掴まれた
うげぇっ、雨だ・・・!
「行ってきますよー。」
ガラララ、と玄関の戸を開けて、いつも通り雪子より遅く出る。ボロい水色の傘は、何処かに穴が空いているからか、私の頭に水滴を落とした。傘の意味って何だっけ。
いつもの場所にはもう花村が居た。透明のビニール傘を差しつつ、チャリに跨って音楽を聴いている。
「花村ー。おまたへ。」
「お、時間通りだな。俺の予想じゃ慌てて走ってくるかと・・・。」
「私だってやれば出来る子なの!つーか、今日ニケツ大丈夫?」
「印が俺の傘差して、雨を避けつつ扱げば良くね?」
「あんたにそんな高等技術が・・・?」
「とにかく行こうぜ!乗った乗ったー!」
少々心配だけど、いざとなれば一人で戦線離脱すれば大丈夫。花村だけが痛い思いをするのだ。私は私の傘をすぼめて、花村の傘を貰う。花村が濡れないように注意しながら、私が後ろに立ち乗った。この不安定な走り出しは、相変わらず変わっていない。
「そーいえばさー、昨日転校生に会ったよ。」
「転校生?」
「そ、都会から来た男の子だった。」
「へー。じゃあ俺と同じって訳か・・・。」
「あの綺麗な顔立ちは、女子の人気を掻っ攫っていくだろうね。」
「は!?え、うおっ・・・!」
「ひっ!ちょ、おま、何でバランス崩して・・・っ!」
フラフラ、グラグラと花村運転のチャリは進む。こういう時、花村はブレーキを握ろうとしないのがダメだ。何故進もうとする!止まれ、止まるも勇気だ!しかし余りの不安定さに、そんな言葉もかけられないわけで。
「さらば花村!」
「なぁ!?」
私が濡れた道路に見事に着地する頃、花村は電柱に突撃していた。この光景を見るのは全く初めてじゃないけど、いつでも笑える。いつでも面白い。
「う・・・おごごごごご・・・。」
「ぶっ、ふふっ・・・は、はなむら・・・だいじょ、ふふふふっ・・・!」
「てめっ、印・・・!」
「そっ、それ以上、息子ちっちゃくさせて、どうするつもりっすか・・・!ぶはっ!」
涙目で睨まれても何にも怖くない。むしろ笑いを誘うだけだ。ちなみに、勿論花村の息子なんて見た事が無い。だがしかし、どんなものであれ粗チンと貶すのがこの私!
ふと、こっちを見ている誰かの存在に気付いた。銀色の髪、真新しい八高の制服。ああ、昨日会った月森君だ。にひひ、と笑いながら手を振ると、彼もまた笑って返してくれた。行っていいよ、と手で合図すると会釈して歩き出す。私は、いつ回復するか分からない花村の様子を少し観察し、結果花村のチャリだけを引いてゆっくり歩き出した。
「おっはよー!」
「おはよー千枝ちゃん!」
「これから同じクラスだね、宜しくー!」
「よろしこー。ビックリしちゃったよ、雪子と千枝ちゃんと、花村までいるんだから。」
花村は今、自分の机の上でグッタリとしている。ちなみに、隣の席が私だ。前には千枝ちゃん、雪子の順番でいる。偶然にも程があるだろう!とは思うけど、悪くは無いので素直に受け取っておく。
窓際で話しているクラスメイトが、転校生の話をしていた。どうやら、このクラスにやってくると言う噂。・・・え、このクラスなの?このメンバーだっていう驚きが勝って、全く他の人の名前を見ていなかった。
「都会から転校生・・・って、前の花村みたいじゃん?・・・あれ?何朝から死んでんの?」
「や、ちょっと・・・頼むから放っといたげて・・・。」
「花村のやつ、どしたの?」
「さあ・・・?矢恵は知ってるの?」
「まーね。でも気にする事は無いよ。敢えて言うなら・・・男の苦痛?ぷ、ふふっ。」
と、そこで少し乱暴にドアがガラララッと開いた。私を含むクラスメイトたちは、ダルそうに自分の席へ行く。入ってきたのは、金ちゃんと月森君。月森君は、少し驚いた顔をして私を見た。私はちょっとだけ笑う。
「静かにしろー!今日から貴様らの担任になる諸岡だ!いいか、春だからって恋愛だ、異性交遊だと浮ついてんじゃないぞ。ワシの目の黒いうちは、貴様らには特に清く正しい学生生活を送ってもらうからな!」
「やーん、金ちゃんカッコイー。」
「印!!貴様は特にだ!そのスカートの短さは何だ!?」
「そんなん、前からじゃないっすかー。脚を見せるのは、若いうちしか出来ないんですよ?」
「貴様というヤツは・・・!大体、」
「はいはい金ちゃん、落ち着いて転校生紹介をば。」
「くっ・・・!不本意ながら、転校生を紹介する。ただれた都会から、へんぴな地方都市に飛ばされてきた哀れな奴だ。いわば落ち武者だ、分かるな?女子は間違っても色目など使わんように!いいか!印!」
「使わないっつの!」
「では、月森孝介。簡単に自己紹介しなさい。」
「誰が落ち武者だ。」
教室の空気が凍りついた。今、表情を変えずに言い返したのは、月森君?金ちゃんと月森君が睨み合っている。シンと静まり返った空気の中、金ちゃんが低い声で言った。
「む・・・貴様の名は"腐ったミカン帳”に刻んでおくからな・・・。いいかね!ここは貴様がいままで居たイカガワシイ街とは違うからな。いい気になって女子生徒に手を出したりイタズラするんじゃないぞ!」
そこで、月森君がチラリと金ちゃんから目をそらして、私を見たような気がした。・・・気のせいかな?金ちゃんは気にしていない様子で、ずるずると話を続けていく。
「・・・と言っても、最近は昔と違って、ここいらの子供もマセてるからねぇ。
どーせヒマさえあれば、ケータイで出会い系だの何だのと・・・。」
金ちゃんの話はまだまだ続く。うーん、後何分くらいで終わるかなぁ。いつも通り聞き流しても構わないのだけど、ずっと立ちっぱなしの月森君が可哀想だ。当の昔に腐ったミカン帳に名を刻んだ私が言ったところで、話がまた長引くだけ。頬杖を付いて少し考えた後、私は極力小さな声で千枝ちゃんに話しかけた。
「千枝ちゃん、ちょっと金ちゃんの話を止めておくれよ。」
「えっ、ええ!?」
「だって、立ちっぱなしの月森君が可哀想だよ。」
「う、うーん・・・。」
「ほら、千枝ちゃんの隣空いてるからさ、きっと月森君そこの席だよ。だからこう、それとなく・・・。」
「その『それとなく』を教えてよ・・・!うー・・・あー・・・センセー。転校生の席、ここでいいですかー?」
「あ?そうか。よし、じゃあ貴様の席はあそこだ。さっさと着席しろ!」
「千枝ちゃんグッジョブ・・・!」
これを期に、金ちゃんの話が早めに終わりそうな事を悟ったのか、クラスの雰囲気がいくらか柔らかくなった。良かった良かった。私も、聞き流すのは得意だけど長い話が好きなわけじゃないからね。
「アイツ、最悪でしょ。」
千枝ちゃんが月森君に話しかける。
「まー、このクラスんなっちゃったのが運の尽き・・・1年間頑張ろ。」
「だーいじょうぶだって、いざとなったら私が助けてあげるし。」
「ありがとう。」
「静かにしろ、貴様ら!出席を取るから折り目正しく返事しろ!」
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