『危ない!避けて下さい!!』
酷く切羽詰まった様子で叫ぶオペレーターの声が、耳に障った。



「………」
S.I.V.A施設内のミーティングルーム。
ハウンドの監督役であるホダカは沈黙したまま、その整った顔立ちの眉間に深い皺を刻み込んでいた。
彼女の視線の先には、先ほど終了したばかりのミッションの戦果が記された書類がある。
主目的は、巨大エネミー『ヘカトンケイル』の討伐。
その目的は見事に達成され、亡骸となった同エネミーは小さな欠片一つ残さずに、また新たな武器を生産する素材へと姿を変えた。
エネミーの生態についても解明が進み、政府が掲げる『鋼鉄虫の根絶』と言う目標についてもまた一歩近付くことが出来ただろう。
しかしホダカの表情は芳しくない。
書類の下部、鋼鉄虫討伐時における損害項目がその表情を作り出していたのだ。
「……」
書類には画像データが印刷されていた。
くすんだオレンジ色の髪を肩に付く程度まで延ばし、不敵に口の端を吊り上げた笑みを浮かべている青年がそこに映し出されている。
彼の名はクライブ・ロックハート。
酷く好戦的な性格をしており、素行に多少の問題はあるもののハウンドとしての能力は高い。
『生き抜く』と言う点については他のハウンドの比にならないほどハングリーだ。
その彼が、スティールスーツを全損させられた挙げ句、全治2ヶ月もの怪我を負わせられたのだ。
今現在ホダカの目の前にいる、薄く茶色がかった黒髪の少年の手によって。
「……」
「……」
ミーティングルームには2人の人間が居たのだ。件の加害者であるカミヤ・シンはホダカ以上に顔に陰を宿らせ、一言も発さない。
不幸な事故の原因は、フレンドリーファイアだ。
ミッション終了直後、たまたまカミヤが発した弾丸がたまたまクライブの近くに設置されていた爆薬に着弾し、発火。
他に参加していたサイード・ナジムとエレナ・ザハロフには被害はなかったが、その爆発に巻き込まれたクライブは大怪我を負ってしまったのだ。
誰が悪い、と言う犯人探しをするのであれば、誰もが迷うことなくカミヤを指すだろう。
しかし戦闘直後、高揚した精神状態であったこと。更に彼がまだ十代半ばの少年であること。
100%の過失を問えるかと言えば、答えはノーだ。
指導役であるホダカは充分その事情を理解しており、またカミヤも自らのミスから逃げ出すほど無責任な性格をしていない。
恐らくはホダカや他の人間が思いつく限りの責め句を自らに吐いているだろう。
「……」
「……」
その為、彼女は彼を責める言葉を吐かない。
本当に小さく。彼に気取られないように小さく溜め息を吐いた彼女は書類を机に置くと、椅子から立ち上がった。
こつこつとヒールを鳴らしながらカミヤに近付いた後、声を掛ける。
「……私が何を言いたいかは分かるわね」
曖昧な言葉は具体的な罵倒が含まれないだけ、尚更に彼の心を苛んでいく。
カミヤは声を掠れさせながらも、確かな返事を返した。
「はい」
「そう」
短い受け答えだった。
「なら良いわ。今日はもう休みなさい」
「……はい」
退室許可を下したホダカは、そのまま自動ドアへと歩みを進める。退室のために暗証番号をテンキーで入力しようと丁寧に手入れされた指先を伸ばしたとき、携帯している通信デバイスが着信音を奏でだした。
「はい、ホダカです。……はい、……そうですか。ご連絡ありがとうございます。……はい、どうか宜しくお願いします」
カミヤの耳に届くのはホダカの声だけだ。
しかしこのタイミングで、彼女があのような反応をする連絡はと言えば、答えは一つしかない。
ぴ、と小さく音を立てて通信を切ったホダカはカミヤに向き直ると、たった今得たばかりの吉報を吐き出した。
「クライブの意識が戻ったそうよ。今は現状を把握出来ていないようだから、時間を置いて面会に行きなさい。それじゃあ」
そう、言うだけ言った彼女はカミヤからの返事を聞くこともなく、さっさと退室してしまった。




「……んで?何やってんだオマエは」
「俺に出来る限りの行動で、誠意を見せている」
意識が戻り、容態が安定し、かつ精密検査の結果隠れたダメージが見つからなかったクライブは、救急医療棟から一般医療棟に移されていた。
数少ない正規ハウンドとして一定の地位を築いている為に待遇もそれなりに良いもので。
彼に割り当てられた日当たりの良い個室で、カミヤは入室早々床に手を着いた。
つまりは、土下座だ。
「ンなことしてオレの怪我が治んのかよ。意味が分からねぇ」
「……本当に、ごめん」
今、クライブの左腕と左脚は骨折している。整った顔立ちの左半分はガーゼで覆われており、残った右目で彼はカミヤの土下座を視界の端に映していた。
誤爆に巻き込まれた、と医療スタッフから説明を受けた際に彼が一番最初に感じたのは、自信の不甲斐なさだ。
自分より格下であるはずの、ヒロイズムに酔っている少年の暴走を見抜くことが出来なかった、と言う。
「……あー、クッソうぜぇ!ここの治療費も、スティールスーツの修理代も、オレが復帰するまでの報酬保証も、全部テメェに被せるからな!それでイーブンだ!さっさと顔上げやがれ!」
「……、ああ、ぶっ?!」
言われるがままに顔を上げたカミヤに、クライブが投げた枕が命中した。
不甲斐なさは確かにあったが、腹立たしいことも無いことはないのだ。可愛らしい暴力でストレスを発散した彼は、舌打ちをしながら体勢を直す。
その際に着ていた病院着の襟元がはらりと乱れ、白い肌に浮かぶ華奢な鎖骨がカミヤの目に焼き付いた。
「まぁ?良い機会だと思って休んでやンよ。オレ様の手助けが無ェからって腑抜けんじゃねェぞ」
「……ああ」
枕をクライブのベッドに戻したカミヤは、サイドに置かれている簡素な丸イスに腰を下ろす。
随分と柔らかくなった空気の中で、クライブは皮肉混じりに口の端を歪めながら言葉を吐いた。
「つーかよォ。オレがもしハウンドに復帰出来なくなってたらどーするつもりだったんだぁ?ドゲザじゃすまねーぜ、ヒーローさんよ」
「うーん。……そうだな」
問われたカミヤは、顎に手を当て酷く真剣に考え込む。



同時刻。同施設内の連絡通路にて、窮屈で我慢ならないと言わんばかりにに制服の胸元を開いた体格の良い中年の男、サイード・ナジムが、偶然目の前を歩いていた銀髪の少女、エレナ・ザハロフに声を掛けていた。
「ようエレナ。今暇か?」
「特に用事はありません。どうかしましたか?」
変わらない表情と抑揚のない声で返される言葉に普通の人間は威圧感を覚えるが、こうしてある程度打ち解けている間柄では、特に気になることはない。
サイードは手に提げている小さな袋を掲げると、エレナに返答した。
「クライブの奴意識が戻ったらしいんでな、見舞いだよ。ホダカに聞いたらカミヤも見舞いに行ってるらしいし、ま、励ましてやろうかとな」
ふむふむと首を縦に振っていたエレナは彼からの説明を聴き終わると、相変わらずの調子で返答する。
「見舞いの件は了解しました。私も同行しましょう」
「おお、そりゃあ嬉しいな」
「しかしカミヤ・シンを励ますと言う件については了解しかねます」
「ん、なんでだ?」
行動を共にすると決めた時点で、両名は同じ場所に並んで歩みを進めていた。
2人のその姿は体格と年齢の差の為だろう、親子と言っても何ら不思議ではない。
エレナの言葉に疑問を抱いた彼がおどけた調子で問うて見れば、今までと何ら変わりのない声で。

「カミヤ・シンは何の失敗もしていません。彼は間違いなく、クライブ・ロックハートが爆発に巻き込まれるように計算していました」

端的に、一つの事実を吐き出した。



「責任を取って、一緒に暮らそう。俺のために毎朝味噌汁を作ってくれないか?」
「…………はぁ?」
見当違いの答えが返ってきたことに、クライブはその青い目を丸くさせた。
「意味がわからねェ」
「ん?言葉の通りだぞ?」
「いや、ほんっと意味わかんねーわ、お前」
クライブとカミヤ。両名の認識が噛み合わないのは、『男が男に告白をするわけがない』と言う先入観の有無の差だ。
カミヤはただ単純に、身体に多少のダメージがあっても無鉄砲に出撃するクライブを『気遣った』だけだった。
その裏にある感情に、被害者たる少年は気付いていない。
その為、加害者の少年を今までと変わらず、仲間として。気に食わないが放っておくことも出来ない相手として応対を続けている。
「……まぁ良いわ、めんどくせぇ。次はこんな失敗すんじゃねぇぞ」
「ああ。肝に銘じておく」

今回はオペレーターの少女か爆破を察知し、クライブに緊急アナウンスを送った為に彼は寸での所で左半身を盾にし、生き延びることが出来た。
しかし次は確実に、彼が復帰できなくなるように。
カミヤはその物騒な思考を微塵も感じさせない穏やかな笑みを浮かべると、消灯までの短い時間を彼との雑談で過ごしていた。





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