10/19 (10/18 C)



「デュエルー?デュ――エ―――ル―――?」

朝日と言うには高い位置から光が差し込む一階のインターフォンの前で、部屋の主の名前を呼ぶ。
しかし、機械の向こうからは何も返ってこない。
他人を威圧するような見掛けによらず、随分律儀な友人のことだ。
俺との約束を忘れると言うことは決してないはずなのだが、今朝から何故か、一切の連絡がつかなかった。
メールもダメ、電話もダメとなれば、自宅に特攻を掛けるしかないと言うのが、俺なりに出した結論だった。

「なー、寝てんのかー?俺暗証番号知ってんだよー?不法侵入出来ちゃうんだよー?」

インターフォンの近くに設置されている時計に目をやると、午前11時を指していた。
そろそろ商店街もシャッターを開け始め、通りが賑やかしくなってくる時間帯だった。

そして俺は、残念なことに自分でも自覚できるほど短気な性格だったため、無理矢理にでも部屋に押し掛けることにした。
暗証番号を入力して、エレベーターに乗り込む。
階を表す小さな照明が目的の階に到着すると、エレベーターから降りて廊下を歩いた。
そして、部屋までの短い距離を歩いている間、なぜ彼が約束の時間に遅れるなどということをしてしまったのか、予測を立てていた。

「(…昨夜遅くまで飲んで二日酔いで起きれないとか?…なわけねーか。ザルだし)」


思い浮かぶ仮説は、すべて自分自身によって打ち消されてしまう。
広い廊下を一人で歩きながらああでもない、こうでもないと繰り返している間に、部屋の前についてしまった。
無断で部屋に入ってしまう前に、最終確認として自分の携帯電話を確認する。
しかし、携帯の画面は沈黙していたままだった。
はぁ、と一度大きく息を吐くと、

「…不法侵入って怒るなよ!?デュエル!」

部屋の主に向かって思いっきり声を張り上げた。
それでも返事がなかったため、ドアノブに手を掛けて、音を立てないように開く。
そして静かにドアを閉じると、靴を脱いで部屋の中に入った。


「(…すっげー静かなんですけど…)」

部屋の中は、酷く静かだった。
思わず、勢い良く開けたドアをそっと閉めた。
陽光が差し込む廊下とは対照的に、部屋の中は暗かった。
電気照明の耳鳴りのような音すら聞こえてこず、自分の衣擦れの音が、やたら大きく聞こえた。

「(…やべぇ、俺スネークみてぇ…)」

靴を脱ぎ、廊下を歩く。
なるべく音を立てないように、部屋の奥へと進んでいく。
テレビも消されたままで、人のいるような気配はしなかった。

もしかして、デュエルは間の悪いことにどこかに出掛けてしまっているのだろうか。
一度出直そうか、と考えながら歩を進めた瞬間、じわ、と水分が靴下に浸透してくる感触があった。

「…うっわ!つめてっ!!」

実際にはそんなに冷たくはなかったのだが、かなり緊張していたこともあり、大袈裟な反応をしてしまった。
心臓が跳び跳ねるというのは、きっとこういうことを言うのだろう。
身体をわなわなと震わせながら一度深呼吸をし、心を落ち着かせると、そっと足元を見た。
どうやら床に水滴が落ちていたらしい。
良く良く部屋の中を見回してみると、足跡のように転々と散っている。
カーテンの裾から微かに差し込んでいる光が、透明なはずの水を黒く澱ませている。
そして、その黒い足跡の終わりにはデュエルがいた。
ソファにいるようだが、俺の今の立ち位置では髪しか見えなかった。
外からの微かな光を反射している水滴を避けて、ずんずんと足音をたててソファまで力強く歩み寄る。

「おい、デュエル!起き―――」

言おうとしていた言葉は、最後まで発することができなかった。デュエルは全裸で、ソファに横たわっていたからだ。
サロンによって焼かれた健康的なはずの肌の色は若干悪くなっていて、恐る恐る触ると酷く冷たかった。
そして、頭の中に一気に悪い考えが過る。
急性アルコール中毒だとか、脳溢血だとかそういったもので意識を失ってしまったのではないだろうか、と。
そう考えると、目を覚まさないことが恐ろしくなった。

「………な、起きろよ。デュエル」

ぺちぺち、と冷たい頬を叩くが、反応はない。それが怖くなった俺は、全力でデュエルの身体を揺さぶった。

「起きろよデュエル!起きろったら起きろって!!」

そこまでやって、ようやく微かな反応が返ってきた。
そして一度大きなくしゃみをすると、デュエルは目を開けた。
覗き込んだ青い眼には、半泣きの俺が映っていた。
そして、俺の顔を見るなり、デュエルは苦笑した。

「…っ、…そんな泣きそうな顔して、どしたんだよ。エレキ」

掛けられた声があまりにも普段通りだったため、安心してしまった。
そして、思いきり反論する。

「…っ!!何だよじゃねーよ!!デュエルが約束の時間過ぎても来ねーから来たんじゃんか!そしたら素っ裸で寝てるし起きねーし……オレマジでビビったんだからな!?」
「…時間?」

デュエルは俺の言葉を聞いて、心底驚いたような顔をした。
そして身体を起こして、壁に掛けてある時計を見て絶句していた。

「…悪ィ!今すぐ準備すっからよ!」

今日は、一緒に秋葉原で新しいヘッドフォンを探す約束をしていたのだ。最近は観光地としても有名になったため、昼を過ぎると一気に人口密度が高くなる。
そのため、早めに回ってゆっくり良いものを探そう、と言った本人が寝過ごしたのだから、それは焦るに決まっている。
デュエルはソファから立ち上がると、急いで自室に走って行った。

「(…あーびっくりした。…ま、何ともなくて良かった良かった)」

何だかんだと言って、あと三十分は身支度に時間が掛かるに違いない。
部屋の照明のスイッチを入れ、カーテンを勢い良く開ける。
抜けるような秋の青い空が視界に入ってきて、少し眼が痛かった。
濡れているソファを避けてカーペットの上に座っていると、遠くからデュエルが声を掛けてきた。
冷蔵庫から好きなもの出して飲んで暇を潰してくれ、と言うことだった。
その言葉に甘えてキッチンに入ると、シンクに350ml缶4本の空き缶と、デュエルがいつも日本酒を飲むときに使っているグラスを見つけた。
計1.5リットルもの酒を飲んだのなら、いくらザルといえども酔うのかもしれない。
冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出しコップに注いでいると、デュエルが部屋から出てきた。
服は着ているが、髪はまだ乾ききっていないし、トレードマークのバンダナも巻いていない。
デュエル用にと、ティーパックとポットの湯で簡単に紅茶を作ると、目分量でミルクと砂糖を追加した。
そして、ドライヤーで髪を乾かしているデュエルの元へと運ぶ。マグカップを受け取ったデュエルは、笑って礼を言ってくれた。

「にしてもさ、缶ビール四本と日本酒とか飲みすぎだろ。あんま飲みすぎると身体に悪いぜー?デュエル」

スポーツドリンクを一気飲みした後、デュエルに進言した。
しかし言われた本人は、意味が分からない、という顔をした。

「何惚けてんだよ。昨日も飲んだんだろ?ザルなのは知ってるけどさ」
「…ビール?俺、ビールは付き合いでしか飲まないの知ってるだろ?昨夜は飲んでねーぞ。…日本酒は認めるけどよ」

そう言えば、と俺も思い出した。デュエルは、自分から進んでビールを飲むことは少なかった。大人数での飲み会ならともかく、一人で世音で飲んでいる時は日本酒かウイスキーだった。
では、一体誰が、四本も飲んだのだろう。
デュエルも並んでいる空き缶を眺めて、不思議そうにしていた。

「…一週間くらい前に、孔雀とサイレンが来たんだった。そのときかな」
「…そっか。じゃあ俺の勘違いかな」

何となく納得が行かないが、無理矢理自分を納得させた。
髪を乾かし終わったらしいデュエルはドライヤーを片付けると、マグカップのミルクティを飲み干し、バンダナを頭に巻いた。
時刻は既に、正午近くになっていた。






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