『―先日より発生している連続傷害事件については、続報が入り次第――』

夜。
ゴールデンタイムの少し後に放送されているテレビ番組で、その和やかな雰囲気を壊してしまうような話題が出た。
学園都市内での連続傷害事件。
超能力の有無を問わず、その被害者は数を増やしていた。
「………」
一方通行は、コーヒーを飲みながら一人思案していた。
その傷害事件は、彼がその学区を訪れた当日の夜だったり、または翌日辺りに起こっていた。
「(『闇』の連中なら、事件が表沙汰にならないように手配するはず。…偶然か?)」
今朝報道されただけで、被害者は10人を超えていた。届け出ていない人間を含めれば、恐らくもっと増えるだろう。
被害者の共通点を洗おうにも、プライバシーの為か名前も何も公表されていなかった。
であれば、今は単なる一般人でしかない彼に為す術はない。
飲み終わったコーヒーの缶をゴミ箱に捨てると、テレビを消してソファから立ち上がった。
「(…コーヒー買うついでだ)」
今彼が飲みきった一本で、買い溜めた分は無くなってしまった。コンビニ商品の移り変わりは激しい。そのため、気に入った銘柄が廃盤になる前に再度買い溜める必要があったのだ。
杖に体重を乗せ、慣れた足取りで靴を履きマンションを後にする。
普段なら保護者である黄泉川や芳川。被保護者である打ち止めや番外個体が突っかかってくるのだが、今夜は本当に珍しく全員が別々の用件で外出していた。
久方ぶりの一人の時間なので、好きに使わせてもらおう。
一方通行はそんなことを考えながら、夜の散歩を楽しんだ。



「…何も起きねェ」
マンションからコンビニに向かう間。
コンビニで買い物をしている途中。
コンビニからマンションへ戻る道程に於いて、信じられないほど何も起きなかった。
暗部の人間が接触してくることも、スキルアウトに絡まれることも、妙な魔術師が目の前に現れることも無く。
奇妙なほど、静かだった。
「…………?」
普段であれば、彼の目立つ外見に惹かれた羽虫のように集る愚か者が一人や二人は必ず現れるものだ。
学園都市最強を打倒することが目的だったり、覚えのない怨みを晴らすことが目的だったりと、彼にとって理解が出来ないものではあったが。
何にせよ、(自分が知る限りの)世の中が平穏無事であるのならそれに越したことはない。
連続傷害事件は、本当にただの偶然なのだろう。
下らない時間を費やしてしまった。早く帰って缶コーヒーを冷蔵庫に突っ込んでしまおう、と溜息を吐いて歩き続けた。
そして、マンションまであと200メートルと言ったところで。



「ぎゃ」


短い悲鳴が、彼の鼓膜を揺らした。

歩みを止め辺りを見渡すことで声の出所を確かめるが、大通りに彼以外の人間は居なかった。
「……」
こつ、と杖と靴が舗装されたタイルを削る音を極力殺しながら、街灯の光が届かない路地裏へ歩みを進める。
微かだが、人の気配が感じられた。一歩奥へ進む度に、空気が澱んでいくのが解る。
肌に馴染む、ぴりぴりとした空気だ。
「ごめんなさい、もうしませんから、お願いします」
暗い路地の奥から、哀れに何かを懇願する声が響く。念の為電極のスイッチを切り替えておくと、歩みを止めて様子を窺った。
被害者のことだけを考えるのであれば今すぐ助けに飛び込んでやるべきなのだろうが、そんなことをしてやる義理はない。
「出来心だったんです、だって、あいつ」
被害者はあくまでも自分に非がないと言い続けていたが、それが更に加害者の機嫌を損ねたらしい。
ごつ、と鈍い音がして、また悲鳴が響いた。
それから舌打ちが一度して。
「うるせぇよ」
加害者の声が暗闇の中で踊る。
その声には、酷く聞き覚えがあった。
ぐらりと視界が歪むような錯覚。
どういうことなのだろう。
なぜ彼がこんな所で、こんなことを行っているのだろう。
じゃり、とわざわざ足音を立てて乱入すると、二人の視線がこちらに向いた。
「こンなところで何してンだ?…三下共」
薄暗いために、一方通行には2人の表情はよくわからなかった。しかし被害者は声だけで乱入者の正体を見破り、助けを請うてくる。
「…あ、あんた、…あ、一方通行、だよ、な?頼む、助けてくれ」
「…………」
「こいつに、俺たち全員やられたんだ!こいつが犯人なんだよ!!」
暗闇に目が慣れてくると、うっすらと状況が把握できた。被害者は十代後半の男性で、顔の右側半分に酷い打撲傷を負っていた。
そして、清掃ロボのテリトリーが及ばない薄汚れた路地に背中を貼り付かせて寝転がっている。
そしてその鳩尾の位置に、見慣れたスニーカーを置いている少年がいた。
ツンツン頭の、あの。
「バカなこと言わないでくださーい。最初に襲おうとしたのはそっちでしょーが」
怒りの籠もった平坦な声で、彼は被害者の鳩尾を強く踏み込んだ。
今度は、悲鳴は聞こえなかった。
「…………」
一方通行は上手く回らない頭で情報を整理した。
被害者は加害者で。
狙っていたけど返り討ちにされた。
加害者による過剰な自己防衛。
被害者はもう反省しているようなので、死ぬほど恐ろしい脅しをかければもう解決するのではないか。
「…もォいいだろ。オマエは警備員に通報でもしておけ、」
上条。と名前を続けて呼ぶことは躊躇われた。
流石に過剰防衛で顔見知りが連行されるような事態は避けたかった。
「………まぁ、一方通行がそう言うなら」
上条は意外にもあっさりと一方通行の言葉に従った。脚を浮かせると、ポケットに手を突っ込んで。
「これで、最後だから」
サッカーボールを蹴るように、彼は地面についていた名前も知らない誰かの頭部を思い切り蹴り上げた。
一方通行は知っている。手加減無しで人間の頭部を蹴りあげた場合、蹴られた方はどうなってしまうか。
「…オマエ!」
上条の横を通り、ごつ、と後頭部をコンクリートにぶつけた青年の横に膝を付いた。
さすがにもう、彼は意識を失ってしまっていた。口の端からは唾液と血が混ざった液体がごぼごぼと泡になって垂れ流されている。
額を触り、体内電流や血流を操作することで応急処置を施した。流石に、目の前で死なれては寝覚めが悪い。
「…優しいなぁ、一方通行は」
背後から、呆れたように上条が声を掛けてきた。
一通りの処置を済ませた後、舌打ちをしてから睨み付ける。
「何が目的だ」
「そいつ。…ってかそいつら、か。お前のこと襲う計画立ててたんだ」
「それがどォした」
「いやいや、ほっとけないだろ?そんなこと知ったら。何怒ってんだよ」
上条は、なぜ一方通行の機嫌が悪くなっていくのか理解できなかった。
対する一方通行は、なぜ上条がわざわざそんな行動を取ったのかが理解できなかった。
「俺が襲われよォがオマエに関係ねェ」
「あるって」
「…はァ?」
粗忽者に襲撃されるなど今に始まったことではないし、余計なお世話だ。
苛立ちながら問い返すと、上条は薄く笑いながら一方通行との距離を詰める。
「だって、俺お前のこと好きだし」
「………はァ?」
上条からの突然の告白に、彼は目を丸くすることしかできなかった。熱帯夜と言うこともあるのだろう。じめじめと湿気がまとわりつき始め、様々な不快指数が上がってくる。
「もう一回言いますよー。俺は、お前のことが好きなんです」
彼が一歩距離を詰める度に、一方通行は一歩距離を開ける。
目の前の、意味が分からない存在が不気味だった。
やがて後退する場所がなくなり、壁際へと追いやられた。だというのに上条は距離を詰め続けてくるので、限りなくゼロの距離になる。
「好きな奴を守るって言うのは、当たり前のことだろ?」
「……っ…!」
「俺が好きにやってるんだから気にすんなよ」
彼の暖かい右手が、一方通行の頭を撫でる。くしゃくしゃと髪を乱されるが、手を払うことが出来なかった。
上条は一方通行が好きだから、危害を加える存在が許せないと言った。
そして彼の与り知らないところで人が十人単位で傷ついていた。
そんなことになるくらいなら、最初から一方通行自身が自ら手を下した方がずっとマシだ。
罪の自覚もないままに、また別の場所からの怨恨を買ってしまう。
ましてや、その行動を異常だと認知していない上条が危険すぎる。
「……余計なことすンな」
「…あぁ。だからバレたくなかったんだけど」
上条はサプライズプレゼントがバレてしまったとでも言いたそうな表情を浮かべて、頭を掻いている。
「迷惑は掛けないから、良いだろ?」
「………っ…」
どうすれば。
彼はこの異常な行動を止めるのだろうか。
ぐるぐると頭の回転を早めながら、上条のシャツの裾を掴む。
理解が出来ない人間の思考を読むことは、限りなく難しい。
「…迷惑とか、ンなことじゃねェンだよ。オマエ、が」
読む。予測する。
彼が望む、理想的な答えを。
「ケガ、とか。されたら寝覚めが悪ィ」
一方通行は目を伏せて、献身的に心配をしている振りをした。
「…一方通行」
感動したように上条が声を漏らして、暖かい右手で一方通行の冷えた頬を撫でる。
「今日は、もう終わったンだろ?…家、この近くだから寄ってけ」
肌の上に彼の指が滑る度に怖気が走り鳥肌が立ちそうになるが、何とか抑える。
「え、あ、いいのか?悪いな」
「…あァ」
上条は照れながら誘いに乗ってきた。一方通行は地に伏している彼を横目でちらりと見た後、表通りへと上条を導いた。
電極を再度切り替えて杖をつくと、ゆっくりとマンションへと足を運ぶ。
兎に角、彼の行動を止めさせなくてはいけないと思った。

一方通行は部屋に着くと、まっすぐ自室に上条を押し込んだ。
ベッドに座らせてからすっかり温くなってしまった缶コーヒーを渡すと、上条は短く礼を言う。
「…とにかく、わざわざ首突っ込ンでくるな。俺のことが好きだってンなら言うことくらい聞け」
「んー…」
缶コーヒーのプルタブに手を掛けた上条は、返答を濁しながら何やら思案しているようだった。そして、軽く硬い音がした後に口を開く。
「…じゃあさ、俺のモノになってくれよ。一方通行」
満面の笑みでそんなことを口走る彼の姿に、一方通行は軽い頭痛と眩暈を覚えた。
「何言ってンだ。…正気か?」
溜息を吐いて頭を掻くと、上条はベッドから立ち上がり一方通行の居るドアの傍まで寄ってくる。
「正気も正気、大真面目です上条さんは」
上条は実に良い手際で彼の手に握られている杖を払い床に倒すと、バランスを崩した彼の身体を抱えた。
壁に背中を貼り付けて、細い太股の隙間に上条の脚を差し込むことで無理矢理立たせているような状況だ。
「大体良く考えろよ。自分のこと好きって言ってる奴を部屋に招くなんて、誘ってるって捉えられても文句言えねーぜ」
顔を逸らそうとする一方通行の細い首を掴んで、無理矢理目線を合わさせる。
「…何楽しい勘違いしてンだ?離せ、殺されてェか」
「殺せねーよ、お前は優しいからな」
確かに、能力も体力も一方通行は上条に勝つことは出来ない。しかし上条は、そう言った意味合いとは違うニュアンスで発言しているようだ。
まるで。
「それに、勘違いでもないだろ」
上条が、鼻の頭を一方通行の同じ部位に触れさせる。うっかり間違えば、唇が重なってしまいそうな距離だった。
「何とも思ってない奴に、こんなことさせないもんな」
まるで自分が一番の理解者だとでも言いたそうに、上条は笑う。
一方通行にも微かな自覚はあった。
少なからず、一方通行は上条を好意的に捉えている。
しかしそれが友愛なのか恋愛なのかと問われれば、間違いなく友愛と言えるだろう。
ただ、今この状況でその正しい答えを導き出すには、あまりにも余裕が無さ過ぎた。
嫌いではないと言うことは。
イエスかノーか。
ゼロかイチかで言えば、好きになる。
「つまり、両想いってことだ」
上条は笑顔のまま、一方通行との唇の距離をゼロにした。

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