彼の体温は、酷く高い。

「あ」

些細な不注意だった。
偶々家を訪ねたら夕飯時でも無いのに食事の準備をしている彼が居て。
何となく軽い気持ちで手伝ってみよう、などと考えて。
片手で杖を突きながら菜箸でフライパンの中身をひっくり返していた。何やら彼の実家から、冷蔵庫に入りきらない量の秋鮭が送られてきたらしい。
取り留めのない話をしていると、熱せられたバターが牙を剥いた。
「あ、大丈夫か!?」
上条は洗い物の手を止め、俺の手を掴むと蛇口の真下へと連れ込んだ。
冷たい水道水が、熱を奪っていく。
「ご大層なことで」
「バカ、油の火傷は痕残るんだぞ」
「それがどォだってンだ」
今は、熱せられた油が跳ねた箇所よりも彼の手に掴まれている箇所の方が、熱い。
じわじわと、彼の体温が浸透してくる。
「お前が怪我したら心配するだろ。…打ち止めとか」
「……」
オマエは、と口を開き掛けて、閉ざす。
俺は彼に惹かれていた。これはどうしようもない事実だ。
ただ彼を想う異性は両手の指でも溢れるほど居るし、わざわざ同性を選ばせる理由など無い。
だから、この気持ちも伝えない。
「…離せ。もォ良いだろ」
「いや、まだだって」

魚類には、人の体温で熱傷を負う種が居る。きっと俺はそう言うものなのだ。
だからこんなにも彼の温度を疎ましく想うのだ。
一度灼かれた部分が、全く何の痕も残さずに修復することはない。
上条は俺を焼き殺すつもりなのか、何時までも手を離さない。
「…一方通行」
名前を呼ばれて顔を上げれば、一部の感情を宿した深い青色の眼が此方を見ている。

まさか、まさか。
やめろ、そこから先の言葉を発するな。
この躯はお前の糧にもならない、目の前の切り身以下の存在なのだから。
そう言われてしまえばきっと、俺は喜んでしまう。
何ふざけてンだ、といつものように軽口が出て来ない。
水圧から解放された魚のように口から空気の塊を吐き出してしまえばいいと言うのに。

目線が、泳ぐ。
彼を直視することが出来ない。


息が、出来ない。


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -