そう真新しくもない、かといって古くささも感じられない。
そんなアパートの一室で、一人の青年が一人の少女に説教を受けていた。
「あのねとうま。そりゃあ去年思いっきり失敗したのはみことから聞いているし、残念だったんだよ。でもだからって言って、諦めるのは良くないかも。この指輪だって絶対そう言ってるんだよ」
「いやいやインデックスさんや、指輪は喋りませんのことよ」
「き、ぶ、ん、の、も、ん、だ、い!!!!」
「……はい」
銀髪の少女インデックスは、目の前でうなだれている家主の青年、上条当麻に檄を飛ばす。
二人の間には別珍でラミネートされている濃い青色の小さなケースが置かれている。
本来であれば昨年の今日、一人の女性に贈られるはずだったものだ。
「でもなぁインデックス。あんだけアクシデントが重なったら流石の俺でも凹むぞ!?」
「あれだけって?待ち合わせ場所に行く途中で迷子のお母さんを探してあげて、産気づいた妊婦さんに救急車を呼んで、来るまで付き添ってあげて、道に落ちてたバナナの皮で転んで、でんしゃが突然トラブルで一時間止まって、指輪を落として、挙げ句の果てに予約してたお店がてろりすとーに占拠されてただけなんだよ!」
「よく知ってるじゃねーか!」
「みことともとはるに教えて貰ったからね」
インデックスが得意気に胸を張ると、上条はその逆にぐたりと肩を落とす。
結局そのテロリストは上条とその女性の2人で鎮圧され、今はどこかの塀の中に入っている。お互いに面倒を避けるため警備員が来る前に彼らはレストランから離れ、当初予定されていた星付きレストランではなく、古びた屋台で食事をした。
北風が吹き荒ぶ中、熱いおでんを楽しそうに一口ずつ食べる彼女が可愛かったと言うことだけが上条にとって唯一の救いだろう。
しかしここまでピンポイントに不幸な偶然が重なると、不幸慣れしている上条とて、『もしや神様は俺と彼女が結ばれることをよく思っていないんじゃないか』などと言う思考に落ち着いても不思議ではない。
つまりのところ、何とか今年も逢う約束は取り付けたものの、直前になって怖じ気付いてしまったと言うことで。
「……」
「……ねぇとうま。主は乗り越えられない試練を迷える子羊に与えたりはしないんだよ」
初めてあった頃とそう変わらない、黒くツンツンにセットされた髪を、少女の白い手が撫でる。
先程までの激しいモノから一転し、柔らかく包み込むような声が薄いピンク色の唇から紡ぎ出された。
「迷子のお母さんから凄く感謝されたし、無事に赤ちゃんを産んだお母さんからはお礼の手紙と写真を貰ったね?指輪もちゃんと親切な人が交番に届けてくれたから、今こうしてとうまの手元にある。不幸なことばっかりじゃ無かったんだよ」
「……」
「私の為にロシアまで来てくれたとうまが今更、この程度の不幸でゆりこのことを諦めちゃうの?」
「っ、それは、」
インデックスの口から具体的な女性の名が出ると、上条は反論の為にハッと顔を上げる。
反応を引き出せたことに内心ガッツポーズを取った彼女は、彼を発奮させるために更なる言葉を重ねていく。
「そうだね、ちょっとの不幸で悄げてしまうようなとうまじゃゆりこを背負うには頼り無いかも。ていとくやぐんはの方がゆりこには良いかもね」
「……っ、そんなわけねぇだろ!!」
彼女の狙い通りに。着火した彼の目には明確な意志が宿り、貫くように彼女を見る。
インデックスはその表情に満足すると、小さなケースをそっと手に取り、上条の手に握らせた。
それから、柔らかな碧色の目で優しく笑む。
「だったら、早く行かないと。去年は三時間前に出発して色んなことに巻き込まれたんだよね?約束の時間まで、あと1時間。早く行かないと本当に間に合わなくなっちゃうんだよ」
「……ああ!」
手の中の箱をしっかと握り締めた上条の目に、先程までの迷いはない。力強い言葉を返した彼はすっくと立ち上がると、ハンガーに掛けられていたジャケットに袖を通した。
学生の時から使い倒しているストライプ柄のマフラーを首に巻きながら玄関へと向かい、慣れたスニーカーを履く。
インデックスはその動作を見守りながら、にこにこと柔らかく笑んだままだ。その表情に少しの気恥ずかしさを覚えた上条であったが、今更何の隠し事も出来ないと腹を括る。
「じ、じゃあ行ってくる!ありがとな、インデックス!」
「どういたしましてなんだよ、とうま。気を付けてね」
「あぁ!」
短い言葉を返した上条の足音が徐々に遠ざかっていく。
やがて彼の足音が聞こえなくなった頃に、インデックスはにやりと、不敵な笑みを浮かべた。

「私がわざわざイギリスから来たのは、とうまを励ますためだけじゃないんだよ」




「あれ、お出掛けするの?って、ミサカはミサカは尋ねてみたり」
「あァ。日付が変わるまでには帰ってくる」
ほぼ同時刻、某マンションの一室にて。
白いファー付きジャケットに袖を通した女性が、現代的なデザインの杖に体重を預けながら靴を履いていた。
「了解しました!って、ミサカはミサカは敬礼をしてみたり!」
「おォ。……遅くなる時ァ、また連絡する」
その言葉で『誰とどのような用事であるのか』を補足した茶髪の少女は、ふにゃりと満面の笑みを浮かべ。
「ふっふっふ。やだなぁあなたったら。二十歳を過ぎたオトナのすることに口を出すほど野暮じゃないよって、ミサカはミサカはにやける口元を隠してみたり」
「……チッ。マセやがって」
苦々しげに言葉を吐き捨てる彼女であったが、本心から不快に思っているわけではないようだ。
靴を掃き終わった彼女は音も立てずにそっとドアを開けると、「行ってくる」とだけ呟いてドアを閉めた。
カツカツと言う音が聞こえなくなった頃に、打ち止めは懐から携帯電話を取り出した。

「口は出さないけど、お手伝いはさせてもらうねって、ミサカはミサカは呟いてみたり」






今晩も、昨年同様に冷え込みが厳しい夜になる。
街頭に設置されている巨大なテレビモニターを見下ろしながら、ビルの屋上に青年の声が響く。
青いサングラスの下に隠されている眼は、穏やかに細められていた。
「A地点。異常ナシですたい、どうぞ」


ノイズの混ざった通信を拾いながら、繁華街の一角で少女の声が響く。
「B地点。スキルアウトに襲われている少女を保護しました。とミサカは報告します、どうぞ」


身に受けたアクシデントと同時にやってきた定時連絡に、少し焦りながら。青年は続いて報告する。
「C地点、産気づいた妊婦さん確保!俺は今から病院に付き添ってっから、ここの連絡はえーと、」
「ここの管轄は僕が引き受けるよ」
恐らくは妊婦の為だろう。彼はさっと携帯灰皿で煙草の火を消す。
「マジで?!んじゃ、そーゆー感じで宜しくどうぞ!……大将も大変だなー……」


騒がしい通信を電磁波で受信しながら、茶髪の少女は腕を組み、ビルの屋上で周囲一帯の交通情報を報告する。
「D地点。異常なしよ。信号もオールグリーンに設定済み。……ほんっと、さっさとくっつきなさいよあのバカ!!!どうぞ!!!」


「おいおい、もう少し声を小さくしてくれないか。耳に響いて仕方がない」
半ば八つ当たりじみた通信を受けた金髪の少女は、気怠げに言葉を返した。白いワンピースに黒いタイツ、更に白いハイヒールを履いた彼女の横には、明るい茶髪の青年が立っている。
その背からは彼女の服と同じほどの。若しくはそれ以上の白さを湛えた六枚の羽根が伸びていた。
「何だって?」
「全エリア異常なしだそうだ」
「そりゃ良かった」
彼らの足元には、本日、『彼ら』が食事をする予定のレストランでテロリズムを予定していた不届き者達が転がっている。
尖ったヒールの先と、丁寧に手入れされた革靴の底はそれぞれ、彼らの背中を踏みつけていた。
「E地点。制圧完了、異常なしだ。どうぞ」



「うむ、みんなご苦労様なんだよ!」
「褒めてつかわす、とミサカはミサカは陰ながら努力するみんなを労ってみたり!」
本部とも言える二人の少女が、それぞれに言葉を返す。彼女らが居るのは、二人の待ち合わせ場所である第七学区の某公園だ。

不幸な偶然など、幸福な必然で埋め尽くしてしまえばいい。


神をも恐れぬそんな思いから計画されたこのオペレーションは、いよいよ開始されようとしている。









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