02


「エブリディ・ヤングライフ・ジュ・ネ・ス!」

「でか!しかも高っ!こんなの、誰が買うの?」

「さあ・・・金持ちなんじゃん?」

「ロビーにでっかいのあるよー。ずっと見てると怒られるんだよね。」

「・・・印も旅館にいるのか?」

「諸事情で私だけねー。」


かつて、こんなに旅館へ帰るのが嫌な日なんてあっただろうか。テストの点が悪かったときぐらいだ。遅くに帰ったら、誰か心配・・・するほど暇じゃあないよねー。毎日のように殺到するマスコミは、旅館の営業をも妨げる。利用客はピークに比べればそれ程多くは無いのに、皆廊下を走り回る。・・・うん、私はあの場に居ない方が正解なのだ。所詮は他所の子。醜いアヒルの子。でも白鳥にはなれない。


「けど、ウチでテレビ買うお客とか少なくてさ、この辺店員も置かれて無いんだよね。」

「ふぅん・・・やる気ない売り場だねぇ。ずっと見てられるのは嬉しいけど。」

「あんまりでっかいと、目が痛くなるよねぇ。」


一通り意見を述べて、黙り込む。中毒ソングが聞こえる。そして三人一緒に、目の前にある大きなテレビの前に行き、画面を突付く。しかし、月森君が言うように、ダイソンの如く吸い込まれる事は無い。ただの画面だ。


「・・・やっぱ、入れるワケないよな。」

「はは、寝オチ確定だね。」

「大体、入るったって、今のテレビ薄型だから裏に突き抜けちまうだろ・・・。ってか、何の話してんだっつの!」

「いやぁ、ホント店員が居なくて良かったね。テレビを突き抜けるだの何だの聞かれてたら、ジュネスの息子がとうとう可笑しくなったって大騒ぎだよ。」

「俺だけかよ。で、里中。お前んち、どんなテレビ買うわけ?」

「とりあえず安いヤツって言ってた。オススメある?」


花村の商売魂に火が灯ったらしい。千枝ちゃんを連れて本格的に商売しはじめた。残された私と月森君は、もう一度大きなテレビに目を向ける。この大きさなら、マジで進入余裕ですよね。私はもう一度画面の隅っこを触った。やっぱり入れない。


「ねぇ月森君。触ってみてよ。もしかしたら入れちゃうかもよ?」

「そうだな・・・やってみるか。」


そろそろと月森君が手を伸ばして、中指が少し画面に触れる。と、一気に月森君の手首辺りまでが中へ吸い込まれて行ったではないか。白い波紋を浮かべながら、月森君の手を飲み込んでいるダイソンU。悲鳴をあげなかった私を誰か褒めて。
とりあえず私は、マジで吸い込まれてしまった月森君の手が、それ以上奥へ入らないように掴む。あまりに突然のことで、私は声が出ない。花村、千枝ちゃん、ちょっと気付いて!テレビはまた今度にしよう!


「そういやさー、月森。お前んちのテレビって・・・。」

「なに?どしたの、花村。」


ああああ気付いた!気付いたなら早くこっちきて!漫才してないで!コラ!早く!私はどうしたら良いのか分からなくて、もう半泣きだ。


「うそ・・・マジでささってんの!?」

「マジだ・・・ホントにささってる・・・すげーよ、どんなイリュージョンだよ!?で、どうなってんだ!?タネは!?」

「ああああ、月森君はダイソンUに吸い込まれる・・・!わ、私が不用意に触ってなんて言ったからだ・・・!わああごめんね!ごめんね月森君!痛い?大丈夫?ごめんねええええ!!!」

「落ち着け印。俺は大丈夫、痛くないから。それに、吸い込まれてる感じも無い。」

「え?」

「今なら頭もいけそうな気がする。」

「やめてぇええ!!まず吟じてからいけそうな気がしてぇえええ!!」


私の制止も虚しく、月森君は頭をテレビに突き刺す。白の波紋が大きく波打った。これには花村も焦ったらしく、大きな声をあげる。千枝ちゃんはすげぇーっっ!!と絶叫。私は、月森君がそのまま向こうへ吸い込まれてしまうのではないかと思い、腰に巻きつく。だって相手はダイソンU!吸引力の変わらない、唯一つの大型テレビだよ!?


「中に空間がある。」

「れ、冷静に実況してないでよぅ!」

「な、中って何!?」

「く、空間って何!?」

「なかなか広いな。」

「新居探しですか!ならうちの旅館の方が良いから!向こうへいっちゃらめぇえ!!」

「ひ、広いって何!?」

「っていうか、何!?」

「やっべ、ビックリし過ぎで、モレそう・・・。」

「「は?モレる?」」

「行き時無くて、ガマンしてたってか・・・。うおダメだ!もる、もる!!」


そう言って花村はトイレへ向かって走っていく。が、すぐに戻ってきた。何がしたいの、ドMなの!?新境地を開きたいの!?


「客来る!客、客!!」

「え!?ちょっ、ここに、半分テレビにささった人いんですけど!!ど、どうしよ!?」

「月森君、月森君戻って来、て、え!?」


慌ててその辺を駆け回っていた二人が、こともあろうか私に向かって突進してくる。待って頂きたい。私も人の事を言えた義理ではないけど、落ち着いてくれ!あああああ!!
私は目をぎゅうっと瞑る。妙な浮遊感の後、なかなか大きな衝撃が身体を襲った。誰かの手が頭を撫でて、私は目を開けた。目の前には、挑戦的な笑みを浮かべた月森君が。何事かと思えば、私が思いっきり月森君の腰辺りに抱きついたままだという事が判明。私は慌てた後、とりあえず腰に巻きつけていた手を解き、地面に手を付いて身体を浮かせた。


「ごっ、ごめん月森君!重かったよね!苦しかったよね!」

「いや、俺は別にさっきのままでも構わなかったけど?」

「何言ってんだこのバカ!」

「きゃーっ!矢恵ちゃん、パンツパンツ!」

「なん、ぎゃっ!」


捲れ上がっていたお尻のほうのスカートを戻そうと手を伸ばしたら、勢いが良すぎたらしく、そのまま尻餅を付く。
膝は閉じていたが、足をハの字に開いていたため結局月森君にパンツを披露する事に。
急いで足を下ろしたものの、結局意味は成さなかったようで。


「黒。」

「ちょっ、月森!普通見たとしても黙ってるだろ!?俺みたいに!」

「あああああ!花村!お前も見たのかぁぁああ!!なっ、もう・・・!ちっ、違うもん!パンツじゃないもんスパッツだもん!」

「スパッツなら見せれるよな。ほら、もう一回見せてみろ。」

「いやぁああ!!月森君怖いよ!目が怖いよ!」

「ちょっ、こら!何やってんの月森君!あたしに蹴り飛ばされたいの!?」

「冗談だ。それより、怪我は無いか?」

「若干、ケツが割れた・・・。」

「「もともとだろが!」」

「うおっ!」


キョロキョロしていた花村が、急に声をあげた。そう言えば、さっき花村はトイレに行ったが戻ってきた・・・もしかして・・・!千枝ちゃんが私の代わりに、とうとうもらしてしまったのか、と問いかける。


「バカ、見てみろって、周り!」


そう言われて、私たちは初めて辺りを見回す。何だか得体の知れない黄色い霧が濃くてよく見えないが、ライト沢山こちらに向けられている。床には斬新なイラスト。何だか殺人現場みたい。何処かへ続いていそうな道もある。その奥は霧で見えなかった。


「こうなってたんだな・・・。」

「これって・・・スタジオ?」

「スタジオ?なら、これは霧じゃなくてスモーク?」

「でも、こんな場所、ウチらの町にないよね・・・?」

「あるわけねーだろ・・・。どうなってんだここ・・・やたら広そうだけど・・・。」

「どうすんの・・・?」

「・・・帰ろう。何があるか分からない。」

「そう、だね。・・・ちょっと興味あるけど。」

「ダメ!とにかく、一回帰ってさ!」

「帰るっつってもさー、一体どっから?ねぇ、どっから?私ら、上から降ってきたんだよ、ね・・・?」

「・・・あたしら・・・そういやどっから入ってきたの?出れそうなトコ、無いんだけど!?」

「ちょ、そんなワケねーだろ!どどどーゆー事だよ!」

「知らんよ、あたしに聞かないでよ!やだ、もう帰る!今すぐ帰るー!」

「千枝ちゃん、落ち着いてよ!こういう時は、落ち着いて口と鼻にタオルを・・・!」

「印も落ち着いて。それは災害のときだ。」

「いやもうこれ自体が災害だよ!何処だよ、謎の地下都市かーッ!!帰らせろぉお!!」

「だから、どっからだよ・・・!」


千枝ちゃんと抱き合いながら、これからを思って嘆く。もし一生出られなかったら?これなんて閉鎖空間?新世界の構築?このメンバーの中で神様的な・・・ああ、月森君・・・?月森君を見れば、彼は学校生活と相違ない態度で、何やら考え事をしているようだった。月森君が最強すぎる。そんな最強の神経の持ち主の月森君は、落ち着こう、と口を開く。


「月森君は、ホント、何でそんなに冷静でいられるの・・・っ!」

「でも、でも間違って無いよな!う、うん、落ち着いて考えよう。冷静に、冷静にな・・・。」

「クールになれ、クールに・・・!クールis私、クールis私・・・!」

「とりあえず、出口を探すぞ。」

「ここ、ホントに出口とかあんの・・・?」

「大丈夫、入り口があったんだから出口だってある!ブラックホールの出口はホワイトホール!人生の出口は死!」

「いやな事言わないでよ!」

「うん、ちょっと反省してる。後悔もしてる。」

「まぁ、出口はある!てか、無きゃ帰れないだろ!とにかく、調べようぜ。」


ちょっと躊躇った後、唯一伸びている道に足を踏み入れる事にした。私と千枝ちゃんは、互いにぎゅうと手を握り合って、恐る恐る、しかし置いていかれないように前へ進む。
前へ進むにつれて、何だかガラリと雰囲気も変わった。空は赤と黒の縞々が上から下へ流れ、真っ黒な電柱が姿を現す。とにかく、不気味。真っ暗なわけじゃないけれど、お化け屋敷のような怖さがある。それよりも怖いかもしれない。


「さっきのスタジオとは雰囲気が違いすぎる・・・!」

「建物の中っぽい感じあるけど・・・くっそ、霧スゴくてよく見えねえ・・・。」

「大丈夫?却って遠ざかってたりしない?」

「分かんねえよ。けど、ある程度カンで行くしかないだろ。」

「そうだけど・・・。」

「月森君はどうっすか・・・!一番クールなキミは、どっちへ行ったら良いと思いますか・・・!!」

「うーん・・・印が怖がる方?」

「私、月森君って言う人が分かってきた。アナタ、すっごくドSね。」


月森君はクククと喉で笑った後、前へ進んでいく。すぐに花村も足を動かす。私と千枝ちゃんは、互いに顔を見合わせてから苦い顔をして、その背中を見失う前に小走りで追いかけた。


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