人々が足早に行き交う十二月某日。
S.I.V.A某国支部にて、大量の玩具と睨めっこをしている少年が2人いた。

「なぁクライブ。これはどっちの箱だ?」
「あ?……右の箱だ。これも付けといてくれや」
「了解した」
やりとりの後、くすんだオレンジ色の髪を肩口まで伸ばした少年。クライブは、対する黒髪の少年カミヤに小さく折り畳まれた便箋を渡した。
カミヤはそれを手に持っている、小さな箱を可愛らしく包んでいる包装紙の隙間に差し込むと、指示通りに箱を置いた。
彼らの目の前には大きなダンボール箱が二つ並んでいる。その中にあるのは大小はあれど皆同じ、リボンと紙で包まれた玩具である。
「それにしても凄いな。これ全部プレゼントなのか?」
「うるせぇよ。オレのもん買ったついでだついで。さっさと手ェ動かせ」
「うむ」
彼から諫められたカミヤは素直に頷くと、ダンボール箱の側面に貼り付けられている、お世辞にも綺麗とは言えない字で表されたリストに視線を戻した。
そこには、人名と玩具の名称が載っている。
つまりカミヤは、書かれている内容の通りに梱包すると言う単純作業を行っていたのだ。
そしてクライブはと言えば、ペンを持ち、膝に置いた便箋の束に何やらメッセージを書き込んでいる。
どうやら、彼の周りに散乱している絵手紙への返信らしい。
クレヨンで画用紙一杯に描かれたそれらは決まって「ありがとう」「あなたのようになりたい」「だいすき、わたしのヒーロー!」と、彼に対する思いが溢れている。
舌打ちをしながらペンを走らせ、時に便箋を破って丸めるクライブの様子を見る限り、中々返事に苦戦しているようだった。
メッセージ付きのプレゼントを全て梱包し、残りはクライブ待ちと言う状態に陥ったカミヤは、そっと移動し彼の横に腰を下ろした。
「手紙、見ても良いか?」
「勝手にしろ」
「おう」
持ち主の許可を得たカミヤは子供らの思いが詰まった画用紙をそっと手に取り、まじまじと眺める。
中央に、オレンジ色の長い髪。そして目つきの鋭い大人が描かれている。周りには子供がたくさん描かれていて、その中の一人が矢印で「わたし!」と示されていた。
もう一枚を手に取れば、人物は変わらずに。しかし大きな銃で鋼鉄虫を撃っている様子が描かれている。
どちらも共通して読み取ることが出来るのは、クライブに対する尊敬と愛情の感情だ。
その微笑ましさについにやけていると、クライブが再び便箋を破り、丸めて捨てていた。
「うん、やはり子どもは可愛いな!ほら、この子なんて『しょうらいのゆめはあなたのようなひとになることです』だって」
見ているこちらが癒されるようなイラストを彼に見せれば、代わりに苦々しげな舌打ちが返される。
「ケッ。何言ってやがる、オレみてェになりたい?バカじゃねぇのか。んなこと言うヒマあんなら勉強でもして学校行けってンだよ」
「?どうしてだ?」
カミヤは至極素直に、抱いた質問をクライブに投げ掛けた。焦げ茶色の澄んだ目は、彼に子供たちの陰を背負わせる。
クライブはがりがりと頭を掻きながら、便箋から視線を移すことなくその問いに返答した。
「……お前に言う必要ねぇだろ」
そう言った彼は一度息を吸うとぱたりとペンを置き、カミヤの手から画用紙を奪い、その中身に視線をやる。
規格内に収められたそのメッセージは、本当に柔らかで暖かかった。
しかし発信者である子供らは、なぜクライブがハウンドを志したのかを知らない。
そして孤児院の大人達は知っているだろう彼の過去も、知らない。
大人達が教えないのはきっと、大人達自身の体面の問題だろう。そう穿った考えがまず先に思い浮かぶ自身に苛立ちながら、クライブは静かに息を吐いた。
彼の、長めの前髪で隠れがちな青い眼が伏せられる様を眼にしたカミヤは、胡座をかいていた足を静かに組み直し。
クライブの言葉に噛み付いた。
「必要ないとはなんだ!俺達は仲間なんだから、些細な悩みでも相談しあって解決すべきだろう!ほら、話して見ろ!」
「ぁあ?!俺より下のガキに相談することなんかなんもねぇよ!」
珍しく感傷的な気分に浸っていたというのに、カミヤが発する熱の籠もった言葉で引っかき回される。
彼自身はそのことを自覚していないらしく、尚更にクライブへと反論した。
「だったらサイードやホダカさんなら話すんだな?よし、今呼んでくるから待ってろ!」
「ああああ余計なことすんじゃねぇえええっ!!!」
思い込んだら一直線。良くも悪くも実直な彼は、言葉を発した直後に行動に移してしまう。
クライブは立ち上がり掛けた彼の服を掴むと、床に散乱している絵手紙や玩具に被害が無いように引き倒した。
「おふっ!」
「機会がありゃあそのうち話してやらぁ!それまでは余計なことすんなよ?!わかったか!!」
「う、うむ!了解し……、っだから関節決めるのは止めてくれ!」
俯せに倒れ込んだカミヤの動きを完全に封じるため、彼は流れるような動作で彼の右腕を背面へと捻じ曲げていたのだ。
言質を取ったクライブは安堵したように溜息を吐き、カミヤの腿の上に座り込んだ後に右手を解放した。
咄嗟の動きで乱れてしまった髪を耳に掛け撫でつけていれば、カミヤの楽しげな声が鼓膜を揺らす。
「なぁに笑ってんだよ、気持ち悪ぃなお前」
「い、いやな。ここに来たばかりの時のことを思い出したんだ」
下半身はクライブの体重が掛かっているので身動きは取れない。カミヤは解放された両手を床に着くと、腰を少し捻らせ、クライブへと視線をやる。
「背後から肩を掴まれて、振り返ったらいきなり殴られたからな。中々衝撃だった」
「……あぁー、アレな。んなこともあったなぁ、そう言えば」
「最初はどうなることかと思ったが、今はこうやって笑いあえる関係だ。意外と何とかなるものなんだな」
苦笑いを浮かべながらもそう発するカミヤの顔に陰はない。その表情から含みを感じ取ったクライブは、率直に尋ねて見せた。
「……んで?何が言いてぇんだよ」
「だからな、同じだろ。俺は今、お前のことを大切な仲間だと思ってる。絵手紙をくれた子ども達も、お前のことを鋼鉄虫と戦って、地球を守って、玩具までくれる優しいお兄ちゃんだと思ってる」
温かな言葉に耳を。
真っ直ぐ射抜いてくる視線に目を奪われたまま、クライブは黙ってその言葉を受け入れる。
「お前の過去は良く知らないが、過去よりも未来よりも今。お前の言葉通りに判断するんなら、今のお前は間違い無く立派なヒーローだと思うぞ、俺は」
「…………ッ」
最後ににこりと笑ったカミヤの表情は、クライブには酷く大人びたものに見えた。
自分より年も背も下で、武器の扱いにもまだ不慣れな箇所が多いはずのこの少年を、どうしてその様に見てしまったのか。
それを理解した瞬間に自然とクライブの顔は真っ赤に染まり、一部始終を見ていたカミヤが不思議そうな声を上げた。
「ん、どうした?顔が赤…」
「うるっせぇえ!!こっち見んな!!」
顔を逸らし、カミヤから距離を取ろうとした彼が膝を浮かせたことで、そう重くはない体重の重心が移動する。
彼の支配から抜け出す好機だと判断したカミヤが足を引き抜くように動かせばどうなるか、答えは明確だった。

どて、と派手な音を立てた後、バランスを崩したクライブは仰向けになったカミヤに身を預けるように倒れ込んだのだ。

「おい、大丈夫か?」
「……うるせぇ。お前が妙なこと言いやがるからだ」
口で悪態を吐くものの、未だ顔の火照りは治まらない。つくづく、この少年に掻き乱されていることを実感していると、追い打ちと言わんばかりに部屋のドアが開いた。
「おーい、二人とも。飯が出来たって……」
入ってきたのは、少年達より一回り以上年の離れた男だった。彼らが1センチの隙間もなく身体を密着させている光景を目の当たりにした彼が次に取った行動は、
「今日はエレナがボルシチを作ってくれ……えっ?やだどうしたのサイード!前が見えないじゃない!」
これ以上の被害を食い止めることだった。
サイードと呼ばれた男は数々の修羅場を潜り抜けた自らの技巧を余すとこなく発揮し、自分の直ぐ後ろに来ていたポニーテールの少女が掛けていた眼鏡を取り上げたのだ。
案の定抗議が上がるが、サイードはとぼけてみせる。
「いやすまん、眼鏡に小さな虫がいた気がしてな。あの二人はちぃとばかし取り込み中みたいだ、後から行くってよ」
「え?え?そうなの?じゃあエレナには2人の分を残しておくように伝えておかなきゃね」
「はァ?お、オイ!サイード!アンナ!」
両名の微妙な空気を察知し、慌てて身体を起きあがらせたクライブが声を上げるが、アンナと呼ばれた少女には届かない。
踵を返した彼女の背中を見送った後、サイードはそっと両名に振り返る。
「…………」
言葉は無かった。
逞しい彼の肩越しに示されたのは、そっと立てられた親指だけだった。
「?」
カミヤが意味も分からずに同じ仕草を返すと、サイードは満足げに数回頷いた後ドアの向こうへと戻ってしまう。
状況を把握したクライブは声にならない悲鳴を上げると、慌てて立ち上がり出口へと足を向かわせた。
「おい待て冗談じゃねぇ!!ナニ勘違いしてやがる!!」
逆に。
全く状況の把握が出来ていないカミヤは、梱包を途中で放り出されたプレゼントを放っては置けないと立ち上がる。
そして、誤解を解こうと既に廊下を走るクライブを追い掛けながら声を掛けた。
「おい、まだ最後まで終わって無いじゃないか!中途半端は良くないぞ!」
芯の通った力強い声は良く通り、廊下にも反響した。それにいち早く返事をしたのはサイードだ。自らを追ってくる気配に振り向くと、諫めるように言葉を吐く。
「そうだぞクライブ、中途半端は良くねぇな。途中で放り出されるとつれぇんだ。特に若ぇんだからよ、アイツは」
はっはっは、と本気か冗談か判断しがたいアドバイスを受けたクライブのこめかみに、ひくりと青筋が浮かぶ。
「……妙なこと、口走ってんじゃねぇぞ!カミヤぁああああ!!」

支部中に響き渡ってもおかしくないと感じるほどの激しいクライブの怒号のせいなのか。
どこかの屋根から積もった雪が落ちる音がした。









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