と一言呟く。
そこで気付いた。今、泣いていない私も、何処かで他人事だと思っているから、泣けないんじゃ・・・。緩む気配の無い涙腺に驚いていると、花村がこっちに来た。


「なあ・・・お前ら、昨日、夜中のテレビ見たか?」

「あのさ、花村まで、こんな時に何言ってんの!?」

「いーから聞けって!俺・・・どうしても気になって見たんだよ。映ってたの・・・あれ小西先輩だと思う。」

「「「!」」」

「見間違いなんかじゃない・・・先輩、なんか・・・苦しそうに、もがいているみたいに見えた・・・。それで・・・そのまま画面から消えちまった。」

「なによそれ・・・。」

「先輩の遺体・・・最初に死んだ山野アナと似たような状態だったって話だろ・・・?覚えてるか?“山野アナが運命の相手だ”とか、騒いでた奴いたよな?俺、思ったんだ。もしかするとさ・・・。山野アナも死ぬ前に、あのマヨナカテレビってのに、映ってたんじゃないのかなって・・・。」

「それって、さ。あのテレビに映ったら死ぬ、とかって言いたいの?」

「そこまでは言い切らないけどさ。ただ、偶然にしちゃ、なんていうか・・・ひっかかるっていうか・・・。」

「・・・。」

「それと、向こうで会った“クマ”が言ってたろ。“危ない”とか“霧が晴れる前に帰れ”とか・・・。確か、“誰かが人を放り込む”とも言ってた。それに、ポスター貼ってあったあの部屋・・・事件となんか関係ある感じだったろ。これって・・・なんかこう、繋がってないか?」

「“向こう”・・・。」

「もしかしたら、先輩や山野アナが死んだのって“あの世界”と関係あるんじゃないのか!?なあ・・・俺の言ってること・・・どう思う?」

「・・・馬鹿げてるわ。そんな・・・。」

「じゃあ、全部偶然なのか?」


確かに、偶然にしては出来すぎているとは思う。けれど、あんな得体の知れない世界に繋げるのもどうかと思う。けど、けど・・・もし、花村の言う事があっているなら、犯人は向こうの世界にいるということで・・・。


「もし繋がりがあるなら、先輩と山野アナも、あの世界に入ったって事かも知れない。あっちで何かあったてんなら、あのポスターの部屋があった説明もつく。もしそうなら・・・先輩に関係する場所だって、探せばあるかも知れない。」

「花村、あんたまさか・・・。」

「ああ・・・俺、もう一度行こうと思う。・・・確かめたいんだ。」


花村の目は本気だ。決意したのだろう。迷いが無い。それでも、千枝ちゃんは花村を止めようとする。と、花村は大きな声を出した。


「警察とか、アテにしてていいのかよ!?山野アナの事件だって、進展なさそうじゃんか。第一、テレビに入れるなんて話、まともに取り合う訳ねーよ!全部俺の見当違いなら、それでもいい・・・ただ・・・先輩がなんで死ななきゃなんなかったか、自分でちゃんと知っときたいんだ・・・。」

「花村・・・。」

「・・・。」

「こんだけ色んなもの見て、気付いちまって、なのに放っとくなんて、出来ねーよ。悪ィ・・・けど頼むよ。準備して、ジュネスで待ってるからさ・・・。」


そういうと、花村は走って何処かへ行ってしまった。恐らく、ジュネスだろう。私たちの間に、困惑の空気が流れる。


「気持ちは、分かんなくもないけど・・・。あんなとこ、また入ったら、無事に出られる保障無いじゃん・・・。どうする・・・?」

「俺は、行ってみるよ。」

「ま、まじで・・・?矢恵ちゃんは?」

「さっきも言った。馬鹿馬鹿しい。さっさと帰って寝る。」


私は一段飛ばしで階段を上り。教室に入ってカバンをひったくるように持つ。馬鹿馬鹿しい。馬鹿げてる!バカだ!くそう、何にこんなイラついてんだ。くそう、くそう。私を気にしているクラスメイトをひと睨みし、走って教室を出た。


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