『rain./sky.』




「……あ」
デュエルを、泣かせてしまった。
本当ならきっと、半年前に流れるものだったんだろう。
褐色の肌を流れた涙は、そのまま俺の手に染みた。
これはきっと、酷く強い酸で出来ているのだろう。涙に触れていると胸が重くなり、触れていた場所は焼けただれてしまったかのように熱かった。

デュエルは黙ったまま俯くと、静かに涙を溢していた。
俺は人の泣き止ませ方など知らないから、どうすればいいか解らない。
ただ、泣いているデュエルを見るのは嫌だった。


泣いているところを見ることは今までも何度かはあったが、
よく考えてみたら、泣かせてしまったのは初めてだった。
かもしれない。
「………デュエル」
泣かないでくれ、なんて言葉はテレビの中だけのものだと思っていた。
しかし実際に目の当たりにすると、そんな月並みの言葉しか思い浮かばない。
髪を撫でるとそのまま少しだけ上を向かせた。
キスをすれば泣き止んでくれるだろうか、という何とも浅はかで下らない考えから来るものだった。
もともと、身長に大した差はない。
頬を伝っている涙を拭うと、そのまま引き寄せた。
何せ半年ぶりのキスだ。
少し勢いがついたせいか、




ごつ、という音がして、
俺の世界は回転した。








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『あめのち、はれ』




久し振りに体を使ったせいか、少し息が切れてしまった。
指に嵌めていたシルバーリングがまさかこんな時に役に立つとは思わなかった。
「…っ、あー!クソッ!やっとすっきりした!」
涙が今までの俺の中の汚れを洗い流してくれたように、すっきりと頭の中が晴れ渡っていた。
ニクスにキスされる寸前で我に返り、とっさに殴り抜いたのだ。
少し勢いがついたせいか、ニクスは左頬を押さえてフローリングに転がっていた。
今まで溜まっていた言葉が、堰を切って溢れ出した。
「朝っぱらから?いきなり家に来て?謝りたいから謝るだぁ?テメーはどんだけ自己中なんだよ!」
ニクスが吹っ飛ばされた地点まで歩み寄り、しゃがみこむ。
指輪の装飾のせいか、少し頬が切れていた。
傷口から薄く、血が滲んでいた。
さすがに、少しやりすぎてしまったかもしれない。
「俺が半年間、どんだけ悩んでたかも知らねーで、…なぁ?キスさせてもらえると思うなよ、ニクス」
顔を覗き込むと、ニクスは嬉しそうに笑っていた。
こいつはマゾなんじゃないかと、一瞬考えてしまった。
「……へへ」
「何笑ってんだよ。頭イカれたか?」
「…いや、…やっぱ、変わってねーなー…っ、て」
「お前もな、自己中野郎」
大の字になって寝転がっているニクスの頬から、血が垂れた。
さすがに、手当てをしてやらなければならないような気がしてきた。
傷が残りでもしたら、『痴話喧嘩記念』とでもユーズ辺りに名付けられてしまいそうだ。
「……待ってろ。…今救急箱持ってくる」
立ち上がり、歩を進めようとすると、ニクスに足を掴まれた。
相変わらず、半ニート半フリーターの癖に腕力だけはあるようだ。
「……まだ、言い忘れてること、…あった」
口の中が麻痺でもしているのだろうか。ニクスの声は酷く掠れていて、最後は聞き取りづらかった。
「……なんだよ」
再びしゃがみこんで、ニクスが何を言い出そうとしているのか、尋ねる。
ニクスは金魚のように数回口をぱくぱくとさせると、掠れた声で呟いた。

「……おかえり」

「…………」
いきなりこいつは何を言い出すのかと思ったが、すぐに考えることをやめた。
いちいち考えていたら、これから先付き合っていけるわけがない。
俺は溜め息を吐くと、久々に顔の筋肉を緩ませた。


「………ただいま。おまえもな、お帰り」
「________」



ニクスはまた何かを口走っていたが、聞き取れなかった。
しかし、粗方の予想はつくので、尋ね返すことはしなかった。
俺の足首を掴んでいる手を外すと、改めて立ち上がり救急箱を取りに向かった。
確か、消毒液と滅菌ガーゼ、紙テープはまだ余っていたはずだ。




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『あめのち、はれ』


「…お、あったあった」
デュエルは箱の中身を確認すると、未だに転がっている俺の元に戻ってきた。


わざと消毒液が染みるように手当てをされる。
冷たい液体が傷口を撫でる度に痛くて涙目になるが、悟られないように気を付ける。

「(…でも、まぁ……さっきの涙よりかは…)」

ふと、俺を見下ろしているデュエルの目を見て思い出した。
俺の身勝手で、弄んでしまったもう1人のことだ。
同じ青色でも、彼の方が深い色をしていたように思う。

「……なー、デュエル」
「なんだよ、ニクス」
「…また、前みたいに戻れっかな。三人でバカやって、笑って」
俺の呟きに、デュエルは無言だった。むしろ今のタイミングで、この話題はご法度だっただろうか。
デュエルの顔色を伺うが、特に変わったようすもなく、黙々と俺の手当てを進めていた。
ガーゼを固定され、手当てが終わると、デュエルは溜め息を吐いた。
「下らねぇこと気にすんな。ほら、眼ェ瞑れ」
「?」
微かに強い口調で言われ、そのまま従う。
暫くそのままでいると、耳朶に文字通り刺すような痛みが来た。
「…いっ…!」
慌てて起き上がり耳を押さえる。
痛みの元を調べて気付く。
左耳に、ピアスが一つ増えていた。
「……っ…」
そっと引き抜くと、見慣れたピアスが手のひらに転がった。
何時だったか、三人で揃えて買った薄い青色のピアスだ。
「…気にしてんのはテメーだけだよ。…俺が怒った理由、もしかしてまだわかってねーのか」
「…え。…俺が浮気したからじゃねーの?」
「…四十点」
デュエルは呆れたように言うと、時計に眼をやった。
既に十時を回っていて、テレビはバラエティ番組の再放送を映していた。
「…ニクス、昼になったら鉄のこと起こしてやってくれ」
「…おー。…あれ、あと二時間もあるじゃねぇか。何すんだ?」
「……空気読めよ」
「あ」
見上げたままのデュエルの耳は、少しだけ赤かった。


身体を起こして、デュエルの顔をこちらに向けさせる。
俺が焦がれた空の色は、目の前にあった。










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