本当に、一時の気の迷いだった。
こんなフリル満載のエプロンドレスに袖を通そうと思うだなんて。

「うん、やはり私の見立て通りだね。どこか窮屈なところは無いかい?」
「……いや、ねーけど」
場所はROOTS26の試着室。
身長180センチオーバーの英国人男性が、可愛らしいエプロンドレスに身を包んでいる。
そしてその真正面に、同じくらいの身長をした日本人男性。この店のオーナーである聖奈が満足げな表情を浮かべながら佇んでいた。
その手には、修正用のメジャーとペンが握られている。
「つーかこれ、どこに需要があんだよ」
「うん?まぁ世界は私や君が思っている以上に広くて深いと言うことだね」
英国人、デュエルからの問いを曖昧にかわした聖奈は、彼の周りを回り皺や引きつりが無いかを入念に確認する。
どんなに馬鹿げたデザインでも彼にとっては一つの作品であり商品だ。手を抜く気などは毛頭無いらしい。
試着モデルなど安請け合いするんじゃなかった、とデュエルが溜息を吐いた、その瞬間。
「なぁ聖奈、これ試着してーんだけ……」

見慣れた金髪の男が、その場に乱入した。

「おやニクス君、久しぶりだね。奥が空いているから入ると良い」
「おう……」
春物のジャケットを手にしたまま、ニクスは試着室へと足を向ける。しかしその視線は、デュエルに向けられたままだ。
「……っ……」
デュエルの健康的な肌色をした顔が、見る見るうちに赤く染まっていく。聖奈はそれを知ってか知らずか、試着室への足が止まっているニクスに対し、自身の最新作について長々と講釈を垂れだした。
「どうだい素晴らしいだろう?この透け感とフリルのボリューム。そして計算された丈のスカートとニーソックスが奏でる絶対領域。まぁまだ微調整は必要だがね、久々に作り甲斐のあるデザインだよ」
「…へーぇ…」
その熱意とは相反するように、ニクスはさらりとした答えを返した。しかしその表情はと言えば、必死に笑みを咬み殺している状態だ。
穴があったら入りたい。
デュエルがそう考え。顔を俯かせながら、早く聖奈の言葉が終わらないかと耐えていた時。携帯電話のコール音が響き渡った。
「はい、もしもし……あぁ、いつもお世話になってます」
その携帯電話の持ち主は、聖奈だった。
右手を翳して二人から離れた彼は、店のさらに奥へと姿を消してしまった。
そして、残された二人はと言えば。
「…………」
「………」
見る側と見られる側の二つに明確に立場が分かれ、気まずい沈黙のままその時間を過ごしていた。
特に聖奈が戻ってくるまで服を脱ぐことが許されないデュエルにとっては、地獄にも等しい時間に違いない。
せめて試着室の中に逃げ込もうとカーテンを閉めようと手を伸ばすと、その手をニクスが掴み、阻んだ。
「ば、離せ!」
「いや、もーちょい見せろって。すげー可愛いぜ?デュエルちゃん」
にやにやと、からかい目的が滲み出る形で笑う彼に対し、デュエルは拗ねたように言葉を吐く。
「…嘘吐いてんじゃねーよ。似合ってるわけねぇし」
耳まで真っ赤にして、彼が少し動く度にメイド服に取り付けられた鈴がころころと音を立てる。
確かに常識的に考えれば、何かの罰ゲームに付き合わされていると考えるのが妥当と思えるほどに、違和感のある格好だ。
「まぁそりゃ、似合ってはねーけど」
なのでニクスもその点については反論せず。

真っ赤に染まったデュエルの頬にキスをした。

「可愛いっつーのは嘘じゃねぇよ」
耳元で囁くついでに軽く息を吹きかけてやれば、彼の身体は大きく跳ねる。図体の割りに敏感な身体をしている事を、ニクスはよくよく知っていた。
「………!」
ニクスがその事実を知っていることを知っているデュエルは羞恥からこれ以上無いほどに顔を紅く染め、目を見開くと、彼の身体を引き剥がし無理矢理にカーテンを閉めた。
ジャ、と言う激しい音を聞き、通話を終了させた聖奈がバックヤードに戻ってきたのは、その直ぐ後だった。
閉められたカーテン、上機嫌を隠すことなくにやついているニクス。その情報だけで、何が起こったのか理解するには充分だった。
「…店内で喧嘩するのは感心しないね」
呆れたように頭を抱えた聖奈は、そう一言呟いた後。
カーテンの向こうに引きこもってしまった照れ屋のモデルをどう誘き出そうかと、酷く冷静に考えた。








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