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なんで、俺はここにいるのだろう。

十二月の初旬、デュエルからメールが来た。内容は、セリカ主催の忘年会の出欠確認だった。
あの日、俺が気持ちを押し付けて以来デュエルと顔を合わせていなかったため、正直、逢いたくて仕方なかった。
しかし今更、どの面を下げて会えば良いと言うのだろうか、と悩んで返事を放置している内に、電話が掛かってきた。
久しぶりに聞いた声は、俺の身体のどこかにじんわりと染み込んで行き。
「(…あぁ、まだ好きなんだ)」
という実感だけを刻み付ける。
餌に釣られるように参加する旨を伝えると、また簡潔に了承の返事があり電話が切れた。
今日がその、忘年会の日と言うわけだ。
いつも通り世音を貸し切り、勤務中のエレキを横目にカクテルやつまみを楽しみながらダラダラと世間話をする。
たまに、設置されているDJセットから拙いBGMが流れていた。
主催であるセリカが、慣れない手つきでDJをしているらしい。
暫くすると、店の雰囲気に恐ろしいほどマッチしたBGMが流れ出した。セリカの横にナイアが付いて、何やら手解きをしているようだった。
そんな中、俺は貸し切りを良いことに好き放題をして遊んでいる友人達を、一歩引いて眺めている。
「おー、飲んどるかー?」
「あー、飲んでるよ」
お洒落なバーに似つかわしくない中ジョッキを片手に、ユーズが声を掛けてくる。中身がまだ残っているグラスを見せると、にやぁ、と意地の悪い笑みを浮かべられた。
「あかん。そんなちょっとは呑んどる内に入らんわ!エレキ!ニクスに生中追加や!」
「すんませーん、うちグラス交換制なんでー」
酔っ払いの戯言に付き合っていられないのか、それとも自分は勤務中のため遊べないのが悔しいのか。エレキの態度は素っ気ない。
「なんやそれー!」
良い歳をして頬を膨らませながら拗ねるユーズを無視して、残っていた酒を飲み下す。
目線でデュエルを捜すと、カウンターに座っているのが見えた。酒をちびりちびりと飲みながら、少しだけ楽しそうに笑ってDJスペースを眺めている。歩けば三十秒も掛からないのに、俺とデュエルの距離は、かなり遠くに感じられた。
「……………」
恋愛としての好意が総じて拒絶されると言うのなら、俺が初めに提案したように、友人として振る舞うしかないだろう。
グラスを持ち、ソファから移動しようと立ち上がると、デュエルの隣に誰かが座るのが見えた。
照明を反射する薄い銀色の髪は、厭と言うほど見覚えがある。
デュエルは少し驚いた表情を浮かべた後、そのまま相手と話し込む。
情けないことに、その間俺は相手に対して素直に嫉妬していた。
デュエルからその相手に向けられる些細な笑みも、声も、仕草も、独占したくて仕方がなかった。
本当に、つくづく俺は諦めが悪い人間なのだと実感する。。
行動に移そうと歩みを進めた瞬間、背中側から声を掛けられた。
「ちょっと良いかい?」
一瞬思い出された痛みを無視して、振り返る。予想しなかった声の持ち主がそこにいて、正直反応が遅れてしまった。
「…茶倉」
「立ち話もなんだからさ、座んなよ。私、アンタにいっぱい謝んなきゃいけないから」
「………」
一瞬、デュエルの方を向く。
相変わらず話し込んでいて、席が空く様子もない。
俺は先程まで自分が座っていたせいで温まったソファに、再び腰掛ける。茶倉は少しだけ距離を開けて、隣に静かに腰を下ろした。
「…で、なんだよ」
「アイツのこと」
単刀直入に言われて、思わず口の中に流し込んだ酒を戻し掛ける。
茶倉は鮮やかな色のカクテルを上品にもストローで飲みながら、足を組んだ。
「…あん時は、頭に血が上っちまってたんだ。ホント、悪かったね」
「…あー、…まぁ。…傷も残ってねーし。良いよ」
すっかり綺麗になった頬を撫でて、過去の記憶を辿る。あの状況を良く良く考えれば、よく打撲程度の傷で済んだものだと思う。
「…アイツからねぇ、謝られちまったよ。ゴメン、て」
BGMにかき消されてしまいそうな静かな声で、言葉がボロボロと溢れてくる。
つまりデュエルは、茶倉の気持ちをきちんと受け取った上で、断ったのだ。
俺は、デュエルが茶倉からの気持ちを断ったと言う事実に、心の隅で少しだけ安堵した。
「なんか、気が楽になったよ。…どうせダメなら、もっと早く言っちまえば良かった」
「…だな。そしたら俺も殴られなくて済んだし」
軽口を叩いて茶化すと、茶倉は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、笑い出した。
「あははは、ホントだねぇ」
茶倉は一頻り笑った後、喉が渇いたらしくまた酒を口に含む。
元々酒に強いわけではないのだろう。顔が真っ赤だった。
「…水飲めよ。持ってきてやるから」
「顔赤いだけだから平気さね。…はー、これで明日から心置きなくゲーセンで遊べるよ」
残っていたカクテルを飲み干すと、茶倉は悪そうな顔をして笑みを浮かべてくる。
「なんだそれ」
「謝ろうと思ったんだけどアンタの連絡先知らなくってさ。かと言って、出禁解けたっつって私だけ知らん顔して遊ぶなんて出来ないだろ?…仲直りしたって識に言っといておくれよ」
「何で俺が」
「被害者が言わなきゃ説得力が無いからに決まってんじゃないか」
しらっと言い放つ茶倉に小さな怒りを感じたが、すぐに収束する。
多分彼女は、わざとそうやっているのだろう。
「…よーし。言っといてやるよ。その代わり、復帰したら俺とバトルな。負けた方が罰ゲームで」
「…良いけど。二度と生意気なことが言えないようボコボコにしてあげるよ」
返ってきた軽口を笑って返すと、茶倉はソファから立ち上がりDJブースに向かっていった。
ナイアもそこに居るから、恐らくリアルDJバトルを申し込みに行ったのだろう。
俺はまた、デュエルの方に視線を移す。
どうやら話は終わったらしく、士朗が椅子から降りてこちらを向いていた。
そして運悪く、バッチリと目が合う。いや、俺が見つめたいのはお前じゃなくてお前の横に居る奴なんだ。
士朗はそんな俺の気持ちに気付いているのか居ないのか、少し困ったように頭を掻きながらこちらに向かってくる。
やがて、声が届く距離になり。
士朗は俺の横に座ると、開口一番に謝罪の言葉を吐き出した。
「…本当に、ごめん!俺、全然気付かなくて」
「……あー…」
言葉のニュアンスから受け取る限り、どうやら今回の件のことらしい。
士朗に悪かった点など、特にない。強いて言えば極端に鈍かったくらいだろう。殆ど、俺の逆恨みのようなものだ。
「…お前は別に悪くないだろ。謝んなくていいよ」
「そうか?」
「そーそー。暫く牛丼奢ってくれたらそれでいーよ。…つか、お前何飲んでんの」
「あぁ、烏龍茶」
士朗のグラスには、意外なことに酒ではなく茶が入っていた。
年を忘れるための会合なのに茶を飲むなど、どこかの酔っ払いが聞いたら特製チャンポンをお見舞いされるかもしれない。
「…忘年会の意味無くね?」
「……ま、忘れたくないこともあるって事だ」
「?」
要領を得ない言葉に疑問を抱えながら、つまみを口に運ぶ。アルコールが回ってきたからかもしれない。何故かラーメンが食べたくなった。
「…なぁ、ニクス。お前、まだデュエルのこと好きなのか?」
不意に、核心を銛で一突きされた気分だった。飲み込みかけていたつまみを、吹き出しそうになる。
「…いきなり、何言いやがる!」
つい、声が小さくなる。聞かれる心配など全く無いはずなのに、デュエルの方が気になって仕方なかった。
最初ははぐらかせようかとも考えたが、こちらを見てくる士朗の眼が痛いほど真っ直ぐだったため、正直な気持ちを吐き出さざるを得なくなってしまう。
不思議と、以前のように居心地が悪いとは思わなかった。
「…まぁ、うん。…まだっつーか、やっとっつーか…」
言葉を濁して、頬を掻く。
士朗は満足げな表情を浮かべると、
「そ、か」
と短く相づちを打って、烏龍茶を口に含んだ。俺にはよく判らないが、士朗には納得が行ったらしい。
「じゃ、俺デュエルんとこ行くから」
「んー、いってらっしゃい」
グラスを持って席から立ち上がった瞬間、明るく澄んだセリカの声がフロアに響き渡った。
『はーい!ではでは、私、水城セリカ主催の忘年会ですが、悲しいことに閉会の時間がやってきてしまいました〜…』
「…なっ」
少し沈黙した後、置かれた状況に気がついた。冗談ではない。
俺はこれから、デュエルに謝って、それから。

「(…それから)」

『二次会は星龍華で予定しておりまーす!明日が平日だろうがそんなの関係ねぇ!って言う人は来てねー!』
ぱちぱちと疎らに拍手がフロアに響くと、DJブースを照らしていた照明が落ち着いた色に戻る。
グラスをテーブルに戻し、デュエルは、と目線で追う。どうやら二次会には参加しないらしく、出入口に向かって一人で歩いていた。
慌てて追い掛け、フロアから出る。案外歩くのが早くて、追い付くのに精一杯だった。
「…っ、…」
名前を呼びたい。
名前を、呼ばれたい。
同じように忘年会帰りの人が多いのか、道は人で溢れ返っている。
雑踏と、道沿いの店のBGMのせいで何も聞こえない。
暗い夜空と、明るすぎるネオンの星の中で見失わないように、距離を詰める。
あと少しの距離が詰まらずに、もどかしいまま時間が過ぎていく。
やがて人混みから抜け、駅に向かう階段の途中でようやっと腕が届く距離になり。
精一杯腕を伸ばして、デュエルの腕を掴んだ。
当たり前のことだが、腕を掴まれて驚いたらしい。少し、腕が強張った。
「……なんだお前、二次会出ないのか?」
デュエルは振り返り、あくまで自然に接してくる。
その態度に距離が感じられて、不安になった。
「あぁ。…それより、…やりたいことあって」
「…へぇ」
そして、俺は本当に残酷なことをデュエルに言ってしまったと実感する。
後悔の中、胃の中身を吐瀉しそうになりながら、精一杯、気持ちを口にした。寒さなのか緊張なのか、声が震えたのが自分でも解る。

「…まだ、好きなんだ。…お前、のこと」

ネオンが、デュエルの表情を照らす。青なのかピンクなのか、よく判らない色の中で、青い眼が細められたのだけは見えた。
「…まだ言ってんのか。…だから、」
「今日、お前の隣に士朗が座った時、…すげぇイヤだった!」

―――――拒絶されると思ったので。

それならばいっそ、俺がどう思っているかを全て知って貰おうと足掻くことにした。
「…お前の隣に居るのは、どんな時だろうが、…俺じゃなきゃ嫌なんだよ!!」
まるで、子供が駄々を捏ねるように吐露し続ける。回りが騒がしいものだから、きちんと声が届いているか不安だった。


「…ガキみてぇ」
デュエルは俺の心を見透かしたように、ぽつりと言い放つ。
図星を突かれて少し、恥ずかしかった。
「……悪かったな。ガキみたいで」
俺の告白が聞こえたらしい通行人が数人、不思議そうにこちらを見ている。
そんなものが気にならないほど、今の俺にはデュエルしか見えていない。
ふてくされたように反論すると、デュエルは溜め息を一つ吐いて夜空を仰ぐ。
「…そうじゃなくて」
デュエルは、本当に困ったような笑みを浮かべ、もう一度小さく息を吸って、吐いた。
何重もの光が重なって照らすせいで、うまく表情を読み取ることが出来ない。
デュエルが、何を以て自分の言葉を否定したのか解らなかった。
「……え?」
「…………ほんと、」
その、諦めたような笑顔を見て、泣きそうになる。
ただ一言、そう言って気持ちを伝えるだけだったのに。
本当に酷い遠回りをしてしまった。


「…返事、は」

息が詰まり、目が回るからか。
周りの雑踏が耳に入ってこない。
本当に、死んでしまいそうだ。




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