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「うっわ、暗っ」

時刻は18時。
何時ものメンツで集って酒でも飲もうと決まったのがつい昨日。
世話好きな士朗が鮮やかな手際で店を手配し、出欠確認。翌日の夜には一人辺りの予算とメニューまでが参加メンバーに一斉に送信されていた。
家やバイト先が近いもの同士が寄り集まり、幾つかのグループで待ち合わせ場所まで向かう。
今日シフトが入っていなかった俺は、同じくシフトが入っていなかった彼の弟と歩いていた。
集合時間までの時間潰しにとゲーセンに入ったところで、偶然会ったのだ。
「急に暗くなるの早くなったよな。十月の最初はもーちょい明るかったのに」
「何だかんだ言ってもう冬だしな。…あー、さみぃ」
太陽光より街灯の明かりの方が強い道を、二人で歩く。
飲み会の場所は星龍華。
既に何度も足を運んだ場所のため、意識せずとも脳が身体を動かして目的地へと向かっていた。




繁華街の一角、少し奥まったところに店はあった。立地的に客の足が遠退きそうな店だが、逆にこの、子供の頃に作ったような秘密基地のような雰囲気が受けているらしい。
客足が途切れたことはなく、毎週末は貸し切りの予約が入っていて大変だ、と看板娘がぼやいていたのを聞いたことがある。
ドアを開けると、看板娘であるナイアが、チャイナドレスを纏って迎えてくれた。
「いらっしゃいませー…って、何よ。二人?来るの早いわね」
満面の営業スマイルが、俺達の顔を見た途端に普段の、素っ気ない表情に戻る。

「客見て対応変えるのやめろよな、ナイア」
「良いじゃない。数少ない私の休みを削ってくれたんだから」
「シアちゃんは?」
「寮よ。今週末は帰ってくるって言ってたけど」
時々混ざる微妙なイントネーションの違いも、随分と聞き慣れた。
ナイアは離れた学園の寮にいる妹のことを愛しげに話す。
初めて顔を合わせた頃よりは随分と表情も柔らかくなり、またよく笑うようになった。
「さ、立ち話もこれくらいにして。あんた達はあっちのテーブル席よ。騒がない、暴れない、吐かない。守りなさいよ?」
「はいはい」
案内された席に行くと、幹事である士朗、ケイナにすべて仕事を押し付けて来たらしいユーズが仲睦まじげに何やら話をしていた。
ぽろぽろと落ちてくる単語を拾って耳に入れる限り、ゲームの攻略方法のようだった。
そこまで熱中するような事柄でもないだろうにと思いながら、そこまで熱中できることを羨ましいと思った。
「お、来たな」
士朗は俺たちに気付くと、紙ナプキンで作った簡素な籤を取り出した。
「どれでもどうぞ。ま、あと四つしかないけどな」
本当に、屈託のない笑顔で士朗は笑う。後ろめたいわけではないが、その笑顔を直視出来なかった。
「つーかさ、今日は誰来んの?」
エレキが籤を手に取り、紙を開きながら士朗に問い掛ける。
「ここにいるメンバープラス、サイレンとデュエル。やっぱり平日は集まりにくいよな」
つまりいい年頃の男が六人で酒と料理を楽しむと言うわけだ。
なんと不毛なことだろうか。

「(……あれ)」
ふと、デュエルの名前を聞いて思い出した。数日前、眼が覚めたら奴の自宅にいた。
前後不覚になって世話になってから顔を合わせていなかったが、やはり改めて礼を言った方が良いだろう。
そう心に決めていると、ドアが開いて残りの二人がやってきた。
「おーい二人ともー!こっちやでー!」
ユーズが手を挙げて二人を呼び寄せる。
「ヒサシブリデスね、ユーズ」
「おー、久しぶり。また老けたんちゃう?」
「何言ってんだよ。お前の方が年上だろ」
当たり前のように二人は籤を引き、何だかんだで籤を引き損ねていた俺は余りの籤を手に取ることになった。

エレキの籤が5。六人掛けの丸いテーブルは、時計回りに士朗、ユーズ、俺、デュエル、エレキ、サイレンという配置になった。

「エレキ、今日は飲むんだろ?」
席についたデュエルが、エレキに話し掛ける。見た目に依らずドレスコードを弁えているため、ファーのついたコートはナイアがきちんと片付けていて、バンダナは外されてテーブルの隅に折り畳まれていた。

「んー、そうしたいところなんだけど…」
「今日は駄目だ。俺が呑むから」
士朗が横から口を挟む。その手に握られているジョッキには、いつの間にかなみなみとビールが注がれていた。
「ニクスはどうしますカ?」
「…ぁ、ああ。俺もビール。取り敢えず」
サイレンに不意に声を掛けられて、自分がデュエルばかり見ていることに気がついた。
バカらしいと思いながら帽子を取り、机の上に置く。出されている水を少し口に含み、また目線を游がせる。
意識して見ないように気を配っても、何故かふと気を抜いた瞬間にデュエルを見てしまっていた。
ふ、とデュエルがこちらを見た瞬間に、眼が合ってしまった。
「…あ、…この間はサンキューな」
なんとなくぎこちなく笑い、この間の礼を言う。デュエルは一瞬表情を固めると、ただ短く、先程エレキと話していた声よりも低い声で。
「…何言ってんだ?お前」
明らかに此方を拒む感情が混ざった声で返事をされて、一瞬思考が止まる。
「何言ってるって、お前」
思わず言い返そうとした瞬間、ビールが入ったジョッキがどん、と俺とデュエルの間に置かれた。
ジョッキの取っ手を握っている手の持ち主を目で追うと、ナイアがもう片手に前菜を持ちながら立っていた。
「はい、先ずは食前酒。ウチに来てまで喧嘩なんかやめてよね、アンタ達」
いつものように小競り合うと思ったらしく、半ば呆れたような表情を浮かべていた。
その態度に不満があったらしいデュエルが、俺より先に反論する。
「喧嘩なんかしてねーよ、こいつかいきなり…」
「はいはいはいはい。わかったからさっさとお酒飲んでできあがっちゃおうねー」
不穏な空気を察知したらしい士朗が、後からデュエルを羽交い締めにしてビールを無理矢理飲み込ませた。
ナイアはこの隙に、と言わんばかりにサラダを置いて厨房に戻っていく。
すでに耳まで赤くなり始めているあたり、急ピッチで酒を飲んだのだろう。
「つーかさー、久し振りにあったんだから喧嘩はやめよーぜ、な?」
ジョッキの中身がかなり減った後に、デュエルは息継ぎをするために士朗の腕をぱしぱしと叩いた。
士朗は満足げに眼を細めると、腕の拘束を解いて残っていたビールを飲み干した。泡が少しへたってしまったビールを、俺も胃の中に流し込む。
「…俺のこと殺す気かと思った」
デュエルは口直しと言わんばかりに水を飲み、サラダを口に運ぶ。
「いや、士朗は殺す気やったら鼻摘まむで」
「経験者は語る、デスねー」
ははは、と談笑しながら然り気無く恐ろしいことを二人が口にする。エレキは素直にウーロン茶を飲みながら、サラダを食べていた。


喧嘩まで発展しなかった言い合いはその場の空気で流れてしまい、暫くはそのまま雑談をして次々と運ばれてくる食事を全員でつついていた。
やがて、宴も酣、セットコースのデザートが運ばれてくる時間になる。
酒も大分回り、士朗は首まで真っ赤にしていた。いや、士朗だけでなく、エレキ以外の全員が、少なからずアルコールの影響を受けているようだった。
「あー…、あちー。おいデュエル、水くれよ」
冷たい杏仁豆腐だけではアルコールによる喉の乾きを癒せるわけもなく、まだグラスに水が残っているデュエルに声を掛けた。
「は?なんでテメーにやらなきゃなんねーんだよ」
「…んだよ、いつもならくれるじゃねーか」
普段と違う反応に、胸の中がざわついてくる。
何かが違う。
何が、と具体的に言い表すことは出来ないのだが、これまでとは決定的に何かが違っていた。
俺の言葉にデュエルは反感を抱いたらしく、溜め息を吐きながらぼそりと言い放つ。


「大体何なんだよテメーは。初対面の癖に自己紹介もなしにつっかかってきやがって」


その言葉を聞いた瞬間、俺はくわえていたスプーンを床に落としてしまった。
逆隣にいたエレキにも聞こえていたらしく、思い切り噎せ込んでいた。
つい今ほどまで温まっていた空気が冷えて、重い塊に変わったような気がした。
「…何?どしたんだよ、エレキ」
不思議そうな表情を浮かべるデュエルを、エレキが怪訝そうに見つめる。その空気の異変に気づいた士朗が、スプーンをくわえて席まで来る。
「おいおいー、また喧嘩かー?」
「…士朗はこいつのこと知ってんのか?」
「当たり前だろ。どした?そんな酔っちゃったのか、デュエル」
ぺたり、と自然な手つきでデュエルの額を士朗は触る。
「んー…、普通…」
「なぁサイレン!」
自分はあくまでも異常ではない、と主張しているデュエルと俺たちの間には、明らかな隔たりがあった。
客も少なくなったためか、ナイアまでもが様子を伺いに来る。


デュエルが、俺のことだけを忘れている。

先程までの違和感の理由が現れる。
その状況に対するショックが案外大きかったらしく、俺は呆然としてしまっていた。
 
 
 
 
 



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