――――――――――――


「…………」
ニクスと別れた後、まだ頭の中で言葉がぐるぐると回っていた。
裏切ったなんていう言葉は、普通に日常生活を送っていたら使わない言葉だ。
ということは、あの二人は普通じゃない関係だったということになる。
「…普通じゃない関係って、…なんだ…?」
布団に潜り、すやすやと寝息を立てるファーボの顔を眺める。
「なーファーボよ、どう思う?」
眠っている相手に話しかけることの愚かさに気付くと、溜め息をついて布団に籠った。




『sky』




翌朝、あまり眠れなかったために目の下に隈を作っていたら、親父に叩き出されてしまった。
自己管理をするのも、プロの仕事の一つだとか言っていたが、いまいち頭に入ってこない。
目覚ましの散歩がてらに、俺はデュエルの家まで行くことにした。
ファーボも連れていこうか迷ったが、気持ち良さそうに眠っているところを邪魔するのは気が引けた。
現在時刻は朝の六時で、今日は土曜で学校は休みだ。
試験の結果も伝えたいし、何よりも二人の話を直接、知りたかった。
幸い天気は良好で、歩いていくことになんの支障もなかった。



二度目のお宅訪問は、予想通りあっさりといった。
デュエルも朝起きるのが早かったらしく、マンションのインターホンを鳴らすとすぐにロックを解除してくれた。
「……ったく、どしたんだよ、こんな朝っぱらから」

苦笑しているデュエルを見て、微かな違和感を抱いた。
そしてその違和感の正体に、すぐに気付いた。
普段人を威圧する赤い眼は、今日は綺麗な青色をしていた。
寝不足のせいであまりうまく回らない頭で、少し納得する。
やっぱり、この人には優しい色が似合うと。
「えーっと、その…あの」
どういう風に会話を切り出せばいいのか分からずに、モゴモゴと口の中で言葉を撫でる。
「…お前、寝てないだろ。目の下に隈出来てるぞ」
俺がいつまでもはっきりと話をしないからか、デュエルは呆れながら俺の頬をつねってきた。
「…い、…いたい、でふ」
「これで目が覚めねぇんなら横になれ。奥に布団敷いてあるから」
涙目になりながら、じくじくと疼く頬を撫でる。今涙目になっているのは眠気のせいなのか頬をつねられたせいなのかは、わからない。
デュエルは俺の腕を引っ張ると、寝室まで案内してくれた。
どうやら俺が考えている以上に眠気が強かったらしく、足がもたついてしまう。
普段なら数メートル程度の廊下がやたらと長く感じられ、「早く寝ろ」、と言わんばかりにこめかみまでもが痛んだ。
十八年生きてきて、寝不足で頭痛になるなんて体験は初めてだ。
「なんか話があったんだろうけど、取り敢えず今は寝ろ。頭が冴えたら、また何でも聞いてやるよ」
襖の向こうの和室には、さっきまでデュエルが眠っていただろう布団があった。
「(……ホントに布団だよ…)」
磁石のように惹かれ会う瞼のお陰で、すでに視界はいつもの半分程度しかない。
俺は一段高くなっている和室に上がると、のろのろと布団に潜り込んだ。
眠すぎて舌もよく回らず、自分が何を話しているのかも曖昧だ。

「(…あー、…甘ったるいニオイだなー…この布団…)」
麻痺していく五感を感じながら、目を醒ました時のことを考える。
「(…ニクスの野郎とのこと、聞いてみよう。…そんで、……それから)」

目を閉じながら考えているうちに、俺はそのまま眠りに堕ちてしまった。





「おい鉄。いつまで寝てんだよ。さっさと起きろ」
「んー…、?」
ゆさゆさと身体を揺すられたことで、目を醒ます。
枕元に置いた眼鏡を手に取り身体を起こすと、目の前には金髪の男がいた。
「…………」
色々なことが頭の中を駆け巡り、顔をひきつらせていると、可笑しそうに頬をつねられた。
さっきデュエルにつねられた方とは逆の、左頬だ。
「まだ寝てんのか?それとも下の方だけ起きてんのか?」
唇を右側だけつり上げて笑うニクスは、今まで見たどんな時よりも楽しそうだった。
そしてその左頬は、馬鹿でかい湿布で埋まっていた。
「…あんた、どひたんだよ。その顔」
「あー?…お前にゃ関係ねぇよ」
眠る前に考えていたはずの、デュエルに尋ねたかったことは全て、忘れてしまっていた。

もしかして、二人の仲は悪かったのではなくて、ただすれ違っていただけだったのだろうか。
そして、俺がそれを勘違いしていたと。
「……マジで〜…?」
一気に脱力してしまい、溜め息を吐いてしまう。
思い込みが激しい俺なら、十二分に有り得る話だった。

「お、いきなりどうした?」
「なんでも、ねー…よー…」
いい加減つねっている指を外させると、頬を撫でる。枕元の目覚まし時計は丁度正午を指していた。
俺が眠っていた四時間余りの間に、どうやら全ては解決してしまったらしい。
はぁ、と派手な溜め息をついていると、襖を開けてデュエルも入ってきた。

「お、鉄火。お早う。眠気はもう取れたか?」
「…あい、おかげさまで」
デュエルが持っている大きめのマグカップからは湯気が立っている。
甘い香りが漂ってきているから、中身はまたミルクティーだろう。
「で、なんだったんだよ。話って」
「…え?…いやあの、…その」
すでに解決している話だと言うのなら、俺が改めて掘り返すものでもない。
寝ぼけた頭で、デュエルに伝えたかった事柄を思い出す。
「…そう!英語のテスト!あんたが教えてくれたおかげで、赤点は免れそうっす」
「そうか、そりゃ良かったな」
目を細めて笑うデュエルの耳に、初めて見るピアスがあった。
デュエルの眼と同じ、綺麗な青色をしていた。
「それにしても、朝イチで報告する内容じゃないだろ、それ」
「…言いたかったんだからいいじゃねーすか」
子供を相手にするかのように楽しそうにするデュエルに笑われるのが悔しかったので、顔を逸らす。
ふと見れば、ニクスの耳にも同じ色のピアスがあった。

「…っじゃ、用件は伝えたんで俺は帰ります。お邪魔しました」
布団から立ち上がると、デュエルに礼を言い、マンションから出た。


空を見上げれば、昨日までの雲はどこかへと消えていた。
どこまでも青く深く、澄んでいた。
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