03


「お、このへんちょっと霧薄くない?」


花村がケータイを開く。が、圏外らしい。私も見てみたが、見事に『圏外』の文字。うん、こんなところでケータイが繋がったら奇跡だよね。ケータイ会社も、どんだけ電波塔建ててんだよって話だよね。と、千枝ちゃんが私の手を握りつつ腕に引っ付いてきた。千枝ちゃんの顔色が良くない。


「千枝ちゃん、大丈夫?」

「だって、行き止まりだよ?出口なんてないじゃん!」

「見た目も気味悪くなる一方だな・・・。印、お前も顔色悪いぞ。大丈夫かよ?」

「な、何とか・・・。」


この部屋は更に不気味だ。壁一面に、顔だけ切り取られたポスターが無造作に貼られている。それに、広範囲に飛び散っている、赤色の何か。ああ、何かだ。これが、その、ち、なんて思ったら、今度こそ倒れそう・・・!


「アーッ!つか、もう無理だぜ・・・。」

「はなむら・・・?」

「俺のボーコーは限界だ・・・!」

「ちょ、花村!?何してんの!?」

「出さなきゃ、もれんだろうが!」


・・・うん、花村のおかげで、ちょっと気が楽になった気がする。でも、でもな。何故まさにこの部屋の壁でやろうとする。せめて部屋から出てくれればいいのに。


「そこでやんの!?かんべんしてよ・・・。」

「千枝ちゃん、もういっそガン見しててやろうぜ!」

「よし、じゃあ俺は写メ係。画質は任せろ。」

「あ、じゃあ動画を・・・。」

「み、見んなよ!撮るなよ!見られてっと出ないだろ!」

「・・・何だか、AVのカメラマンになった気分だ。ケータイの中身見られたらおしまいだね。」

「ロックフォルダに入れておけ。」

「ラジャー。オラ花村出せよ。下腹部押してやろうか?恥ずかしいアングルになるだろうけどな!」

「印、良いSっ気だ。でも俺のためにMになってくれ。」

「ありがとう。でも月森君の為にMになろうとは思わないわ。」

「ああああ〜こんなんで出せるか!!ボーコー炎になったら、お前らのせいだぞ!」

「知らねーっつの・・・。」


ちょっとだけ緊張がほぐれた。私はパクンとケータイを閉じてポケットに入れる。恨めしそうな顔で花村がこっちを見ているけれど、気にしない。結局撮って無いしね。


「にしても・・・何なの、この部屋?このポスター・・・全部、顔、無いよ?切り抜かれてる・・・。」

「すんごく恨まれてる・・・っつー事?」

「この椅子とロープ・・・あからさまにマズイ配置だよな・・・。輪っかまであるし・・・これ、スカーフか?」


長い長い梯子でも無い限り届きそうにない高い天井から、スカーフの輪っかのついたロープが下がっている。その下には椅子。この椅子の上に乗って、スカーフを首に引っ掛けて・・・そこで考えるのをやめた。


「ね、戻ろ・・・さっきんトコ戻って、もっかい出口探した方がいいよ・・・。」

「そうだな。まだ行ってない道があるかもしれない。」

「じゃあ、行くか。」

「・・・。」


私は、廊下へ出る前にもう一度ポスターを見る。どっかで見たことあるんだよな・・・。この着物とか。うーん、うちの従業員さんの顔が浮かんでくるぜ・・・!でも着物が違うなぁ。こんな色じゃないし。うーん、と顎に手を当てて考える。


「矢恵ちゃん!いいから、行くよもう!やだ、こんな場所!それに・・・なんか、ちょっと気分悪い・・・。」

「そういや、俺も・・・。」

「病は気からって言葉、知ってる?違うよそれは気のせいだよ、ハハハまさか行き倒れとかやめて下さいよもー。」

「多分、気のせいじゃない。俺も身体が重い気がする・・・。」

「つっ、月森君まで・・・!うぅ、皆がそう言うから、私も気持ち悪くなってきた・・・。」


重い身体を引きずりながら、無事にあのスタジオまで戻ってこれた。無事に、というのも何だか可笑しい気がするが。しかし、ココの方が幾分か明るいので安心できる。明かりの力って凄い。


「ふぅ・・・やっと戻って来れたよ・・・。」

「良かったねぇ・・・って、ん?」

「どうし・・・な、なんかいる!」

「なんだ・・・?」


霧の向こうから黒い影が見える。フォルムからするに、人間ではないようだ。電球の形をしたものは、どんどんハッキリ見えてくる。この雰囲気に似つかわしく無い、丸くて大きな目。頭には丸い耳?が付いている。赤い、何とかレンジャー!みたいな服を着ていた。可愛い・・・。耳がぴこぴこしてる・・・。思いがけない癒しの登場に、私は胸を躍らせる。


「何これ?サル・・・じゃない、クマ?」

「何なんだ、こいつ・・・。」

「可愛い・・・。」

「き、キミらこそ誰クマ?」

「喋った・・・!?だ、誰よあんたっ!?や、やる気!?」

「そ、そ、そんなに大きな声出さないでよ・・・。」

「そ、そうだよ千枝ちゃん!こんなに可愛いのに!」

「印・・・さっきから可愛い可愛いって言ってるけど、可愛いか・・・?」

「可愛いよ!目ぇ付いてる!?」

「俺は印の方が可愛いと思う。」

「月森君は、またそんなこと言って私をどん底に陥れるつもりだね!騙されないよ!」


しゃがんで怯えているクマちゃん(仮)に近寄り、私もしゃがむ。そして、そろりと頭に手を伸ばした。おお・・・この、なんとも言えない肌触り・・・!キタローレーダーみたいなのも可愛い。大きな声で話しかけると怯えてしまうようなので、極力優しい声でクマちゃん(仮)に話しかける。


「ね、あなたは誰?」

「クマはクマだよ?ココにひとりで住んでるクマ。ココは、ボクがずっと住んでるところ。名前なんて無いクマ。」

「・・・?クマちゃんで、良いの?」

「そうクマ!」


そっかークマちゃんかー、と私は笑顔で頭を撫でる。クマちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。後ろの三人は、疑問符を浮かべていた。ごめん、私は考える事を辞退するよ。大人しく私に撫でられていたクマちゃんは、ハッとした顔をして私たちを見た。焦っているようだ。


「とにかく、キミたちは早くアッチに帰るクマ。
最近、誰かがココに人を放り込むから、クマ、迷惑してるクマよ。」

「は?人を放り込む?何の話だ?」

「誰の仕業か知らないけど、アッチの人にも、少しは考えて欲しいって言ってんの!」


クマちゃんが大きな声を出して怒り始めた。月森君がこっち来い、と言ったので素直に従う。可愛いけれど、素性が知れないのだ。さっきの血まみれの部屋が、クマちゃんの所為じゃないとは限らないのだ。と、千枝ちゃんもクマちゃんにつられたのか、また大きな声を出す。


「ちょっと、何なワケ?いきなり出てきて、何言ってんのよ!あんたダレよ!?ここは何処よ!?何が、どうなってんのっ!?」


千枝ちゃんが言い終わると、さっきの怒った顔は何処へやら、クマちゃんは月森君と私の後ろに隠れて怯えている。うわぁ、何だろうこの可愛い子・・・!抱きしめたい・・・!!


「さっき、言ったクマよ・・・。と、とにかく早く帰ったほうが良いクマ。」

「要はココから出てけってんだろ?俺らだってそうしたいんだよ!けど、出方が分かんねーっつってんの!」

「ムッキー!だから、クマが外に出すっつってんの!」

「クマちゃん、そんなこと言って無いよ・・・。」

「だから・・・分っかんねーな!出口の場所が分かんねーつってん・・・って・・・へ?」


クマちゃんが、これまた可愛らしい短さの足で床をトントンとする。すると、ボンッと魔法みたいに目の前に赤いテレビが3台重なって現れた。


「すっ、すごっ!クマちゃんって魔法使いだったの!?」

「魔法、使い・・・?これが?」

「んだこりゃ!?」

「テ、テレビ・・・!?どうなってんの!?」


正面からテレビを見る。ちょっと形は古いが、れっきとしたテレビだ。まごうことなきテレビだ。ほ〜、と見ていると。突然後ろからぎゅうぎゅう押される。


「さー、行って行って、行ってクマ。ボクは、忙しいクマだクマ!」

「い、いきなりなに!?わ、ちょっ・・・無理だって!」

「うわおう!くっ、クマちゃんまたね!また触らせ・・・くぉら誰だ!変なトコ触るな!」

「悪い印!不可抗力・・・お、押すなって!」

「花村、後で覚えておけよ。」

「何で月森に言われなきゃなんねーんだよ!」


エブリディ・ヤングライフ・ジュネス♪
あれだけ中毒中毒言ってた歌も、酷く懐かしく思える。目を開ければ、あの例のでっかいテレビの前に4人で座り込んでいた。
エブリディ・ヤングライフ・ジュネス♪
忌々しく不気味だった霧も無く、視界はスッキリ良好だ。でも、身体には倦怠感が残っている。


「あれ、ここって・・・。」

「戻って来た・・・のか?」

「戻ってこれた、みたいだな・・・。」


ただいまより、1階お惣菜売り場にて、恒例のタイムサービスを行います。今夜のおかずに・・・という放送が入る。タイムサービス・・・って、すごく遅い時間じゃなかったっけ!?ケータイを見る。メールや着信がいくつか入っていた。


「げっ、もうそんな時間かよ!」

「結構長く居たんだ・・・。」

「着信とメールが凄いんですけど。」

「何か手伝って欲しいんじゃないか?先に帰っても・・・。」

「ううん、良いの。もうちょっと居るよ。どうせ場所は検討付いてるだろうし。」

「そうか・・・思い出した、あのポスター・・・。ほら、見ろよ。向こうで見たの、あのポスターだろ!」

「何よ、いきなり。」


千枝ちゃんが、花村が指差した方を見る。私もその指差された先を見た。テレビとテレビの間に貼られたポスター。着物が一致する。


「ああ、“柊みすず”・・・!」

「最近ニュースで騒がれてるよね。旦那が、この前死んだ山野アナと不倫してた・・・とかって。」

「おい、じゃ、ナニか・・・?さっきのワケ分かんない部屋・・・山野アナが死んだ件と、なんか関係が・・・?そういや、あの部屋・・・ヤバイ“輪っか”がぶら下がって「んなワケないじゃん!」

「印・・・?」


咄嗟に口を押さえる。しかし、叫んだ言葉はもう戻る事は無くて。ごめん、と妙に震える声を出した後、私はだるい身体に鞭打って走り出した。雨はまだ降っていた。
20090502*20101227修正

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