俺がその違和感に気付いたのは、とあるゲーセンに通うようになり、学校以外での人間関係が広がって割とすぐだった。
最初の一月は、偶然が重なったんだろうと思っていた。
次の一月は、冷えた空気に気が付いた。
三ヶ月目に入って、なんとなく、冷えた空気の原因に気が付いた。


例えばの話、イベントを企画するのが大好きなあの二人が、
『じゃあ、○月○日○時に全員集合ね!絶対だよ!』
と、声高らかに宣言をして、ゲーセンにいるいつもの面子がそれを聞き入れる。
快諾する人、苦笑する人、様々な反応はあるけれど、皆どちらかと言えば乗り気だ。
もちろん、俺もだ。
しかし二人ほど、他の人とは明らかに反応が違う人がいた。
その二人は、企画をした二人に必ず尋ねる。
『誰が来るんだ?』
二人は答える。
このゲーセンに顔を出している連中殆んど皆の名前が列挙され、最後の、お互いの名前が出た瞬間に顔を曇らせた。

『手持ちがない』
『バイトがある』
『その日は予定が合わない』

驚くほど多種多様に拒絶の理由が並べられ、やむ無くどちらか片方は欠席扱いになる。
俺にはさっぱり理由が分からなかったので、そのことを親友である慧靂に言うと、

「世の中には、知らなくていいこともあるんだよ」

とはぐらかされてしまった。





『candy』




「お邪魔しやーす」
「どーぞどーぞ。散らかっててきたねぇけどな」
期末テストが近くなった頃、俺の英語の成績のあまりの酷さに見かねた慧靂が家庭教師を紹介してくれた。
紹介と言っても、ぶっちゃけ本人とは顔見知りだったから頼み込みと言った方が正しいかもしれない。
「で、どの単元からだ?」
一人で暮らすには広すぎるマンションの一室。
その部屋の主であり、俺の家のお得意様でもある、イギリス人の癖に日本語がぺらっぺらの男は、デュエルという名前だった。
「……どこがわからないのかわかんねーっす」
「よし、一番最悪なパターンだな」
尋ねられた質問に対し、教科書を開いて答えると、可笑しそうにしていた。
このデュエルは、見た目はもの凄く派手だ。
髪の毛を真っ白に脱色しているくせに、肌は逆にわざわざ黒く焼いている。
眼には真っ赤なカラーコンタクトが入っていて、両耳には一桁Gの太さのピアスがいくつも刺さっている。
頭の悪い俺にはまるで、自分を苛めているように見えた。
「ディスイズアペンぐらいならよゆーっす。余裕」
「…そりゃ中一の英語だろ、お前の頭は六年前から成長止まってんのか」
他人を威圧する外見の割りには、物凄く気さくな性格だ。
ノリがいいし、第一日本文化を好きだと言ってくれる。
そういう人を嫌いにはなれないだろう。
「鉄火。お前もう教科書閉じろ。文法で覚えようとするから駄目なんだ」
「ウッス」
正攻法では俺に英語を教えられないと思ったらしく、デュエルは教科書を閉じるように指示した後、洋楽のCDをコンポで再生しはじめて、歌詞カードをテーブルの上に広げた。





そんな変わった『勉強方法』を始めたのが午前十一時。
CDのトラックが一周した頃、俺の腹が鳴った。
「……っ…」
「……飯にすっか」
不意を突かれて焦っている俺に笑いかけると、デュエルは立ち上がった。
「あ、デュエルさん」
「気にすんなって、俺もお前ぐらいの時は相当食ってたし」
「いやそうじゃなくて弁当持ってきてっから。うちの極太巻き。あんたの分も」
「…もっと早く言えよ、そう言うことは」
デュエルは立ち上がった後、また座った。
少しだけ不貞腐れたような顔をして、バンダナを外していた。
「遅れた罰だ。茶淹れてこい。不味いの作ったらぶっとばす」
「へーへー」
普通、寿司にはほうじ茶か緑茶を合わせるのだが、どんな拘りかは知らないがデュエルは何があっても激甘のミルクティを選んでいた。
お陰様で親方の居ないときは、店でも紅茶を淹れさせられていた。
「葉っぱとポットどこすか」
「葉はポットのすぐ横の棚。今日はダージリンな。ポットは葉の棚の下」
的確な指示の通りに器具と材料を用意する。
「あ、角砂糖ないっす」
「足元の棚に予備あるからそっから出してくれ」
「うーい」
屈み込んで棚の扉を開くと、丁寧に個包装された角砂糖が詰まったケースが出てきた。
こういうところに、ブルジョア感を感じてしまう。
「………あれ」
砂糖ケースの隣に、また奇怪なケースがあった。
棒つきのキャンディがいくつも押し込められていて、少し埃を被っている。
「……?」
デュエルが甘党なのは知っている。
ただ、クッキーを食べているところを見たことがあっても、棒つきキャンディを食べているところは見たことがなかったので、違和感があった。

「………」
賞味期限はまだ少しだけ残っているが、デュエルに食べる気がないのならきっとこのままごみ箱行きだろう。
俺は見なかったことにして角砂糖とティーセットを用意し、バンダナを外して茶を待っているデュエルの元に向かった。



「じゃ、遅くまでお邪魔しやした」
「おう、俺も遅くまで引き留めて悪かったな。気を付けて帰れよ」
玄関でスニーカーを履き、忘れ物がないかチェックをする。
デュエルに礼を言ってからドアを開けて、マンションから出る。
新築だからか、マンションの廊下にすら汚れは殆んど見当たらない。
改めて、金持ちが住むところと言う認識をすると、オートロックのドアを開けてマンションから出た。



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