明朝8時。

幸い天気は良く、排気ガスで濁った空は綺麗だった。
カーテンの隙間から射し込む、コンクリートに反射した朝日が眩しく、目を細めた。
久々の休日と言うことで寝入っている英利とサイレンを起こさないように、静かに服を着替える。
上着のポケットに入っていたライターをゴミ箱に捨てると、デュエルの家に向かった。

継ぎ接ぎだらけのアスファルトの上を歩きながら考える。
どうやれば赦してもらえるか。
「(……いや、違うか)」
赦してもらうつもりで謝罪するのなら、それは見返りを前提条件とした契約だ。
謝るから赦して下さい、ではなく、赦してもらえなくてもいいから謝らせてください、が今の心境に近い。
お前が赦してくれるまで待ってる、なんて気色の悪い台詞も吐く気はない。
デュエルはイエスかノーかをはっきりさせる性格だから、明確な答えをくれるだろう。


吐いた息は白くなり、空へ上っていく。マンション同士の距離はそんなにあるわけでもない。
二十分ほど歩くと、到着した。
住宅街の中で一つだけ飛び抜けた高層マンションのほぼ最上階。
それがデュエルの家だった。


「………」
入り口は勿論オートロックで、8桁の暗証番号を入力する必要がある。
部屋の鍵、何てものは存在しない。
暗証番号がそのまま入居者の部屋の暗証番号となっているため、鍵が必要ないと言うシステムらしい。
「(……童話みてぇ…)」
童話なら髪を垂らして貰わなければならないが、残念ながら俺は王子さまなんてガラじゃない。
俺は取り敢えず思い付くままに、数字を8桁打ち込んだ。





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『sky.』





「………ふー…」
なぜかは知らないが、朝っぱらから鉄火が訪ねてきた。
そのくせ珍しく目の下に隈なんか作っていて、何やら思い詰めていたようだった。
取り敢えず寝かせておき、親父さんには俺から連絡を入れた。
「(もしかして、…バレたか)」
テレビをつけて、適当に番組を流しておく。
旅行番組などを流しておくと、次の取材旅行の参考になるからだ。
ミルクティーを淹れようと棚を明けると、見慣れた箱が視界の中に入ってくる。
「………」
捨てようと何度思ったか分からないが、その度に適当な理由をつけて捨てなかった。
下らない話だ。
自分から距離を置いたくせに、割り切れなかったのだ。
「…下らねぇな、ホントに…」
あの日から、ニクスからの連絡はなかった。
メールアドレスと携帯の番号を替えた。
ただ、それだけ。
ただそれだけなのに、連絡は途切れた。
つまり、あちらはもう『終わったこと』として思い出の中に詰め込んでしまったのだ。
それならばもう、本当にお仕舞いだ。

溜め息を吐いて飴の箱を棚に戻すと、ミルクティーを淹れて窓際に立つ。
甘い香りの湯気が窓ガラスを少し曇らせた。

ロンドン土産が駄菓子の飴だったのは、単なる気紛れだった。
タバコを辞めさせる替わりとして、飴を薦めたのが俺だと言うのも、理由の一つだったかもしれない。

眼を閉じると、あの時の光景がまだ焼き付いているのが分かる。
本来なら自分がいるはずの場所に、違う人間がいる。
それが、あんなにも吐き気を催すものだとは思わなかった。
乱れた金髪も、見慣れた身体も、つくはずのない内出血痕も、何もかもが嫌悪の対象にしかならなかった。

何にせよ、もう半年も前に過ぎたことだ。
今更どうこう言うのも可笑しい問題で、その場所に留まってしまっているのはきっと俺だけだ。
「(……忘れよう。その方が、…多分)」
自分なりに結論が纏まり掛けたとき、玄関から音がした。
朝刊配達にしては遅すぎる。
鉄火が眼を覚ましたのだろうか。
「鉄、どうした?」

振り返ると、
そこには見慣れた金髪の、(1番逢いたくなく)(1番恋しい)男がいた。




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『rain./sky.』





「……、よ」
こうして直接顔を会わせるのは、本当に半年ぶりだった。
来る途中に、最初に何と言おうか考えていた。
だから、声が掠れてしまった。
きちんと聞こえたかは分からないが、もしかしたらデュエル本人はそんなことは気にしていないかもしれない。
だって、別れたはずの恋人が朝から自宅に不法侵入しているのだから。
デュエルが眼を見開いている。
「(……やべーな。…通報されるか)」
思い出したように帽子を取り、テーブルに置く。
暫くの沈黙の後、デュエルは小さく声を上げた。
「……なん、…で、…」
きっとデュエルは、なぜここまで来れたのか、と言うことを聞いているのだろう。
俺は問われるままに、答えを返す。
「……いや、下で暗証番号を」
「違う!」
デュエルは半ば叫ぶように声を荒げた後、頭を振ってカップをテーブルに置いた。
そして項垂れたまま、震える腕を抑えながらもう一度尋ねてきた。
「………なんで…」
酷く弱々しい声だった。
日本語は細かいニュアンスがやたらとあるから、どれを汲み取れば良いのかわからなかった。
なんで。(なぜ)
なんで。(いつ)
なんで。(どうやって)

whoとwhereはこの場合当て填まらないだろうから、頭の中から消しておく。
どれから順に答えていけば良いだろうか。

「………謝ってなかった、から。俺」
暫く考えた後、1番単純な動機を伝えることにした。
デュエルは青い眼を丸く開いて、信じられない、というような顔をした。
「は…?」
「デュエル」
つかつかとフローリングを歩き、デュエルの腕を掴む。
そしてそのまま思いきり引き寄せて、抱き締めた。
半年ぶりの体温が冷えた身体に染み込んで、その部分だけ火傷した時の様に疼いていた。



「……ごめん」



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『sky./rain.』




「……、ッ…」
半年ぶりの体温は、酷く冷えていた。
だから恐らく、体温が奪われてしまったせいで頭が上手く回らなかったんだろう。
ニクスが謝罪したと言うことを理解するのに、酷く時間を使ってしまった。
そして理解した後、本来なら半年前に言うべきだった言葉を吐く。
「…謝ったからって、…許すと思ってんのか。……俺が」

息が出来ない。
伝わってくる脈が速い。
絶え絶えになりながら言うと、

「…謝らないで許してもらえないっつーよりは、マシかな。…俺が」
ニクスは抱き締める力を緩めもせずにまた自分勝手なことを言っていた。
蓋をしていた傷からじわじわと痛みが溢れてくるのが分かる。
「…今更、お前の場所なんかあるわけないだろ」
吐き捨てるように呟く。
「お前が誉めてた髪も、肌も、全部変えた。違うんだよ、半年前とは」
明るい緑色の髪は、痛々しいまでの銀髪に漂白した。
日焼けサロンに行く頻度を増やし、新陳代謝が追い付かないくらい肌を焼いた。
鏡を見て、思い出さないように。
「…人間は見た目じゃねぇって言ってたの、お前だろ」
ニクスは少し腕の力を緩めると、真っ直ぐに見つめてきた。
くしゃ、と髪を乱された感覚があった。
「…中身も、変わったんだよ。昔とは、違う」
「…何が変わったんだ?」
「鉄火と寝たよ」
フローリングに視線を落とし、嘲るように言い捨てる。
ニクスはどういう反応をしてくるだろうか。
鉄火には悪いが、嘘を吐いた。
靴が玄関にあったことは知っているだろうから、きっと信じるに違いない。
しかし次に俺がニクスから掛けられたのは、猜疑でも憤怒でもなんでもない、安堵の溜め息だった。

「…、やっぱ変わってねぇじゃんか」
嘘を見透かした上で、解りきったように呟かれる。

「…なんでそう思う」
「お前、嘘吐くとき下向く癖あったから。そう言うとこ」
「………!」
思わず顔を上げると、ニクスが笑っていた。

違う。
お前は俺の前で笑う資格なんかない。あるわけがない。
そんな一言謝った程度で全てが許せるはずがない。
頭の中で色々な言葉が反芻され、回っていく。
暴走した感情は行き場を無くし、俺の涙腺から一筋垂れた。
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