02


「矢恵ちゃーん!花村がビフテキ奢ってくれるってー!」

「な、なんだってー!?」


ガバリと起きたのは放課後だった。見事に私は午後の授業をサボってしまったらしい。眠っていた私をすぐに起こした魔法の言葉『ビフテキ』。雪子は太るといって食べないが、私は女将候補とかそんなのでは無いので、本能に従って食べる。


「でも、午後の授業サボる奴には、奢ってやれないな〜。」

「今日のは特別な事情だよ!お腹が痛かったんだよ!」

「腹が痛かったら食べられないだろ?」

「ぬぅ・・・!」

「そんなの良いから!早く行こうよ!肉、肉ー!」

「印、俺の半分あげるよ。」

「え!?」

「家に帰って、菜々子が一人だったら申し訳ないだろ?」

「ああ、あの可愛い子ね。」

「「ななこ?」」

「こっちで出来た可愛い妹ちゃんよねー。」

「向こうはまだ、俺に慣れてくれないけどな。」


今日あった事とか、宿題についてとか話しながら辿り着いたのはジュネス。花村に言われるままエレベーターに乗り、最上階へと上がる。千枝ちゃんの方から不穏な空気が流れ始めた。チン、と最上階に着いた事を知らせるベルがなると、やっぱり言われるまま空いた席へ。千枝ちゃんがキレ気味。誰かカルシウム。少しすると、花村がトレーにコップとかを乗せてこっちに戻ってきた。


「安い店ってここかよ・・・ここビフテキなんか無いじゃんよ。」

「お前にもおごんなら、あっちのステーキハウスは無理だっつの。」

「だからって、自分ち連れてくる事ないでしょーが。」

「別に、俺んちって訳じゃねーって。」

「まーまー、お二人さん。良いじゃないジュネス!楽しいじゃない!ちょっ、後で無駄に寝具コーナーとか行って良い!?良い!?」

「・・・?、どういう事だ?」


月森君が、状況が分からないと言ったような顔をして首をかしげている。


「あーえと、お前にはまだ言ってなかったよな。俺も、都会から引っ越して来たんだよ。半年ぐらい前。」

「あん時のよーちゃんは可愛かったわぁ。私に泣いて縋ってきて・・・。」

「泣いてねーよ!・・・親父が、新しく出来たココの店長になる事んなってさ。んで、家族で来たってわけ。んじゃコレ、歓迎の印って事で。里中と印のもおごりだぞ。」

「「うん、知ってる。」」


ずずずっ、と吸い込めば口に広がるオレンジジュースの甘酸っぱさ。うん、オレンジは適度な酸っぱさもないとねー。ジュネスの中毒ソングが流れる中、私たちは他愛ない話で盛り上がる。


「ここってさ、出来てまだ半年くらいだけど、行かなくなったよねー、地元の商店街とかさ。」

「そう?私はたまに行くけど。」

「でも店とか、どんどん潰れちゃって・・・あ。」

「・・・別に、ここのせいだけって事ないだろ?・・・・・・。」

「・・・?」

「ホレあんたたち!月森君が話題について来れてないよ!ここはいっちょ、りせちーの素晴らしさについてでも・・・あ。」

「あ・・・小西先輩じゃん。わり、ちょっと。」

「あ!私も行くー!小西せんぱーい!」


私が小西先輩を呼ぶと、先輩は気付いてくれて手を振ってくれた。・・・しかし、その笑顔にはいつもの元気が無い。顔色も良くないようだ。この曇りの所為ではない、と思う。


「お疲れッス。なんか元気ない?」

「おーす・・・今、やっと休憩。花ちゃんは?矢恵ちゃんたち連れて、自分ちの売り上げに貢献してるとこ?」

「うわ、ムカつくなー。」

「ていうか、先輩。何だか元気が無さそうですけど・・・何かあったんですか?」

「・・・別に。ちょっと疲れてるだけ。」

「何かあったら、何でも言ってよ。俺・・・。」

「だーいじょうぶだって。ありがとね。」


本当に心配そうな花村の顔を見て、胸の奥がほんの少しだけ、苦しくなる。てめぇコノヤロウ、あれからもう半年も経ってんだぞ、いい加減にしろ。後ろに組んだ腕をキツく抓った。この気持ち悪さを無理やり押し込めて、利用できるものは利用しておいた方が良いですよ!と力説しておいた。


「あ、そうだ。」

「何ですか?先輩。」

「この前沖奈に言った時にね、矢恵ちゃんに似合いそうなピアスがあったの!」

「え、マジですか!何ていうお店ですか?」

「ふふっ、プレゼントしようと思って買ってきちゃった。」

「え・・・えええ!?そ、そんな、えええ!?」

「いーなー!先輩!俺には!?」

「花ちゃんはピアスあけてないでしょう?」

「・・・。」

「でもね、今日は家に置いてきちゃったの。また今度で良い?」

「うわっ、は、はい!そんな、いつでも!」


わー、嬉しいなぁ。っていうか私、先輩から貰ってばっかりだなぁ。今度、ドドンとお礼をしなくては。そして何の気なしに後ろを振り向く。千枝ちゃんが、昼ドラを見ている母の目でこっちを見ていた。月森君もこっちを見ていたが、何を考えているのかは分からない。千枝ちゃんが分かり易すぎるだけ?


「ハァ・・・あーもー、なんで昨日、早退なんてしたんだろ・・・。」

「「?」」

「あの子・・・もしかして、最近入ったっていう転校生?」


先輩はそう言うと、椅子から立ち上がって月森君の方へ歩いていった。私たちもそれを追いかける。


「キミが転校生?あ、私の事は聞いてる?」

「はい、さっき。」

「都会っ子同士は、やっぱり気が合う?花ちゃんが男友達連れてるなんて、珍しいよね?」

「べ、別にそんな事ないよー。」

「あれっ、じゃあ私の性別って何なのかな?かな?」

「そっ、それは・・・!」

「こいつ、友達少ないからさ。仲良くしてやってね。でも、花ちゃんお節介でイイヤツだけど、ウザかったらウザいって言いなね!」

「ウザイ。」

「印が言ってどーする。」

「花村はイイヤツですよ。」

「あははっ。分かってるって、冗談だよー。」

「せ、先輩〜、変な心配しないでよ。」

「さーて、こっちはもう休憩終わり。やれやれっと。それじゃね。」

「あ、先輩・・・。」


花村の小さな呼び止めは聞こえていたのかいなかったのか、小西先輩はスタスタとこの場を後にしてしまった。花村は残念そうな顔をして、少し乱暴に椅子に座る。私もジュースのコップを持ち上げつつ座った。全てを知ってしまっている千枝ちゃんが、面白そうな、居心地悪そうな顔をしている。ごめん。


「はは、人の事“ウザいだろ?”とかって、小西先輩の方がお節介じゃんな?あの人、弟いるもんだから、俺の事も割とそんな扱いっていうか・・・。」

「弟扱いが不満なんでちゅよねー。地元の老舗酒屋の娘と、デパート店長の息子。・・・燃え上がる禁断の恋、て・き・な!」

「バッ・・・!アホか、そんなんじゃねーよ。」

「ねぇ、千枝さん。良いですわねぇ?」

「え?ああ〜・・・。」

「じゃあ俺とどう?禁断の恋。」

「田舎娘と一年限りの・・・ってか?」


燃えねーっ、と笑う。すると、月森君もニッコリと笑った。・・・冗談、だよね?笑うところだよね?千枝ちゃんはといえば、過去の私の言葉をもう一度思い出したらしく、はぁ、とため息をこぼして口を開いた。


「そうだ・・・悩める花村に、イイコト教えてあげる。“マヨナカテレビ”って知ってる?雨の夜の午前0時に、消えてるテレビを一人で見るんだって。で、画面に映る自分の顔を見つめてると、別の人間がそこに映ってる・・・ってヤツ。それ、運命の相手なんだってよ。」

「ああ、そんな話、印から聞いたな。」

「雨の夜っていうのは知らなかったよ。」

「お前、よくそんな幼稚なネタでいちいち盛り上がれんな。」

「よ、幼稚って言った?信じてないんでしょ!?」

「信じるわけねーだろが!」

「印はやったの?」

「月森君、聞いて驚きなさい。私の就寝時間は21時よ。」

「早いな。」

「昨日より早くなってんじゃねーか!」

「矢恵ちゃんもやってないの!?だったらさ、ちょうど今晩雨みたいだし、みんなでやってみようよ!」

「やってみようって・・・千枝ちゃんもやってないんじゃん!」

「久し振りにアホくさい話を聞いたぞ・・・。それより、昨日のアレって、やっぱり“殺人”なのかね?」

「!」


私の身体が強張る。そんなに大げさに震えたわけじゃないから、みんなにはばれてないようだった。


「実はその辺に犯人とか居たりしてな・・・ひひひ。」

「花村!後ろ!!」

「へ!?あ、うわあ!」


ガターン、と花村は椅子さら転げ落ちる。机が少し揺れた。ちなみに花村の後ろには誰もおらず、しいて言うならば斜め後ろに座っていたお姉さんがビックリしているくらいだ。もっと言えば、売店の人もビックリしてこっちを見ている。ジュネスの息子が椅子から落ちた!
本当は少しビビらせるつもりだったのだけど、花村は相当驚いてしまったらしい。きっと私の演技力が良かったのだろう。私の演技力も捨てたもんじゃないなぁ。しかし、ほんのイタズラのつもり・・・ではなかった。半ば本気だった。面白がるなよ。人が死んだんだ。


「そういうの面白がってんじゃないよ。幼稚なのはどっちだかねぇ・・・。」

「び、びっくりした・・・!」

「とにかく、今晩ちゃんと試してみてよね。」


こうして、今日のところは解散という事になった。
旅館の前にはカメラマンやらリポーターやらが待機している。暇人どもめ、もっと他のニュースをやったら良いのに。私はこそこそと木や茂みに隠れながら、旅館の裏口から帰宅をした。今日は夜更かしをしないといけない。ご飯を食べたら洗い物でも手伝おう、と思った。


「で、後5分か・・・。」


ズズッ、と先程淹れたお茶を飲みながら何も映っていないテレビの前で待機する。温かいものを飲んだ所為か、一気にまぶたが重くなった。しかし、折角ここまで起きたのだから、寝るわけにはいかない。もう一口、お茶を啜る。デジタルの時計が、もうすぐ0時を知らせようとしていた。


「!」


ボウ、とつけていないはずのテレビから光が放たれる。ピーだのガーだの、とても快いとは思えない音が鼓膜に届く。私は湯飲みを両手で持ちながら固まる。噂なんて所詮噂だと思っていたのに。明日は千枝ちゃんをからかうつもりだったのに。

砂嵐から時々、カラーで何かが映る。目に付いたのは自動販売機。そして、人。コマ送りのように、一瞬一瞬が映される様子を見ていると、その人は何かから逃げているようだった。その人は、見たことのある人だった。しかし、場面が一瞬すぎて誰だかは特定できない。うちの高校の制服・・・女子だ。もう一度、もう一度映して。その願いは叶わずに、テレビは光を放つのをやめた。未だ固まっている私の姿がテレビに映る。

うーん、謎だ。運命の相手と言うなら、女子っていうのは・・・うーん?もしかして、私はこの高校生活で何か趣旨が変わってしまったのだろうか。いや、恋愛が余りに上手くいかないからって、そんなまさか。運命の相手は女の子かもしれない。冷めたお茶を気にせず飲み干し、頭にぐるぐるとその言葉を回しながら布団に入った。
20090426*20101227修正

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