「………」
外からマンションを改めて見上げると、その大きさに溜め息を吐いてしまった。
「(…一人で、…あんな広い部屋、…寂しくねーのかな)」
秋も終わりに近づき、体温が容赦なく奪われていく中で、自分の勘違いを首を振って否定した。



『rain』



それから数日が経ち、定期考査はなんとか赤点を免れただろうという実感を持ちつつ、禁止していたゲーセンに足を運ぶことにした。
せっかくの試験明けだというのに、天候は良くなかった。
ゆっくり息を吐くと白くなるくらい気温も低く、傘に弾かれた水滴も冷たかった。
「(…暗くなるのも早いし、一回やったら帰ろ)」
太陽光より街灯の方が目立ち始める時間に、ゲーセンに着いた。傘を畳み水を切ると、いつもの音ゲーコーナーに向かった。


見慣れた筐体の前には、また見慣れた金髪の男がいた。
デュエルとは別の意味で痛々しく、また、デュエルと仲良くしている俺とはなんとなく気まずいような関係だった。

件の、必ず顔を会わせない二人というのはその二人の事だった。

ニクスは俺の存在に気付いていないので、筐体の前に置いてあるベンチに座り、プレイを眺めていた。
「(…やっぱうめーよなぁー…)」
目の前で次々とクリアされていく高難易度の曲。
むしろフォルダが見たこともない色で光っていた。
「(…この人の後はやだなー…)」
自嘲気味に笑うと、終わったらしく、台から降りてきた。
「…よ、なんだ、来てたんなら声かけりゃ良かったのに」
「穴クエにHARD付けてる奴に話なんかかけられるわけないっしょーが。…大体、」
そんなに気安く声を掛けられるような親しい間柄ではないだろう、という言葉は、飲み込んでおくことにした。
言葉の端が変なところで途切れてしまったが、恐らく、俺が気にしているほど、ニクスのほうは気にしていない。
ニクスは俺の隣に間を開けて座ると、ポケットから棒付きキャンディを取り出した。
そして、個包装を破ってくわえる。
自然な行動だったが、ニクスには不自然な、可愛らしいものだった。
「…あんた、そんなもん食ってんのかよ。…良い歳して」
「っせーなぁ。安いし、煙草より長持ちすんだよ飴は!なんだ、やらねーんだったらまた俺がすっぞ?」
「やるやる!ったく、ほんとにあんたは子供みたいだな」
ベンチから立ち上がり、クレジットを投入する。
派手なデモを聞き入りエントリーをして、ふと思い出す。


ニクスが取り出したキャンディの銘柄は、デュエルの家で埃を被っていたものと同じだった。

「(…あれ?……なんで)」
一つ気になることがあると、それがずっと頭の中に残ってしまう。
いつも通り、スタンダードを選択する。
今作のフォルダはほぼ埋まってしまっているから、旧曲でもプレイしようと思いながら、ターンテーブルを回す。
フォルダを開きながら、また別のことを考えていた。
「(…あの二人は、…仲があまり良くなくて、…理由は分からない、けど…)」
選曲時間が十秒を切ったときに、少し慌てながら曲を選択した。
タイトルをよく見ていなかったが、レベルはきちんと確認していた。
「(…コールド?…なんて読むんだろ)」
3rdフォルダはあまり開かないため、タイトルもうろ覚えだ。
一先ずプレイを終わらせ、ゲージに余裕を残してクリアする。
次は何の曲をしようかと思いながらターンテーブルを回していると、逆サイドにニクスが立った。
瞬間、体が緊張する。
人間の相性とかではなくて、数段上の人間に自分のプレイを見られるのが恥ずかしかったからだ。
「(やばいやばいやばいやばいなんでいきなりこっち来てんだよあーもうなにしようかわかんね、どうしよ)」
頭に血が上って混乱していると、
「なぁ」
とニクスが声を掛けてきた。
その声は、先ほどまでよりも落ち着いているように聴こえた。
俺も冷静さを取り戻して、静かに深呼吸をしてから返事をする。
「…なん、…すか」
「お前、最近デュエルと仲良いらしいな」
「…っ、…」
ニクスから突然出てきた「デュエル」という単語に、また体が緊張する。
もしかして、デュエルが気に入らないから仲良くしている俺の事も気に入らないと言うことなんだろうか。
思いきりマイナス思考を働かせた後に、そんなことがあるはずがないと否定する。
「…ま、そりゃー…ウチのお得意様だし。…エレキの奴とも仲良いしな」
「……ふーん…」
ニクスは帽子を被っているから、表情を読み取るのが難しい。
沈黙に近い返事の後の、沈黙が怖い。
気付けば選曲時間はまた十秒を切っていて、慌てて決定した。
「(…CAN'T STOP FALLIN'N LOVE、か)」
レベル8だが、クリアできないわけではない。
気持ちを切り替えて鍵盤を叩くことに集中する。
82%というゲージでクリアすると、またニクスが話しかけてきた。
「……なぁ、…」
「なんすか」
正直、ギリギリクリアできたという興奮で、声が震えてしまっているのを隠すことに必死だった。
手早く切り返すと、ニクスは予想外のことを訊ねてきた。
「……デュエルの奴、…元気か?」
「へ?」
仲が険悪なはずなのに、ニクスがデュエルのことを心配する?
その違和感が、興奮を冷ました。
ニクスは明らかに「失敗した」という顔をしながら、言い直す。
「だから、…アイツは、…元気にしてんのかって」
「…あ、あぁ、うん。ミルクティーもガブガブ飲んでるし、うちにもよく来るし…」
デュエルが元気でいることの証拠を、いくつも列挙する。
そして、頭の隅に置いていたあることを思い出し、尋ねた。
「…そう言えば、…あんたが食ってた飴。…あれとおんなじ飴がさぁ、デュエルんちにあったんだよ。なんか珍しいなーって思ったんだけど」
「…飴?」
「うん、その棒付きのやつ」
飴の話題を出した瞬間、ニクスの表情が明らかに変わったのがわかった。
もしかして俺は余計なことを言ってしまったのだろうか、と思っていると、ニクスはまた訊ねてきた。
「…ゴミ箱に捨ててあったとかじゃねーよな?」
「や、キッチンの棚の中だった。…埃は被ってたけど」
「……そ、…か」
ニクスは小さく溜め息をつくと、踵を返して台から降りた。
そして俺は、一番の疑問をニクスにぶつけることにした。
「なぁ、あんたとデュエルは、なんでそんなに顔合わせないんだよ。俺に聞くより、本人に聞いた方がよっぽど早いだろ」
ニクスはこちらを振り返ることもせずに、ただ一言、

「俺が、あいつを裏切ったからだよ」

と言った。
くわえていた飴が噛み砕かれる音がして、棒は屑籠に捨てられた。

そして俺は時間切れで、自動的に選択された曲を演奏することになった。


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