年が明けて、新年の挨拶もいい加減聞きあきた頃。
一通のメールを受信した。
送信人は、俺と接点があるようで無いような人だ。一時、すけべえ同盟の一員として色々な活動を共にしたが、最近はどうもノリが悪い。
恐らく、リアル彼女でも出来たのだろう。裏切り者への制裁を兼ねた祝いの言葉を送ろうと言うことを、残りの同盟メンバーと話し合っていた所だった。
「……………は?」
携帯を操作して、小さな画面に表示された文字を見て、声を上げた。
驚愕の事実を確かめるためにコートを羽織ると、綺麗に晴れた冬の空の下、俺は全速力でゲーセンへと向かった。



「よ。あけおめ。ことよろ」
ゲーセンに着いて顔を会わせた途端、今年数十回目の聞き飽きた言葉を放たれた。
「あ、うん。あけおめ…っじゃなくて!」
いつもと何の変わりもなく挨拶をしてくるものだから、俺も何と無く挨拶を返してしまった。
「何なんだよ、あのメール」
「……あー、」
直球で尋ねると、メールの送り主であるニクスは帽子を取り、言葉を選ぶように頭を掻いた。
「…ノロケ?」
たっぷり五秒も思考しておきながら、やっと出てきた拙い言葉に絶句した。
「俺、デュエルと付き合うことになったんだけどよ。あんま大っぴらに言うとアイツ怒るから」
そう。
今朝、メールの本文に入っていた内容はそう言うことだった。
「お前なら口固そうだなぁって思ってノロケてやったんだよ。感謝しろ」
あまりに一方的な言い分に、呆れて言葉も紡げない。いやでも、この人は前からそうだったかもしれない。ただその進行方向が少し、変わっただけで。
「…アンタの好きな人って、アイツだったんだ」
その幸せそうな顔を見て、何かを言う気もなくなった。それからベンチに座って少し考えて、昨年秋頃から漂っていた雰囲気の違和感に、何と無く合点が行った。
俺は正直蚊帳の外、という気分だったが、外から眺めているだけでも、仲違いが起きるのはあまり気分が良くなかった。
頭を掻くと、能天気な声が降りてくる。
「あぁ。…いーもんだぜぇ?朝起きたら隣に好きな奴が居るってのは」
「…ウッゼぇ」
ニクスは俺の横に座り、ポケットから棒付きキャンディーを取り出した。
差し出された一本を受け取り、口に含む。俺だって、伝えられるものならさっさと伝えてしまいたい。ただ、なんと言うか。
先に告白をしたら敗けのような気がしてしまうのだ。
「今俺スゲー幸せだからさ、お裾分けしたい気分なんだよ。なんなら手伝ってやっても良いんだぜ?」
「………ッ…、…!」
勝者の余裕とでも言うのだろうか。今、もし俺にこの怒りを攻撃力に変えられる武器があったなら、確実にぶちのめしていただろう。
口に含んだばかりの飴を噛み砕く前に、脳の中をフル回転させてニクスにダメージを与える言葉を探す。
「…っ、そう言えば?その、大好きなデュエルとは何処まで行ったんだよ」
下手をすれば更に幸せオーラを振り撒かれかねない危険な言葉だったが、意に反してニクスは少しだけ気まずそうに眼を伏せた。
「…ばーか」
軽く頭を叩かれて、寝癖を直したばかりの髪をまた乱される。
「俺ぐらいの歳になったら、がっつかねーんだよ」
すぐにいつものような余裕を含ませた笑みに戻るが、その一瞬に何かが含まれているのは何と無く察しがついた。
恐らく、男同士と言うだけで、俺には解らない何かがあるのだろう。
「大人の余裕も知らねーような童貞君には、わっかんねぇだろうなー」
「…幸せのお裾分けっつったよな、アンタ。自慢したいだけなら帰りたいんだけど」
ともかく、間接的にと言うか直接というか。ゲーセンに漂っていた違和感の正体は解明した。


セリカの元気が少し無かったのも。
そんなセリカを見て、エリカが気にしていたことも。
ユーズがたまに、タバコを吸いながら遠くを見ていたことも。
士朗が少し、空気を読めるようになったことも。
エレキが少しだけ嬉しそうにしていたことも。
識とサイレンが少しだけ安堵したような表情を浮かべていたことも。
英利とケイナが、疑問符を浮かべていたことも。
ナイアが、俺たちの前でやたら明るかったことも。
そんなナイアを見て、ジルチが少しだけ気にしていたことも。
彩葉とリリスが色々な占いをしていたことも。
お金関係にはきっちりしているセムが、格安で世音を貸し切らせてくれたことも。
鉄火がニクスに勝てもしない勝負を挑む回数が、少しだけ増えたことも。
クリスマスパーティーの時、孔雀のケーキがやたら豪華だったことも。
茶倉がそれを見て、ほんの少し泣きそうだったことも。



「んだよ。口説き方ぐらいなら教えてやれんのに」
「いらねーよ。じゃーね」
貴重な休みの日に態々出向くような用事ではなかったな、と思いながら、ベンチから立ち上がる。
外は少し曇っていたが、降り出してはいなかった。
ニクスはポケットからまたキャンディーを取り出すと、包装紙を破ってくわえる。
俺は適当に手を振ると、自動ドアから外に出た。


携帯電話を取り出し、液晶画面で時刻を見る。
ゲーセンに来るまでは大急ぎだったから、まだ正午にすら至っていない。
このまま寮に戻るには少し勿体無いと感じて携帯を閉じる。
少し歩き出した途端、すぐ前に居た人とぶつかってしまった。
「あ、すみ」
「あれ?達磨か」
謝る前に、また聞き覚えのある声が降りてきた。顔を上げれば、先程まで話し込んでいた男の、愛しい人が立っていた。
服に染み付いているのだろう、少しだけ、甘い紅茶の香りがする。
「明けましておめでとう。ごめんな、急いでるから」

早口で詫びの言葉と新年の挨拶を終わらせたデュエルは、走って俺が歩いてきた道を辿っていった。
恐らく、今からニクスと逢うのだろう。あの強面二人がどんな表情でいちゃ付き合うのか少し気になったが、それについては今後隙を見て覗きでもすれば良いだろう。
俺は一度大きく深呼吸をすると、小さくなった飴を噛み砕き、飲み込んだ。残ったプラスチック製の棒をくわえたまま、寮への帰路を辿ることにする。











「今日、泊まってくか?」
昼に待ち合わせ、そのままゲーセンでデートをした。特に何かを意識するわけでもなくマンションに連れ込んで、夕食を済ませる。
食事を終えたゴールデンタイムに何かすることがあるかと言えば、風呂に入ることと。
「…あー、うん。そうする」
「サイレンに連絡入れとけよ。心配するから」
「りょうかーい」
あの、一世一代の大告白の後、俺達は晴れてお付き合いをすることになった。
しかし、何か劇的に変わったかと言われれば、そんな所はない。
約1ヶ月が過ぎても、お互いに激しく求めるようなことはなく。つい1週間ほど前に、やっとキスをした程度だ。
「風呂の準備してくる」
ソファから立ち上がり、ニクスの傍から離れる。多分、そんなに急いで関係を発展させなくても良いのだろう。
むしろきっと、そちらの方が健全だし正常だ。
「(…やり方忘れそうだなぁ)」
湯を浴槽に溜めながら、ぼんやりとそんなことを考える。風呂場からリビングに戻ると、またニクスの横に腰を落ち着けた。
今までと決定的に異なる部分を挙げるとするならば、隣からアルコールの香りが漂わなくなったことになるだろう。
今まではアルコールのせいで分からなかった香水の香りや、少し低めの体温がすぐ横から感じられる。
サイレンに連絡するために携帯でメールを作成している横顔を三秒ほど眺めてから眼を逸らす。
「(…変態か、俺)」
少なからず欲情している自分を認めることが嫌で、忘れようと頭を掻く。
「なぁ」
「んー?」
こうして呼べば返事がくることなんて、数ヵ月前の俺には全く考えられなかったことだ。
今となっては下らないかもしれないが、あの頃の俺にしてみれば、奇跡でも起こらない限り起こるはずがない、奇蹟だったのだ。
「…何でもねー」
「なんだそれ」
自分が起こした些細な行動は、本当に常軌を逸していた。
浮かれているにも、程がある。
「なぁ」
「んー?」
一人で自分の異常に悶々としていると、ニクスから声を掛けられる。
「風呂。なんか鳴ってねぇ?」
「…あ」
そして、一気に現実に引き戻された。慌ててソファから立ち上がり、風呂場まで走る。
きっと、本当に俺は浮かれすぎているのだろう。ニクスにさんざん口止めをしている俺がこんな状態では、元も子もない。
「(…落ち着こう。意識するからダメなんだよ)」
浴槽に溜めすぎた湯を少し捨て、リビングに戻る。
ニクスは何を思ったのかテレビを消して、ソファから立ち上がっていた。
「どうした?…あ、先入って良いぜ」
「…あー、うん」
少し歯切れの悪い返事に、首を傾げる。何か不都合なことでもできたのかと思いながらキッチンに向かい、冷蔵庫から水を取り出した。
「なんだよ、元気ねーな」
笑いながら水をコップに注ぎ、一口含む。すると何を思ったのか、ニクスもキッチンに入ってきた。
リビングの照明が少しだけ入っているため、何と無く表情が解る。
ただ、見たことのない表情を浮かべていたため。何を意図しているのか判らなかった。
「今日、マジで泊まってって良いのか?」
「あぁ。遅いしな、もう」
遅いと言っても、まだ公共交通機関は運行している時間帯だ。少し物足りないが、急用が出来たのなら引き止めはしない。
ニクスはそんな俺の態度をどう受け取ったのか。
泣きそうな、嬉しそうな表情を浮かべてから、中身が半分ほど残ったコップを俺から奪い、中身を飲み干した。
「あ、てめぇ!」
「…誘ったんだから、責任取れよ」
「あぁ?」
コップがシンクに置かれる様子を視界の端で捉えた後すぐに、視界が遮られる。
他人事のように、唇が湿っているな、と感じた後、睫毛は色素の薄い茶色なのか、と新しい事実を視認した。
三秒ほどで視界は元に戻り、現実を認識するために呆然としていると、ニクスは酔ってもいないのに耳まで顔を真っ赤にして風呂場へと早足で消えていった。
片手に携えたままになっていたペットボトルを冷蔵庫に戻し、リビングのソファに座る。
「……そう言えば、」
ニクスに対し、泊まっていくか?と尋ねたのは初めてだった。
つまり、彼は俺の何気無い誘い文句を、そう言う風に受け取ったのだ。
「責任、か。取れんのかな、俺」
一人呟くと、ソファに寝転んだ。
ふと、クッションの隙間に小さな紙が挟まっていることに気がついた。
いつから忘れ去られていたのか、かなり奥まった部分に入っている。
千切ってしまわないよう、恐る恐る紙を摘まみ、取り出す。
寝転んだまま紙を広げて、天井の照明に照らした。
その内容と経緯を理解すると、つい、苦笑いを浮かべてしまった。

触れられたら。
傍に居られたら。
『彼女』の、替わりになれたなら。

多分俺は、酷く、報われない道を歩いていた。
パズルを完成させたいくせに、完成させるのが怖いから、肝心なピースが見付からない振りをしていた。
何の意味もない、終わりのない、優しい夢だ。

だが、あの頃見ていた虚ろな夢は、ここで終わる。
「(…いつまで一緒に居られるかは、わかんねぇけど)」
広げた紙を折り畳むと、ポケットに押し込んで眼を閉じた。

風呂場のドアが開く音を聴きながら。

下らないくらい何物にも代えがたい幸せな未来を、いつ訪れるか解らない終わりのその日まで。


謳歌しようと、心に決めた。











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